振られ神と呼ばれた俺が、彼氏に捨てられた自称男運ゼロのS級美人なおねえさんと一緒に暮らすことになった件
水河 悠 (みずかわ ゆう)
第1話 プロローグ
六月のある夜……バイトが終わり、俺、
バスに揺られ、自宅の最寄りのバス停で降車し、自宅までの道を歩いている。
現在四年制のとある専門学校に通う二年の俺は、実家を離れ、築二十年……俺が産まれた歳に建てられた、そこそこお手頃な2LDKアパートで暮らしながら、バイトの収入と親の仕送りで暮らしている。
地元はいい思い出がなかったから、隣県に出てきたのだが、今は自分でも充実した日々を送れていると思っている。
高校までの俺は、とあるあだ名のせいでとにかく憂鬱な毎日を過ごしていた。
中学で恋を知り、好きな子に告白するも結果はあえなく玉砕。
翌朝学校に行くと、陽キャグループのヤツらが俺に向かってこう言った。
『
どうやら俺が告白して振られたのをみられていたらしい。
俺の苗字とかけてつけられたこのあだ名……。
中学三年の時、冗談半分でつけられたあだ名が、瞬く間に広がってしまい、いつしかみんなからそう呼ばれるようになった。
俺はただ、純粋に彼女が欲しかっただけなのにな……。
その後も好きになった人が何人かいたんだけど、中学高校と付き合えたためしはゼロ。告白はおろか、話しかけただけで嫌悪感を抱かれたこともあったっけ。
周りの連中が面白半分でそんなことを言ってくるもんだから、だんだんと恋愛に興味が持てなくなるのも必然だった。
そのせいで俺は、『もう恋愛はこりごりだ』と思うようになり、それ以降好きな人は出来ていない。
それだけならまぁ、まだ良かったんだが、当時仲の良かった……と思っていたヤツらも、このあだ名や、あだ名をつけた女子がいた陽キャグループが流した、あるデタラメな噂を鵜呑みにしてしまい、そいつらに好きな人ができた途端、あからさまに俺を避けるようになり、そいつらともそれきりだ。薄情なヤツらだよまったく……。
高校から仲良くなりそうだったヤツらにも、中学が同じだったヤツらが俺のことを吹聴し、おかげで友達がほとんど出来なかった。
だから、高校三年間はほとんど誰ともつるむことはなかった。二人ほど友達はできたんだが、あんな環境でこれから先も暮らしていくことが嫌になった俺は、一人でこの隣県に来た。
こっちに来て一年と少し、その友達のことが気にならないと言えば嘘になるし、去年のゴールデンウィークやお盆、そして今年の正月にも実家には戻らなかったので、両親から「たまには帰ってきて顔を見せろ」と言われているが……どうにも気が乗らない。
実家に帰省して、もし同級生のヤツらにでも会ってしまったら……。
「…………!」
俺は嫌な考えを追い出すため、頭をぶんぶんと振った。
いつまでも当時のことを思い返していても仕方がない……とりあえず家に帰ろう。
それにこの時間なら、あの人が夕飯を作って待っているはずだしな。
俺の暮らすアパートに到着し、俺が借りている部屋の扉の前に立った。うん……今日も灯りは付いているな。確か、今日はバイト休みって言ってたもんな。
俺はわずかに口元を吊り上げ、鍵をささずにゆっくりとドアハンドルを引き、玄関を開け、廊下を歩き、リビングダイニングへと続く扉を開けた。
「ただいま」
「あ! おかえりなさい。祐介くん」
扉を開けると、キッチンで料理をしていた美人で可愛い年上のお姉さん……
背中まである、いつもはゆるふわウェーブの明るめなブラウンの髪を、今は後ろで束ねている。
俺は自室に入る前に、キッチンで夕食を作ってくれている那月さんに挨拶をするのが日課となっていた。
「今日も学校とバイト、お疲れさまでした」
「那月さんも、いつも料理をしてくれてありがとうございます」
俺たちはお礼を言いあい、そして笑った。
その直後、小さめな鍋から味噌汁が噴き出した。
「あ、那月さん鍋!」
「いけない! ……すみません祐介くん」
那月さんはすぐに火を止めて謝ってきた。いやいや、謝る場面じゃないのにな。
「大丈夫です。今日も夕飯、楽しみにしてます」
「……はい!」
俺は一度そこから離れ、自分の部屋へと向かった。
2LDKの部屋に住んでいて、玄関からリビングダイニングに続く廊下の途中に、俺たちそれぞれの部屋に繋がる扉がある。玄関に近い方が俺の部屋で、リビングとダイニングに近い方が那月さんの部屋だ。
なぜ2LDKでそこそこお手頃なのかというと、うちの両親とここの大家さんは知り合いで、そのおかげで家賃も少し安くしてくれている。そしてありがたいことに、両親が家賃の数割を負担してくれているから、俺の負担も軽減されている。
元々あまり趣味がなくて、節約も心がけていたから、親の仕送りとバイト代で家賃を払っても生活出来るんだけど……本当に両親には頭が上がらない。
さっきの美女、那月さんはここで暮らす同居人だ。それ以上でもそれ以下でもない。だから当然お付き合いをしているわけでもないし、知り合ったのも二ヶ月くらい前だ。
俺から声をかけたのだが、決してナンパ目的で声をかけたわけではない。単に放っておけなかったんだ……。
だから別に付き合っているわけでもないし、付き合おうとも……ましてや付き合えるとも思ってない。
『振られ神』の俺なんかと付き合っても、那月さんには迷惑しかないだろうし、ましてやあんな美人な那月さんがフツメンでさして取り柄もない俺を相手にするはずがない。
このあだ名のことも言えてないしな。
言ってない理由は、単純に勇気が持てないから……怖いんだ。
まぁ、恋愛に懲りているし、過度な期待も、特別な感情もない。
単純に見た目と性格がタイプ……それだけだ。
ただ……ひょんなことから始まった那月さんとの生活は、とても楽しい。
それから少しして、俺の部屋の扉がノックされた。
「はい」
「祐介くん。お夕飯が出来ましたよ」
俺は扉を開けると、そこには笑顔の那月さんが立っていた。
「ありがとうございます那月さん」
「今日は祐介くんの好きなトンカツですよ」
「うわぁ! それは楽しみだなぁ」
那月さんが言ったように、俺の好物はトンカツだ。というか、那月さんの作る料理は全部美味いから毎食が楽しみなんだ。
「ふふ、祐介くんはいつも美味しそうに食べてくれるので作りがいがあります。今までの人はこんなふうに言ってくれなかったので、とても嬉しいです」
「その人たちはマジでもったいないことをしたと思いますよ。あんなに美味い料理を作ってくれる那月さんと別れるなんて……」
どうやったらこんな完璧美女の那月さんと別れるという選択ができるのか不思議だ。
「私って……男運ゼロですからねぇ」
那月さんは笑顔のままだったけど、眉を下げてしまった。
出会った初日にも聞いたけど、過去に那月さんが付き合ってきた男たちのエピソードを聞いたときは絶句したなぁ。
どうやったら那月さんに……女性にあんな言動が出来てしまうのか理解に苦しむ。苦しむだけで永遠に理解なんて出来ないけど。
「その人たちのことは忘れて、早く食べましょう! もう楽しみで仕方ないので!」
「はーい。じゃあ、リビングに行きましょう祐介くん」
俺は那月さんと並んで歩き出した。
那月さんの作ったトンカツにワクワクしながら、俺は、歩きながら、那月さんと出会った日のことを思い出していた……。
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