風呂場の幽霊
やざき わかば
風呂場の幽霊
俺の家の風呂場には侍の幽霊が出る。
数ヶ月前に突然現れたときは非常に驚いたが、その無害な風貌にすぐ慣れてしまった。
そいつはただ、風呂場の片隅に佇んでいるだけで、ほぼ動かない。かと言って陰鬱な表情をしているわけでもない。一見普通の人の良さそうな青年が、とにかく、ただそこにいる。こちらを見てくることもしない。
非常に不可解だが、こちらに害がないうえに対処のしようがないので、そのまま放置していた。
そんなある日、酔っ払って風呂に入ったときに、なんとはなしに話しかけてみた。
「お侍さん、お風呂が好きなのかい」
「嫌いではありません。むしろよく湯屋には行っておりました」
なんと驚いたことに返答があった。
「驚いた。お侍さん、喋れたのかい」
「そりゃ喋れますよ。今まで話しかけられなかったから黙っていただけで」
「これは失礼。しかしながら、お侍さんは何故、俺の風呂場に出てくるのかい」
「私はいわゆる地縛霊ってヤツでして、実はずっとここに居たんですよ。最近になって貴方が私を見えるようになったのではないかな、と」
「いやいやしかし、実は家で風呂に入るというのは退屈だったんだ。話し相手になってもらえると俺も嬉しい。もし嫌でなければこれからもお話してくれるかい」
「こちらこそ喜んで。死んでからこっち、ずっと退屈しておりましたので」
それから俺は家での入浴が楽しみになった。現役、と言って良いかどうかはわからないが、本物の侍に話を聞けるのだ。これは貴重と言う他ない。
それから俺達はいろいろなことを話し合った。昔から「お風呂で裸の付き合いをすれば、腹を割って話せる」と言う。侍は裸ではないが、しかしそれは本当のことだった。私も悩みや愚痴、思い出話、楽しかったことなど正直に話せたし、侍も会話を楽しんでくれているようだった。
ある時、一番気になることを聞いてみた。
「お侍さん、嫌なら答えなくて良いんだが、聞いて良いだろうか」
「なんでしょう?」
「お侍さんは何故死んだんだい?」
「切腹ですよ」
風呂場の幽霊 やざき わかば @wakaba_fight
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