宇宙一の人気者

やざき わかば

宇宙一の人気者

俺はとあるロックバンドでボーカルを担当している。

ある程度人気はあるのだが、「売れている」という立場ではない。


マネージャーや、事務所の人々も頑張っているし、もちろん我々メンバーもいろいろと頑張っているのだが、いかんせん人気というものは本人たちの努力だけではついてこないものだ。


今日もライブ終わりの打ち上げで、飲みながらとは言えあれこれ意見を言い合い、先程解散して家路についている。悶々としながら歩いていたが、途中で見慣れない古本屋を見つけた。さてこんなとこに古本屋なんてあったっけ…と訝しんだものの、元々本を読むのは好きなので寄ってみた。


古本屋は良い。店内の入ったときに感じる、古い紙の匂いにワクワクが止まらなくなる。何か面白い本がないかと狭い店内を徘徊すると、「神様を呼ぶ方法」という怪しい本を見つけた。オカルト好きな俺は迷うことなく購入した。


家に帰って読んでみると、仰々しいものではなく、今俺の家にあるもので十分呼び出せそうな簡単なものだった。酔っていたし、何より今以上に売れたい俺は、半信半疑で試してみることにした。


簡単な祭壇を作り、お供物を置き、手で印を組み、目を閉じ、呪文を唱える。


「神よ、我の元に降りたちたまえ」


…何の気配もしない。何も起こらない。まぁそりゃそうだ。俺は自嘲的に笑いながら印を解きながら眼を開ける。祭壇の隣に変なヤツがいる。


「よう、俺を呼んだのはお前さんかい」


俺は驚いて、叫び声を上げながらベッドの布団に飛び込んだ。ガタガタ震えていたのだが、その神様とやらは俺に話しかけてくる。


「おいおい、俺を呼び出したのはお前さんだろう。そこまで怯えられると話も出来ねぇ。せめて布団から出てきちゃくんねぇか」


俺はまだ怯えていたが、その口調に恐る恐る布団から出て、その神様とやらにきちんと相対した。飄々としていて、なんとなく怪しいのだが、なんとなく神々しさは感じる。


「改めましてだな。俺はお前さんらが言うところの神様ってヤツだ。何か願い事があるから俺を呼んだんだろう。聞かせてくんねぇか」


俺は今のバンドの状況を話し、こう願った。「俺をみんなが認める人気者にしてくれ。そうしたらバンドも今より売れていくに違いない」と。


「そんなもんでいいのかい。よしわかった。が、今のうちに言っとくことがあるぜ。まず、その願い事を叶えた後のお前さんの運命だ。こればかりは俺にもどうなるかわからねぇ。それだけは理解しといてくれ。まぁ何かあったら、また呼び出してくれりゃいいからよ。じゃあ、あばよ」


俺は夢心地のまま、何かよくわからないがそのまま寝てしまった。


次の日から、変化は見てとれた。道を歩いていると話しかけられるしサインをねだられる。握手を求められ、写真を撮られる。今までもたまにあったものの、その数は明らかに違っていた。


メンバーと会っても、メンバー自体が俺に対して少し余所余所しい。まるで俺に憧れを抱くファンのような態度を取る。これは予想していなかったし、メンバーに「そんな態度はやめてくれ」と言ったものの、効果はなかった。まぁどうにかなるだろう。


それからのバンドは売れに売れた。今までの鳴かず飛ばずが不思議なくらいだ。俺たちは一気に時代を代表するバンドになり、その人気は月日を経るにつれて大きくなっていった。日本だけでなく、世界進出もした。もちろん、海外でも大反響で、最早世界一のバンドとなった。


世界的に大人気な俺は、どこへ行っても大歓迎を受けていた。が、徐々におかしなことになってきた。俺が歩くと、どれだけ混んでいる場所でも、モーゼの十戒のように人が割れて道が出来るのだ。周囲からはボソボソと「神々しい」「素晴らしい」「その御御足の行く先を邪魔してはならない」と声が聞こえてくる。どうやら嫌われてのことではないらしい。


最初こそ楽しんではいたものの、どんどんと違和感を覚えてきた。例えば、外食をしようと飲食店に入ると、店主が今まで普通に居た客を全員追い出す。追い出される客側も納得したような顔で小走りで会計を済ませ居なくなる。


服を買いに行くと、店員と店長総出でお出迎えされ、金を払おうとすると拒否される。美容室や床屋で髪を切ろうとすると、「御前の御髪を切るなんて恐れ多い」と拒否される。困惑して問いただすと全従業員が土下座をしてガタガタ震えながら「我々には出来ません」と言われる。


これは日を追うごとに酷くなっていった。試しにコンビニで窃盗してみても、店員は通報しないどころか、もっと盗ってくれと言い出す。こちらから警察に通報しても、「貴方のやることは全て正しい」と逮捕してくれない。


俺の居るところや行く予定のところに雨が降らなくなり、強風が吹くことはなくなり、地震、台風、雷、ありとあらゆる災害が俺の周囲から一切なくなった。


もう人気があるどころの話ではない。道を歩くと通行人が俺に向かって土下座をし崇拝するのだ。挙句の果てに、バンドのメンバーは全員自殺した。バンド結成直後、もう十数年も前なのだが、そのときに俺のボーカルにダメ出しをした責任を取ってのことだそうだ。


怖くなった俺は、神様を呼び出そうとしたが何度やっても出てこない。何度も何度も儀式をやっていると、神様の使いとやらが青い顔をして出てきた。曰く、「神様は貴方に会うのが恐れ多くて出てこれない」のだそうだ。


もう切羽詰まった俺は自殺を試みたが、首吊りはロープが切れる、入水は水が割れる、焼身は火が消える、拳銃は弾が出ない、飛び降りは身体が浮遊する、火口に身投げは火口から強い風が吹き怪我なく安全な場所に飛ばされる、電車への飛び込みは直前に電車が脱線し俺だけ無事、乗客や乗務員は大怪我する、とにかくありとあらゆる方法を試したが、死ぬことすら出来なくなっていた。


そんな中、地球上の国家と国境は全て消失し、俺を中心とする俺のための地球国家が完成したらしい。そのうえ、宇宙から異星人が俺の傘下におさまるべく続々とやってきた。俺は俺の知らないうちに宇宙すら統一してしまったそうだ。


こんな状況に絶望を感じたが、自殺すらもすることが出来ない。

自殺どころか、病気や寿命も、俺を殺すことなど…。

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