第5話 街中パニック!迷子のお嬢様。

暗い海底に差し込む光を目指して進む。私は父を追って現在、人目を忍んで上陸しようとしているのだ。バシャーンと顔を出してみると、あたり一面青い海。

「アレ…、ココはドコ?」

道を間違えてしまったのだった…。


かのんの電話が鳴る。

「かのん、海底人が来てるらしいからお願いね。」

という美里子からの電話だった。しかしかのんは余り乗り気ではなかった。彼女の心の中で、前のバットエンドとの戦いによって今まで無かった不安が大きくなっていたのだ。だからかのんは

「今ちょっと遠くにいるんでかなり時間が掛かります。」

と、目的地も見ていないのにテキトーな嘘をついた。砂浜に居るため、目的地に近いことはなんとなく察しがついていた。しかし、センチメンタルな今の彼女には申し訳ない気持ちより不安が勝ってしまう。電話が切れた後、かのんは下を向きながらゆっくり歩き出したら…

「ん?」

目の前には砂浜へ打ち上げられたクラゲの如くグッタリとしている海底人の姿が見えた。半透明なヒラヒラのついた青いドレス。ユラユラとウェーブのかかった水色の髪は日の光で虹色に輝く。その姿はまさに海のお姫様だ。少し見惚れていたかのんは我に帰ると、恐る恐る近づいて話しかけてみた。

「あの、大丈夫?」

ゆっくりと目を覚ます海底人。見上げた先にいるかのんの姿を見て

「あっえ…地上人!?」

と驚いた後、慌てながらこう叫んだ。

「わァー!待ってください待ってください!」

その声に驚くかのん。

「私は争いをしに来た訳ではありません。ただ父を探しにきたのです。だからァ…、えっとそのぉだから、見逃してくださいっ!!」

「う…ううん、わ、分かった分かった!だから一旦落ち着こう。」

「…はい。」

それからまさとしとかのんが到着したが、その頃には2人の姿は無かった。


かのんは、その海底人のよく目立つ姿ため自分の家の服を貸すことにしたのだった。

「うーん…手も足も触手かぁ。足は誤魔化せそうだけど…。手袋なんかあったかなぁ。」

「?」

「あ、あった。」

服に無頓着なかのんの家にはこれといって可愛い服もなかった。なので、

「じゃあさ、とりあえず服買いに行こっか。」

「?…はいっ!」

かのんの言葉に目を輝かせる海底人。

「あ、あとその変なツノみたいなは?」

「死んだ珊瑚で作っていただいたものです。取り外せます。」

「へぇ〜。」

2人は服を買いに外へ出た。かのんは、変な写真がプリントされたTシャツにジーパンに安っぽいスニーカーという地味な服装であった。そして海底人の方は、帽子にサングラス、水色の横ジマの長袖と冬用の緑の手袋とジーパンで身体を隠し、変な柄の靴下に子供が履いてそうなビニールの長靴という、傍から見れば変人だ。

「しかしこう…なんと言ったらいいのでしょう。…初めての感覚です。身体の中の水分が抜けているようなこの感覚は…。」

「ん、どうしたの?…ハッ!」

今は真夏である。かなりの猛暑の今日、初めて来た海の外だ。海底人にとって汗をかいて喉が乾くのも初めての体験だったのだ。

「もしかして暑いの?」

「えぇ、そうですね。喉がなんというか…」

「乾いたんだね。じゃあ、ジュースでも飲もっか!」

「ジュース?」

2人は自販機でジュースを買うことにした。

「水でいい?それとも他の…」

「他のお飲み物がいいです!」

食い気味話す海底人。知らない飲み物に興味津々である。

「じゃあどれがいい?」

「これは?…このクマノミ色のジュースがいいです!」

「オレンジジュースか、分かった。」

オレンジジュースを手渡され、飲み始める海底人。今まで味わったことのないオレンジジュースの味に目を輝かせる。そんな姿や丁寧な口調を見ていたかのんは、世間知らずのお嬢様みたいだと思い微笑んだ。

「こんなの初めてです!」

そういいながら見上げた海底人の顔を見て、ひなこは唾をゴクリ飲んだ。そう、彼女の顔がオレンジ色に変色していたのだ。

「あのさ…顔の色がオレンジ色になったんだけど…。」

「オレンジ…、クマノミ色にですか!?」

顔だけではなく髪の色も少しずつ変わっていっている。これはマズイ!っと思い、一度2人はトイレへ全速力で向かった。

「あれ…、今の人…顔の色が変わらなかった?」

「え、マジ?」

誰かに見られた事も知らずに…。


 トイレの狭い1つの個室に2人で駆け込んだかのん達は、その狭い個室でヒソヒソと話し合っていた。

「ちょっとヤバイよ!」

「ですよね、顔の色が変わる地上人なんていませんし…、どうしましょ〜!!」

「一旦まったら色抜けるかな?」

そうやって2人で話し合っていると、ドアを叩かれて

「いつまで入ってんのよ!早く出なさいよ!」

と知らないおばさんに言われて2人は咄嗟に

「「すいませーん!」」

と誤ってしまった。その声を聴いたおばさんは驚いた顔で

「アンタら2人でトイレ入ってるの!?最近の若者は…ハレンチだわぁ。」

と言われ、かのんは顔を赤る。しかし海底人の方はよく分かっておらず、

「どうしてハレンチになるのでしょう?」

などと口走る。

「アンタちょい五月蝿い。…しゃーないもう出るよ。」

トイレの個室から出ると、お昼だったためにそこそこ並んでいた。申し訳なさそうにトイレから出ていく。

「あら〜」

という声が聞こえて恥ずかしがるかのんであった。しかし、そこで1人の女の子が呟く。

「オレンジのミミ…。」

一方その頃、海底人対策部隊へ肌の色が変わる人間を見たと通報が入り、ニュースで海底人が街中で出没した可能性大との速報が入った。その通報を受けたひなことまさとしは、その通報があった場所へ向かって事情聴取をしていた。

「どんな姿でした?」

「えーとねぇ、長袖長ズボンに手袋してました。」

「手袋ねぇ…。海底人の可能性がある以上、あまり出歩かないようにしてください。」

「はい。」

2人はこの緊急事態にすぐさま他の人に事情聴取をしに走り出す。しばらくしてさっきの女の子に話を聞く。

「さっきね、ミミがね、オレンジいろのひとがね、トイレでね、2人で入ってたの。」

「二人組…片方は耳がオレンジ色だった?」

「うんうん」

女の子は首を横に振る。

「ありがとう。危ない人かもしれないから、気をつけるんだよ。」

と言ってその場を後にする2人。

「人質かもしれないな。」

「私さっきの二人組の海底人だとしか思わなかった…。まさとしさん凄いね。」

「こういうの好きなんだよ。」

「そうなんだ。」

頼りになるかもしれないが、尊敬できない人だなと思うひなこだった。


 かのん達は近場のモールに向かう為に電車に乗っていた。休日だからそこそこ空いてると思ったが、思いの外今日は人が多く椅子に座れない。

「なんで今日こんなに混んでるんだよ。」

「そうですね。」

だるそうにしながらつり革を掴む2人。そこでまたまた事件が起きる。海底人がお尻に違和感を感じて振り向くと前に大柄な男が立っていた。痴漢だ。彼女の顔が青ざめる。

「すみません、やってしまったかもしれません…。」

「え?」

急に謝る彼女を見てキョトンとした顔のかのん。次の瞬間痴漢をした男が倒れた。

「!?」

驚くかのんとザワめく乗客達、それを観た彼女は、どうしようと慌てる。かのんはこの状況によってさっきまではただの世間知らずとな女の子でしかなかった彼女が、海底人だった事を思い出すのだった。かのんは彼女と逃げようと手を伸ばすが、それが手ではない事を思い出す。気が動転している彼女に向かって

「逃げよう。」

とかのんは微笑んだ。

「…え?」

「こっち。」

電車が止まり、扉が開いた途端にかのんは走り出す。そのかのんを追うように彼女も走り出す。

「今日は家に帰ろうよ。」

そうかのんは言って一緒に1駅分歩いて帰ったのだった。

 一方でひなこ達に電車内の事件の情報が入る。そこへ向かってみると、タンカーで運ばれていく男の姿が見えた。まさとしが、科学捜査班に話を聞いてみると、

「毒物キットで確認してみたんですけど、これタンパク毒ですね。ほら、ハチとかクラゲとかのかなり痛い奴ですよ。」

「大丈夫なんです?」

「フィフティーフィフティーと言ったところでしょうか。」

「そうなんですね。」

まさとしは、もう助からないだろうなと思いながら救急車を眺めていた。

「それよりこれ見てくださいよ。」

そう言ってスマホを見せてくる。そこには運ばれた男の右腕が写っていた。

「かなり腫れてるなぁ。…右手の手のひらから刺されたのか…?」

「そうですね、というか手のひらが面的に刺された感じなんですよね。」

「面的?あぁ…じゃああれか、毒針が無数に生えている場所を直接触った感じなんですね。大体の予測はついた。じゃあ行こうか、ひなこちゃん。ありがとうございました。」

「え、あっ分かったの!?」

そんな2人の話を聞いていていたが、話に全くついていけなかったひなこであった。

「くっ、…ぐやじぃ…。」


 ひなことその海底人は、最初に居た浜辺に戻っていた。

「さぁ、帰ろう。」

「いいんでしょうか、このままで…。」

俯く彼女を励ます為にかのんはこう言った。

「大丈夫じゃないけど…。あれは自業自得感あるし、アンタのせいじゃないよ。」

ふとかのんは名前を聞いていない事を思い出す。

「そういや、名前なんなの?」

「私ですか、私はウミヒメクラゲ。アナタは?」

「私は…」

「海底人見っけ!」

かのんが言いかけた途端に1人の女の子の声が聞こえ、2人は声の方を目を向けた。そこにはひなこが立っていた。

「いたのか?」

とまさとしも現れる。

「えっあれ、…かのんじゃない?」

「何っ!?お前が人質になってどうする!」

そう言いながら、こっちに向かって走ってくる。時間も無いと思い、かのんはウミヒメクラゲにこう聞いた。

「探してるっていう父親の名前は?」

「ウミヤマクラゲです。」

「ありがとう、こっちでも探してみるよ。じゃあね。」

そう言いながらまさとしらの所へ向かって走り出す。

「あぁぁぁ!!ダズガッダァー!!」

と泣いたふりをしながら2人に抱きついた。

「おい、いまは離せよ!」

「かのん邪魔!」

それでもかのんは離さない、彼女が海へ逃げ切るまでは。ウミヒメクラゲは振り向いて、

(今さっき聞こえました。さようならかのんさん…)

そう胸の中で呟きながら海へと帰っていったのだった。


 かのんが海底人が街中に現れたニュース速報でパニックになっていた事を知ったのは、後日のことだった。

「そんな大事件になってたのかぁ…。」

「そうよ、かのん。でもかのんが無事で良かったわ♡。気分転換に今度一緒に買い物でもする?」

事件に巻き込まれたかのんの事情を知らずに励まそうとしてくれる美里子。しかしウミヒメクラゲとの1日は思いのほか大きく、いつの間にか不安の種は取り除かれていた。

「いや〜気分転換は十分できたし、また頑張るよ。」

「そう。あっあとね、私達実は同い年なのよ♡」

「マジィ…?」

そう笑いながら話し合う2人だった。そして2人の話し合う姿を見つめながら、

「…」

何かを考えるまさとしだった。


第5話 街中パニック!迷子のお嬢様。 

終わり

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