番外 流刑前夜 ~予言者の道~

 夜明け前、ふと目が覚めて起き上がる。隣で眠る第二王子は、全く起きる気配がない。普通の貴公子ならば、夜明け前には支度をして女の部屋からは出て行くはずと女官から聞いているのに、いつも第二王子は日が昇っても眠っている。


 王族の義務である朝の祭祀も欠席ばかりで、周囲からの評価は悪い。母親が王の最愛の妃であるから許されていただけで、去年母親が死んでからは人々からの風当たりが強くなり、耐えられなくなった第二王子は自らが王になることを目指した。


 朝になれば、私たちは遠い領地への旅に出る。王都から離れ過ぎた領地は、鄙びた流刑の地。第一王子は無駄な血が流れることを嫌い、処刑ではなく流刑を選択した。現王は譲位後に王都の外れの屋敷で幽閉になるらしい。


 ……私は、女神が私の身に降りてくることを願っていた。異世界人のように特別な力が欲しくて身替わりになったのに、何の奇跡も起こらなかった。


 枕元に置いた文箱を開けると、一枚の絵札だけ。他の絵札は真っ黒になって砂のように消えてしまった。祖母から譲り受けた絵札は鮮やかな色彩を常に保ち、誰もが羨望の眼差しを向ける逸品だった。第二王子が雇った高名な職人たちも、同じ絵札を作ることは出来なかった。


 占いを教えてくれた祖母は、言葉には気を付けなさいといつも言っていた。絵札は良い未来を選択するための指針。恐怖や不安を煽る道具ではなく、常に回り続ける運命の可能性を示すもの。占う者が意図的に他人の運命を操ってはいけないと言われ続けていた。


 祖母と両親が流行り病で亡くなった後、私は親戚に騙されて遊郭へと売られた。遊女になりたくない一心で、私は占いができると言って遊郭の一室で占いを始めた。


 多くの人は優しく明るい言葉より、恐ろしい言葉を求めていた。

 それは不幸の理由を自分ではなく、他者や運命とする為。あいつが悪い、運が悪いとして、自分が悪いとは認めたくない。常に誰かのせいにしたいという弱い心の現れ。


 優しく明るい未来への希望を告げると、未来を見つけた客は遊郭から足が遠のき来なくなる。恐ろしい言葉で脅せば、客は何度も訪れて大金を積んでいく。自分の不幸はいつなくなるのか、自分を邪魔する者はいつ消えるのか。繰り返される同じ問い掛けに、私は驚きも感じていた。


 客がいなくなれば遊女に落とされてしまう。恐怖に駆られた私はいつしか、その人が幸せになるための言葉ではなく、その人が望む言葉を発していた。


 私の占いは当たると評判になり始めた頃、遊郭に第二王子が訪れた。私の占いがおかしくなり始めたのは、その時から。聞いたこともない魔法の話、知るはずもない秘密の儀式の方法。私の知識にはない言葉が私の口を借りて告げられる。字がほどんど書けないのに、難しい護符が簡単に出来上がった。


 これは私の力ではないと正直に言えば、私は誰にも必要とされなくなる。それが怖くて、私は何かに体を使われることを静かに許し続けていた。


 突如、艶やかな長い黒髪に青い瞳。白いローブを着た美しい男が現れた。宙に座るように浮く男は、あきらかに人ではなかった。その圧倒的な存在感で息が詰まり、指一本すら動かせない恐怖。

『……また失敗か。実に残念だ。女神を引きずり降ろすことは出来ずとも、国は潰せるかと思っていたのに』

 低く甘美な声が、体を震わせる。


『全くニホンジンというのは厄介だ。大した力もない癖に、こちらの術を跳ね返してくる』

 何のことを言っているのか完全に理解はできなかった。ただひたすらにその姿は美しく恐ろしい。


『そのタロットカードは返してもらおう』

 拒否する間もなく、私の手から絵札が消えた。


『最後に残ったのは〝愚者〟か。後先を考えることのない愚か者。……あの巫女によると、常識から解き放たれ自由になる者という意味になるようだが』

 愚か者。それは私のことのように思えた。あの異世界人は、自由になる者。彼女と私の違いは、絵札の読み方にも表れている。同じ絵札を持ちながら、進む道は全く異なっていた。


『この世界の崩壊の種はまだまだ仕込んでいる。その手で作り上げた世界が壊れた時、どんな顔をするのか楽しみだ』

 独り言を呟く美しく恐ろしい男は煙のように消え去り、私の手には何も残ってはいなかった。

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