第五十六話 異世界召喚の真実
「怜慧! お願い! やめて!」
初めて聞くドラゴンの咆哮は、全身を恐怖で震わせる。どんなに恐ろしくても、怜慧を死なせたくないという願いで叫ぶ。
その時、私の手に白く光り輝く水晶の勾玉が現れ、紫の防護結界が砕け散った。
「これは!?」
両手で包み込むと流れ込んできたのは、創世の女神の温かい力。異界に迷い込んだ時、岩瓜と引き換えに渡した勾玉だと何故か分かった。
「将星さん! これ、使って下さい!」
私が投げた勾玉を将星は受け止めた。
「……よし! 全力で行くよ!」
将星は勾玉を死神の鎌へとセットした。まるで元々の装飾のように勾玉は鎌へと馴染む。
空を見上げると、ドラゴンは銀色の帯のような光に包み込まれようとしていた。神々しさすら感じる光景が恐ろしくて震える。
「僕を守護する全ての存在に宣言する! 僕はこの一撃に全てを賭ける!」
手を血だらけにした将星の全身が、七色の魔力光に輝く。刃は白の光を煌めかせた。
将星の渾身の一撃で、怜慧を包んでいた銀色の魔法陣が砕け散った。鏡のように周囲の風景をうつしながら破片が周囲に降り注ぐ。
「お嬢ちゃん! 馬鹿を止めてくれ!」
「はい!」
驚きの顔で立つ怜慧までは、十メートル。銀の破片は白の光に弾かれて私の体を避けていく。
駆け抜けた私は、怜慧の首へと抱き着いた。
「怜慧! 私は一緒に生きたいの!」
「ミチカ……!」
戸惑う怜慧の腕が私の背に回って、抱きしめられた。
ドラゴンを包んでいた銀の光球は、徐々に小さくなって地上へと降りてくる。抱き合う私たちの目の前で光球がはじけて、人が現れた。
『これでやっと約束が果たせますね』
微笑むのは、炎の色をした長い髪で金色の瞳、褐色の肌をした美青年。身長は二メートル近くありそうで、ゆったりとした詰襟長袖の裾の長いシャツとズボンに靴が、細身で中性的な雰囲気に似合っている。年齢は二十代後半に見えた。
『……あの……この状況を説明していただけませんか?』
抱き合ったままの私たちを見て、男性は柔らかに首を傾げる。その仕草は呑気としかいえないもので、私は困惑で思考が固まった。どうやら怜慧も将星も同じ状況らしく、目を見開いたまま固まるだけ。
『あ、鳳凰さん、お久しぶりです。千二百年ぶりでしょうか』
地面にいた鳳凰に向かって男性が挨拶をすると、鳳凰が何かを訴えるように跳ねる。
『……ああ、そうですか。皆さん、
「ソウケイさんの意地悪?」
鳳凰と話をしているように見える男性が悪い人には見えなくて、私はつい疑問を零した。
『ソウケイさんは、この国の初代国王ですよ。私が子供の頃、命を助けて下さいました。そのお礼をしたいとお教えした召喚魔法なので、私が召喚者の命を奪うことはありませんよ。大丈夫』
ほんわかとした男性の微笑みと言葉で、全身から力が抜けた。怜慧の腕の力も抜けて、並んで立つ。王族の命を使う召喚魔法というのは、初代国王の嘘だったのか。
『そうそう、先に自己紹介をしておくべきでしたね。初めまして、火竜のラディムです』
「初めまして、
危ない危ない。優しい笑顔につられて、フルネームを答えるところだった。いくら怜慧の魔法に護られているといっても、用心に越したことはないだろう。
「私は第十二王子、怜慧だ。此度は願いを叶えて頂きたく、お呼びした」
『わかりました。お話をお聞きする前に、彼の怪我を治しておきましょう。……竜族の魔法結界を破った貴方はとても素晴らしい力をお持ちです。よろしければお名前を』
「将星と申します。……貴方は竜族なのですか?」
『はい、そうです。ラディムと気軽に呼んでくださって構いませんよ。さあ、手を出して』
血だらけの将星の手にラディムが手をかざすと、七色の光で傷が癒されていく。残った血痕は私が浄化して消した。
『こちらの国には竜族はいないとソウケイさんから聞いていましたが、竜族を見るのは初めてですか?』
「はい。幾つかの外国の書物にはありましたが、空想上の種族と考えていました」
『本来の姿は先ほどのものですが、普段はこうして人に似た姿に変化しています。体が大きすぎると不便で生きにくいですからね』
この異世界には魔法を使う竜がいて、遠い大陸では普通の人々と一緒に暮らしていた。世界に散らばって暮らす竜族を統括する竜王は世界で一番高い山の上に城を持ち、人々に崇められている。
『さて。怜慧君の願いをお聞きしましょうか』
うきうき。そんな良い人オーラ全開でラディムが微笑む。
「異世界から召喚された彼女を、元の世界に戻して頂きたい。その為なら私の命を代償としてもいい」
「待って怜慧! 怜慧の命と引き換えなんて絶対に嫌よ!」
私の気持ちを知っていながら、まだ怜慧は酷いことを言うのか。
『……異世界に戻す方法は、一応あるにはありますが……』
言葉を濁しつつ、ラディムの表情が曇る。怜慧や誰かの命を使うのは絶対に阻止したい。
『この世界に召喚された者は、元の世界で亡くなっているのです。……この世界の召喚魔法は、他の世界で死んでいる者の精神を呼び寄せ、魔力や神力で新たに構築した肉体へと移します。ですから精神は元の世界に戻せますが、元の肉体は機能を失っているので、死者として扱われるでしょう』
少々の沈黙の後、ラディムが重い口を開き、私の心の奥底でわだかまってた澱みが綺麗さっぱり消え失せた。それは元の世界への執着やしがらみと呼べるもの。
「あ、それなら戻らなくていいです」
「ミチカ!? それでいいのかっ!?」
「だって元の世界で死んでるんでしょ? それならこの世界で生きていたいもの」
怜慧の隣でという言葉は飲み込む。私は好きと告白したけれど、怜慧の気持ちはまだわからないし。
ここは死後の世界と理解した私の心はすっきりしていて、逆に怜慧が慌てているのが可笑しくて笑ってしまう。
『他に何か願いはありませんか? やっと呼んで頂いたのですから、お役に立ちたいです。ミチカさんも将星君もどうぞ』
千二百年、ずっと待っていたとラディムは言う。竜族の寿命は二千年から三千年で、恩人の子孫に恩返しをする前に自分の寿命が尽きたらどうしようと気になっていたらしい。
「二日後、王都で日蝕の儀式が行われます。そこで彼ら二人を派手にお披露目したい。ご協力頂けないでしょうか」
将星の言葉の意味が分からなくて、怜慧と私は顔を見合わせる。状況から言うと、私たちのこと。
『お二人のお披露目。それは楽しそうなお話ですね』
うきうき。どうやらラディムは楽しい事が好きな陽キャ。将星と気が合うかもしれないと、ふと思う。
「今、この国は分裂と崩壊の危機を迎えています。現王と第二王子が結託して、正統な後継者である第一王子を排除しようとしています。王族と貴族、そして儀式に集められた十万人の国民の前で、竜に乗る二人が次の後継者指名を行えば、誰も異議を唱えないでしょう」
『後継者指名ですか。面白そうです。竜族を知らないなら、驚くでしょうね』
「ラディム、貴方を式神扱いで使役することは気が引けます」
ノリノリの将星とラディムに怜慧がためらいがちに抗議した。
「怜慧君、お嬢ちゃんはとっても魅力的だからさ、そのくらいハッタリかましてお披露目しとかないと、誰かに奪われちゃうよ」
『そうです。誰もお二人に手を出せないようにお披露目しましょう。私の体の大きさは変えられますし、何なら魔法で炎や光を吐いて威嚇も出来ます』
炎を吐く巨大な竜を想像すると、普通の人間は絶対に敵わないと思うだろう。きらきらと目を輝かせるラディムは心の底から楽しそうで、止める言葉が思いつかなかった。
「この世界では竜族が最強なんですか?」
ふとした疑問が口から零れた。
『ひと昔前までは、そう言われていました。ですが、ここから遠く遥か彼方のヴァランデール王国に、竜姿の竜王陛下を投げ飛ばした機械人形を操る魔女が現れまして。おそらくはあの方が最強ですね』
機械人形が巨大ロボットと脳内で自動変換されたのは、気のせいではないと思う。巨大ロボットを操り、竜王より強い魔女。アニメやゲームのラスボス的な姿を想像してしまった。
『その方も異世界人ですよ』
ふと新宿駅で私が荷物をぶつけてしまった女性を思い出す。とても優しそうな人だったから、きっと別人。あの人も、この世界に召喚されたりしているのだろうか。
「さ、怜慧君。準備しよっかー!」
『遠慮は無用ですよ。派手にお披露目しましょう!』
なんだろう。残念な美形が仲間を呼んだ。そんな言葉が頭の中を通り過ぎていく。黙って立っていればどちらも超美形なのに。
怜慧と顔を見合わせると、その赤い瞳には困惑が見える。口を引き結ぶ怜慧と陽気な二人との対比が強すぎて、私は笑ってしまった。
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