第五十三話 最後の宮
将星と怜慧が完全回復したのは、毒蝶を倒してから四日後。気のせいか、今までよりも二人が凛々しく見える。
怜慧は薄紫の狩衣風の装束で足元はブーツ、将星は若草色。私は淡ピンク色の水干風の上着に紫の袴風のズボンに編み上げ靴。宿で念入りに手入れされた馬たちの毛艶も良くて、朝の光の中で輝いている。
「お待たせしてごめんねー。お嬢ちゃんには恥ずかしい所見せちゃったなー」
馬に荷物を積み、将星は私に謝罪してきた。
「恥ずかしいなんて言わないで下さい。私が異界を壊したせいです。ごめんなさい」
あのことは何度も繰り返し反省している。思いあがった私が異界を壊さなかったら、将星は魔力を温存出来ていただろう。
「気にしなくていいよー。おかげで魔力量がもの凄く増えたからねー。何事も経験経験」
「魔力が増えた?」
「そ。一度魔力が枯渇しかけて、体が飢餓状態に陥ったんだよねー。生命の危機と判断したのか、体は魔力を増産して、空気中に漂う魔元素を吸収もしていた。契約してる精霊や式神も心配して魔力を分けてくれた。普通では絶対にありえないことを経験できたよ。これはお嬢ちゃんのおかげかなー」
通常、呪文や護符を一切使わずに魔元素を吸収することはないし、特に式神が魔力を分けることはないらしい。
「でさ、僕のことはお兄ちゃんって呼んで欲しいなー」
「あ、あの、どうしてですか?」
何故この人はお兄ちゃん呼びにこだわるのかさっぱり理解不能。
「ほら、怜慧君のお嫁さんになるんでしょ? それなら僕がお兄ちゃんだよねー」
「こらまて。誰が兄だ。誰が」
黙って私たちのやり取りを聞いていた怜慧が抗議の声を上げた。
「可愛い弟と妹! 二人にお兄ちゃんって呼ばれるとか、最高じゃん!」
この残念な美形は何を言ってるんだ。そんな言葉が棒読みで頭の中で流れていく。いざという時に頼りになる人でも、この妄想癖は受け入れがたい。
「そんな戯言言ってるから、お前の女運は地にめりこむんだと思うぞ」
怜慧の呆れた呟きを聞いて、完全同意の私は何度も頷く。それを見て将星は衝撃を受けたという顔で固まった。
「え? お、お嬢ちゃんまで……」
「行くぞ。宿の者に迷惑だ」
そういえばそうだった。門までの石畳の道に、見送りの女性たちが笑顔で並んでいる。暇を持て余した私は、こっそりと宿のあちこちを浄化して回っていた時に見つかって、従業員の女性たちと仲良くなっていた。女性たちの持ち物を浄化したりもしたけれど、ちっとも痩せる気配がなくて残念無念。
女性たちにありがとうと言われつつ、私たちは馬に乗って宿を出た。
◆
緑に囲まれた静かな街道を馬はゆっくりと歩く。木々の間から畑や果樹園が見えて、のんびりとした風景が広がっている。
「どうした? 何か気になることがあるのか?」
「めちゃめちゃいっぱい浄化したのに、ちっとも痩せないんだけど」
これまでにないくらい沢山の浄化を行った。露天風呂やヒノキ風呂はぴかぴかになったし、部屋も綺麗。女性たちの小物や服等々も数えきれないくらい浄化した。それなのに。
「……菓子、食ってたよな?」
「…………ちょっとだけよ?」
そう言われると思い当たるふしがある。従業員の休憩室で女性たちと一緒に食べたポテトチップスに似たお菓子や、揚げせんべい。色々なあんが入った揚げ饅頭。浄化のお礼にと、作りたてをごちそうしてくれたので、ついつい食べ過ぎていたかも。
全然痩せる気配がないのは、そのカロリーが消費されたということか。
「効率悪っ!」
「……今のままで、十分……可愛いぞ」
腰を支える腕の力が強まって、背後でぼそりと呟いた怜慧の言葉が、頬を一気に熱くしていく。
怜慧の腕をぺちぺちと両手で叩きながら、返す言葉を探しても見つからず。私が可愛いと言うのなら、付き合って欲しいとか恋人になりたいとか言ってくれたらいいのに。
龍の召喚はもうすぐ。それまでに好きと告白したいとは思っても、いざ二人きりになると言葉が喉に詰まる。怜慧は私の元の世界の話や、私のことばかりを聞きたがる。
お返しにいろいろ聞いても、怜慧は趣味もないし好物もないと苦笑して、それ以上は話が続かない。家族の話も聞きにくい。結局は私が話すだけ。
「龍が召喚できたら、私の世界とこの世界と行き来できるようにお願いしてね」
「ああ。召喚できたらな。何度も言ってるが、誰も試したことがないから召喚できるかはわからないぞ」
「怜慧が毎日頑張ってるんだもの。絶対召喚できるわよ」
龍の召喚はただの伝説の可能性はあると聞いても、この不思議な世界なら何でもありに思えていて、一抹の不安はあっても、期待の気持ちの方が大きい。好きな人は異世界の王子様なのって友達に言ったら、どんな反応が返ってくるのか想像すると笑ってしまう。
「楽しそうだな」
「友達に怜慧のこと話したら、びっくりするだろうなって」
「俺のこと?」
「異世界にはカッコイイ王子様がいるって……あ、でも、そんなこと言ったら、絶対会いたいって言われそう」
もしも怜慧が私の友達を好きになったら。ふとした気づきで言葉が止まる。
「今度はどうした?」
「戻っても、しばらくは秘密にしておこうかなって思ったの。変な人扱いされそうだし」
怜慧と正式に付き合うまでは、誰にも黙っていた方がいいのかもしれないと思った。
「そうだな。秘密にしておいた方がいい」
「どうしたの?」
怜慧の声に寂しさを感じて振り返ると、優しい笑顔が視界に映った。鼓動が爆上がりしていくのはどうしようもなく。
「友人に『愚者』と呼ばれても俺は知らないぞ」
「ちょ。意地悪言わないで!」
肩をすくめる仕草すらカッコよく見えてしまうのは何故なのか。恥ずかしさを隠しつつ、私は怜慧を睨みつけた。
◆
最後の『十二之宮』に到着したのは四十六日目。早朝の光が、森の中で朽ちた建物を優しく照らし出している。誰も手入れはしていなかったのか、崩れ落ちた檜皮葺の屋根は素朴な花畑と化していた。白やピンク、黄色の小さな花々が風に揺れている。
「近くの村って廃村になってるんでしょ? この後、誰が神様のお世話をするの?」
村は牢獄になっていて、村人はいない。誰かが管理をしなければ、建物はすぐに廃墟になってしまうだろう。
「あ、それは大丈夫だよー。僕の家から人を寄越すし、あの牢獄も壊すよう手配するつもりだよー」
軽い将星の言葉で安心した。ここにくる途中で見た牢獄は石が高く積まれた塀に囲まれていて、人の気配はなかったものの、不気味な雰囲気が周囲に漂っていた。
ほっとした私は、倒れて朽ちて、土と化してしまった鳥居らしき盛り上がりに手を触れた。白い光を帯びた土山から生えた草花が種に戻り、柱が木の色を取り戻し、ゆらりと立ち上がる。
風にそよいでいた花々も種へと戻り、立派な屋根は空へ。柱が白木の色を取り戻し、錆びついて朽ちた金具が金色を取り戻す。これまでに見た宮の中でも、一番といっていいくらいに大きい。
「中で人が住めそうね」
「そうだな」
中央階段の正面には木の格子戸。内部の板間は広くて、軽く五十畳はありそう。
「昔はここで婚礼なんかもしてたそうだよー」
「あ、それなら納得です」
再生した建物はまだ白い光を帯びていて、建物を囲むように地面から木が生えてきた。
「木?」
等間隔で次々と生える木は大きくなって、枝に沿って緑の葉と淡いピンク色の花が一斉に開く。瞬く間に宮の周囲は花の咲く木で埋め尽くされた。
「桃だねー。こちらに祀られていた神の
桜かと思ったけれど、よく見れば花びらの形が違う。私と怜慧に授けられたのが桃だったのもわかった。
これまでと同じように木戸を開けて中に入り、軽く掃除をして御神体の箱と水晶の勾玉を納めると、七色の光を帯びた長い銀髪、青い瞳の超絶イケメンが白い直衣姿で現れた。退廃的で妖艶な色気は無くなり、清冽な水を連想させる圧倒的な清らかさがカッコイイ。
『大儀であった。これで我らの力が戻った。負けはせぬぞ』
神様の静かな微笑みは勝利の確信に満ちていて頼もしい。右手に現れた七色に輝く糸玉を、神様は怜慧へと手渡した。
『国護りの結界を完成させよ』
十二の宮の結界は王都を護るだけでなく、この国を護る為のもの。そんな気がする。
「ありがとうございます」
糸玉を預かった私たちは、神様に深く頭を下げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます