第四十四話 ふわふわのマシュマロ

 日が傾きかけた頃、街道近くに建つ宿屋は人がいっぱいでも、やっぱり金貨で何とかなってしまう。断られている人を横目に申し訳ないなと思いながらも、野宿する人々の姿を見ることが多くなってきたので、野宿は無理だと思う。


 馬を預けて案内を待っている間も、ひっきりなしに空きがないかと尋ねる人が来ている。


「ううっ。罪悪感ー」

「気にするな。野宿でも楽しそうだっただろ?」

「まぁ、そうなんだけど」

 焚火を囲んで笑いながらお酒を飲んでいる人々の姿を何度も見かけてはいる。


「そういえば、女の人、いなかったね」

 日中、女性も少しは歩いていたような気がしても、野宿する人々の中に女性を見かけなかった。

「宿屋には女用の相部屋があるからな。基本的に女なら宿泊を断られない」

 さらりと言われて驚いた。


「えっ、そうなの? じゃあ、私、その相部屋へ……」

 掛け布や布団は別ではあっても、やっぱり男性の隣で寝るのは恥ずかしい。いまさらながらに変な寝言を言っていないかとか、寝起きの顔が気になっていた。


「ダメだ。平民の中に貴族の姫が入って無事でいられると思うか?」

「えー、貴族でも姫でもないけど……」

「……お前は可愛いから、最悪売り飛ばされる。危ないだろ」

 可愛いという言葉で心が舞い上がった。ふにゃりと笑いそうになる顔を必死で引き締める。


「怜慧くーん、素直に言いなよ。可愛いお嬢ちゃんを独り占めしたいーって」

 将星の指摘で、頬が熱くなっていく。


「しょ、将星、いたのか?」

「いたいた。すっごい横にいた」

 そういえば将星が隣にいたことを完全に忘れていた。


 今日の宿屋は木造の三階建て。とはいえ、三階はあきらかに後から付け足したような不安定さが隠せていなくて三人で苦笑する。頑丈そうな、どっしりした建物の屋根の上に、木造の神社っぽい建物がちょこんと乗せられた印象。


「もしかして、案内されるのって、三階だったりする?」

「どうだろうな」

「たぶん、そうじゃないかなー。他は窓が付けられてるよー」

 将星の言葉で気が付いた。二階までは精霊や神が嫌う樹脂製のガラスが窓を覆っていて、三階は格子戸のみ。見上げていると、三階の部屋の灯りが点いた。


「えー。大丈夫かなー。支えてる柱、細くない?」

「だから貴族用、なんじゃないかなー。大人数があの部屋に入って好き放題したら崩れるかもしれないけど、貴族なら同室に入れる随行者も少人数だしねー」

 そう言われると成程と思う。二階までの窓の中からは、賑やかな大勢の人々の会話や笑いが聞こえてくる。暴れるまではいかなくても、その重量で崩壊するかも。


「神獣を呼ばなければ無事だろう。……絶対に呼ぶなよ」

「……気を付けます」

 怜慧が頻繁に私を連れて手を洗うのは、私が無意識に浄化の術を使わないようにする為と昨日知った。寝る前に薬効のあるクリームを塗っている為なのか、肌荒れは回避できている。


「昨日、ギリギリだったからねー」

「ううっ。ご、ごめんなさいっ」

 そう。昨日、無意識に使いかけた浄化の術を、将星の浄化魔法の護符で止めてもらった。二人は朱雀を呼ばないようにと、細心の注意を払っていた。呑気に旅を楽しんでいたのは私だけ。


 案内されたのは、やっぱり三階の部屋だった。間に屋根を支える柱はあっても、五十畳は余裕でありそうな一部屋が几帳で区切られている。天井は梁が見えていて高い。木戸や雨戸は閉められていて、四方に一つずつの窓のない格子戸から夜空が見える。


「思ったんだけど……こういう部屋って、冬ってとっても寒くない?」

「寒い? ……そうだな。寒いかもしれないな」

「東我さんの屋敷は年中快適だよー。普通は火桶とか暖炉とか使うけどねー」

 怜慧の返答が遅かったのは、東我の屋敷が魔法で快適だからか。


「火桶は年中使っているが」

「書き損じた護符とか処分する為だよねー。普通の屋敷では冬の道具だよー」

 炭を使う火桶や、薪を燃やす暖炉で部屋を暖め、装束を重ねて過ごすのがこの世界の貴族の冬らしい。


 お膳に乗せられた料理がたくさん運ばれてきて、宿の人がいなくなると私の装束の胸元から金色の鳳凰が転がり出てきた。今日は朝ご飯の後ずっと眠っていて心配だったのに、超元気にはね回っている。

「元気だねー」

 細い足で体を上下させ、美味しいご飯への期待の踊り。そんな雰囲気が笑いを誘う。大きな木の御櫃を開けると、ほわほわと炊き立てご飯の香り。まずは茶碗一杯分を鳳凰の為に用意して、男性用の巨大なご飯茶碗にご飯を盛って怜慧に差し出す。


「ありがとう」

 山盛りのご飯茶碗を支える両手が怜慧の大きな手に包まれる。こんなシチュエーションは、これまでにもあったのに、羞恥が頬へと集まっていく。もしも、怜慧と一緒に暮らしたら、毎日この笑顔が見れて……。


 ぐらぐらと揺れる妄想の嵐を止めたのは、視界の端で派手に手を振る将星の姿だった。……危ない危ない。また二人の世界になるギリギリだった。


 怜慧にご飯茶碗を渡した後、将星にも手渡す。日本昔話で見るような山盛りご飯と、大量のおかずが瞬く間に減っていく光景は見ていて楽しい。御櫃ごと、ご飯をお替りする光景も見慣れてきた。


 焼き魚で供されることの多い干し魚は出汁で煮られていて、程よい塩味。料理の中にはぴりりと感じる香辛料が使われていても、怜慧が頼んでくれたおかげで、塩の辛さは回避されている。


「それで足りるのか?」

 取り分けられたおかずと、お茶碗軽く一杯のご飯を食べてお箸をおいた私を見て、怜慧が声を上げた。

「後で岩瓜食べるんでしょ? その分、お腹開けとかなくちゃ」

 デザートは別腹。それでも、お腹いっぱいに食べた後に食べたら味がわからなくなりそう。


「怜慧君、女性は僕たちみたいに大量に食わないからねー」

 焼かれた干し魚をばりばりと骨ごと噛み砕きながら、ご飯を食べる姿は豪快。それでも食べる姿は整っていて、見ているだけで爽快感。


 夕飯を終えて、怜慧は布袋に入れていた岩瓜を取り出した。三つの岩瓜は、ぼんやりと柔らかな白い光に包まれている。

「あ、怜慧君、部屋から神力が漏れないように結界張っとくねー」

「ああ。頼む」

 浄化の力とは違っていても、純粋な女神の神力で神獣を呼ばないようにと、怜慧と将星は結界を張っていた。


 立ち上がった怜慧は、手に乗せた岩瓜を上に掲げながら、頭を下げた。

「女神よ、賜りました恵みに感謝致します」

 慌てて横に並んで私と将星も頭を下げると、岩瓜はさらに綺麗な光に包まれた。


「さて、どうやって食べるー?」

 丸太の輪切りで作られた座布団に座った所で手渡された岩瓜は、小さめのラグビーボールのような形。岩のような見た目の重さに反して、とても軽い。

「え? 凄く軽い」

「軽いのは、熟れてる証拠だよー」

 笑う将星は、岩瓜の端を両手の指で摘まんで、スナック菓子の袋を開けるようにして皮をむく。硬く岩のような皮の中には、淡いコーラルピンク色のバナナのような果実。


「すごーい」

 将星の鮮やかな手つきを見て手を叩いていると、横から輪切りになった果実が差し出された。

「交換しよう。中央付近が特に美味い」

「怜慧、ありがとー」

 厚さ二センチ、直径十五センチの円形に切られたピンクのバナナは指で摘まんでも、ふわふわで軽い。


 怜慧と将星が魔法で岩瓜を切り、三人で岩瓜を手にする。

「いただきまーっす」

 ふわふわで柔らかで、爽やかな酸味がほんのりと甘くておいしい。口に入れると溶けて消える。どこかで食べたようなと考えて思い出した。


「あー、わかった。ラズベリーとバナナ味のマシュマロに似てる!」

 合成の味ではなく、甘すぎない天然の味。以前食べた作り立てのマシュマロの柔らかさと美味しさにそっくり。

「マシュマロって何だ?」

「私の世界にあるお菓子なの。いろんな味があるのよ」

 どうやらマシュマロは異世界語に翻訳されないらしい。この世界にマシュマロに該当するものはないのか。


「美味しいー」

 これは危険な軽さと美味しさ。ぺろりと全部食べてしまいそうでカロリーに警戒。

「岩瓜は、焼いても美味しいんだよー」

 そういって、将星は魔法で一切れの両面を軽く焼いてくれた。淡い焦げ目と温かさで、さらに美味しく感じる。


 三人でいろいろと話しながら、夜は更けて。

 私は岩瓜一つと半分をぺろりと平らげ、その総カロリーを想像して罪悪感に苛まれた。

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