第四十二話 神獣への生贄

 将星は、自分に誰かの式神が付いてきていないことを念入りに確認して、怜慧にも確認させてから、話し出した。


「まずは最初に王都へ行ってきたんだけど、王都内に転移魔法では入れなくなってる。式神や魔法の類ではダメだねー。普通に歩いてなら問題なく入れた」

「それって、何の意味があるんですか?」

 歩いて入れるのなら、式神や転移魔法を遮断しても意味が全くないと思う。


「魔術師による外部からの干渉は許さないっていう警告じゃないかなー。東我さんが管理する水道とかは普通に使えてる。王都内部で、人々が日常で使ってる魔法には影響がないのに、外からの魔法は遮断。器用な術組んでてびっくりだよー。牢獄の穢れ封じの術もかなり凝ってたけど、王って、そんな術を組める人じゃなかったと思うんだけどねー」


 王が魔法を使っていたのを見たのは、召喚された時だけ。床から天井まで、複雑な図形の魔法陣が光っていたことを思い出す。あれは凝っているとは言わないのだろうか。


「異世界召喚の術は組めただろう?」

 私の疑問を代弁するように、怜慧が口を開いた。

「その術式は歴代の王のみが見ることのできる巻物に書かれてるって話だし。召喚関連で問題になるのは王の魔力量だけだよ。王はそれなりに魔力は持ってる。東我さんよりだいぶ劣るけど」


「でさー、王都内なら転移魔法使えたんだけど、東我さんは王宮の最深部にいるらしくて流石に会えなかった」

「拘束されているのか?」

「それが違うんだよねー。禍つ神の封印がマジで解けかけてるって話。力と経験のある魔術師連中が王都外に出されてるから、実質東我さんだけしか対応できないのよ。一応、それなりに魔力がある第一王子なんかが駆り出されてるらしいけどー」


 召喚後、私に真っ先に頭を下げた金髪碧眼の第一王子の顔を思い出して、気の毒感が沸いてくる。胃痛持ちだったりしそうな気がした。


「宮の結界が二つ完成したのに、解けかけてるんですか?」

「今は小康状態ってところかな。結界が完成する前は、王宮が崩壊しそうなくらいの地鳴りが続いててヤバかったらしい。二つ目が完成した日から、地鳴りはぴたりと止んだそうだよ」


「王も祭祀をしてるけど女神の神託はないし、精霊の加護もないっていうのが、下位の貴族にもバレ始めてる。王がどうあがいても、日蝕の儀式が終わったら譲位になりそうだ」


「第二王子は?」

「謎の高熱で寝込んでて、後宮にある予言者の部屋の塗籠ぬりごめから出てこないらしい。後宮だと王と王子以外の男が入れないから、無理矢理引っ張りだすこともできないんだって」


「うわ、最低ー」

 それは仮病だと思う。しかも女性の部屋に逃げ込むなんて、言語道断。


「予言者も部屋から出てこないのか?」

「それが、夜になると一人で部屋の外に出てきて護符を書く。予言者が作った護符を貼ると、朝までは地鳴りが収まってたらしい。それで皆が眠れたそうだから、何にもしない第二王子より有難られてたよ」


 時間限定とはいえ、王や東我さえ止められない地鳴りを止める予言者は、相当強い魔力を持っているのか。そんな力があるのなら、もっと良いことに使えばいいのに。


「王宮の話は置いておいて、牢獄の話なんだけど……かなり刺激的だけど大丈夫かな?」

 刺激的。その意味はわからなくても、聞いておきたいと思った私は頷いた。


「あの牢獄にいる罪人たちは、おそらく何かの生贄用として集められてる。兵部省は食料や生活物資を届けて、代わりに薪や加工された木材を受け取るだけ。半年の間に八人が逃亡を企てて、全員が死亡してる。内部自治が行われてて、その逃亡者は牢獄にいる全員が責任をもって制裁してるって話。兵部省では見張りも必要ないし、楽な牢獄だって笑ってたけど、逃亡者は首だけしか残ってないらしい」


「首だけ……」

「そう。だから、誰が入って誰が死んだっていうのを兵部省と検非違使は把握できてる。でも体は確認できてなくて、鬼みたいな奴らだから鍋にでもして喰ってるんじゃないかって冗談めかして言ってたけど、本気でそう思ってるから誰も追及しないんだと思う」


 人を殺して鍋にしていると、疑われるような罪人が牢獄へと入れられているのかと思うと怖い。そして、その罪人を強制的に食べさせられている神獣の気持ちを思うと悲しくなってくる。


「まぁ、重罪人だからね。被害者のことを考えれば、そんな死に方でも憐れみは感じないけど。僕としては、体がない、つまりは心臓と生き胆がないっていう時点で生贄にされたかなって思った」


「やはり神獣への生贄か」

「現時点ではその可能性が高いかな。で、その牢獄が出来る前、王がどこから生贄を調達してるのか気になって、いろいろ聞いてきたんだけど、かなり以前から新月になると王宮で働く下女や下男が荷物を残して行方不明になる事件が発生してた。王宮全体では一万近い人間が働いてるから、官位のない人間が一人二人が消えても問題にすら思われない。新月以外の日に荷物持って消える人間も結構いるらしくて、仕事や人間関係が嫌になって逃げたと判断されて終わってる」


 王宮で働く人が一万人。王宮のほんの一部の部屋しか知らない私でも、多くの人が働いて貴族の優雅な生活が成り立っていると感じていた。


「何もしてない人を生贄にするなんて……酷い……」

「ああ。そのとおりだな。王も第二王子も人の命を軽く扱い過ぎている」

 

「牢獄とか生贄の件はそんな感じだし、今後の方針としては牢獄の穢れに注意を払いつつ、最後の『十二之宮』を再生して王都に帰る……でいいかな?」

「将星さん、朱雀は?」

 穢れたまま放置しておいていいのだろうか。


「お嬢ちゃんは優しいねー。宮の結界が完成して、日蝕の儀式が終わったら東我さんが動けるようになるから、それからでもいいかなーって思ってるんだけどー」

「でも……その間にまた生贄が……」


「どうせ罪人……怜慧君、どうする?」

「朱雀は将星と東我に任せよう。俺はお前を危険に晒したくない」

「……わかった。任せる」

 二人に反対されると何も言えなくなる。私にできるのは浄化とカードリーディングだけで、実際に戦うのは怜慧と将星だから。


「と、いう訳でー。お嬢ちゃん、僕にもお菓子頂戴ー。あーん」

 秒で至近距離まで接近してきた将星は、私の目の前で口を開いた。これは、飴を口に入れろという要求だろうか。他人にお菓子を食べさせるというのは、心理的ハードルが高い。勢いと思い切りがないと無理。


「え、えーっと」

 とりあえず飴の袋を将星に押し付けようとした時、私の手から袋が消えた。


「あれ?」

「好きなだけ喰っていいぞ」

 私から飴の袋を取り上げた怜慧は、手のひらいっぱいに乗せた飴を将星の口の中へと押し込んで、将星の口を塞ぐ。

 

 ぼりぼりぼり。盛大に飴を噛み砕く音がして、飲み込む速度が凄まじい。異様な音に怯んだ怜慧の手が離れた。

「怜慧君、もっと食べさせてー」

 ぱーっと輝いた笑顔の将星はものすごく嬉しそうで引く。怜慧の横顔には焦りを感じる。


「しょ、将星、自分で喰え」

「えー、だってー、まだ手を洗ってないんだもーん。お嬢ちゃんでもいいよー。あーん」

 再び口を開いた将星は楽しそう。


「わかった。好きなだけ喰え」

 やけを起こした怜慧は、将星の首に腕を巻き付けて、開いた口目掛けて飴の袋を逆さにした。残っていた飴は先ほどより多くはなくて、将星は余裕で噛み砕く。


「ちっ。空か」

「余裕余裕ー」

 空の袋を握りつぶして、ぎりぎりと歯噛みする怜慧と楽しそうに笑う将星が対照的で、私は思わず笑ってしまった。

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