第四十一話 想定外の言葉
泊まった宿屋に中庭や庭がなく、裏は川。川岸は岩だらけで不安定だというので、私たちは宿屋の屋根に上っていた。檜皮葺の屋根は歩き方にコツが必要で滑りやすくて、結局私は怜慧に抱えられた状態。
夜空には昼間と同じ赤と緑の月が輝き、白く小さな月が昇っている。周辺に人家はまばらで灯りもないせいか、煌めく星が空いっぱいに広がっていた。こんな状況でなければ、ロマンティックと言えるかも。
「始めるよー」
将星の気軽な掛け声で、周囲の景色が明るくなる。他者からは見えない結界の壁は、きらきらと五色の光の粉で彩られていた。ピンクアッシュの髪に萌黄色の狩衣姿の将星が一際派手に輝く。
屋根に現れた赤い魔法陣の中央で、将星が目を閉じる。歌のようにも聞こえる長い呪文が詠じられ、その手に握られた護符が鷹に似た褐色の猛禽類へと変化して、黒い夜空に羽ばたいていく。
地図でしか見ていないけれど、この宿からはかなり距離がある。時間が掛かるのかと思っていたのに、すぐに結果が現れた。
「見えた。……あれ? かなり頑丈に封じてあるよ。外からは穢れが感じ取れないね。建物の周囲には高く石が積まれた塀。…………罪人に薪割りとか木材の加工をさせてるのか……」
薪割りというと昔話や童話で、斧を使って木を割るシーンが思い浮かぶ。木材の加工と聞いても実際に経験がないから、どんなものかはさっぱりわからなくても、肉体労働であることだけはわかる。
「将星、封じてあるのに、塀の中が見えるのか?」
「封じてるのは穢れだけだね。隠蔽系の結界や魔法は一切使われてないよ。上空からなら覗き放題だ。……見張りの兵がいないんだけど……」
「牢獄に見張りの兵がいない?」
見張りのいない牢獄は驚き。状況が見えているのは将星だけで、言葉で聞いても理解は難しい。
「篝火もないね。灯りも完全に消えて真っ暗だ。門は鉄の扉で外から閉ざされてはいるけど……多人数で協力すれば木材を使って内部から壊せるよねー。梯子を使って塀を登ることもできる」
「登れるような塀なのか?」
「高さは大人三人分余裕であるけど、塀の上は平らで何もないよ。普通なら、ここに尖った竹や釘を設置して、登れないようにするんだけどねー」
「建物の中に入れるか?」
「それはもうちょっと準備しないと難しいねー。穢れの封印はかなり複雑で……この癖は……たぶん王の術かな。……これ以上の接近は感知される危険がある」
天才魔術師は、王の魔法の癖も把握しているらしい。青い目を開いた将星は懐から新たな護符を取り出した。護符は三羽のツバメになって、夜空へと消えていく。
「昼間にまた覗いてみよう。もう少し情報を取りたい」
花火のような派手な魔法陣をさらに煌めかせた将星の自信満々の笑顔は、好奇心に満ち溢れていた。
◆
翌朝、将星は別ルートから情報を探ると言って、転移魔法でどこかへと出かけて行ってしまった。将星が旅の仲間に加わる以前の状態に戻って怜慧と二人きりになっただけなのに、そわそわが止まらなくて困る。私だけでなく怜慧までもが視線を泳がせていて、二人で挙動不審。
お高い宿の薄暗い部屋の中、置き畳の上で話していると気まずい雰囲気になるから、太陽の光がさんさんと入る明るい窓際に座って、眼下に流れる川を見ながら会話を繋ぐ。
「王都の正面に牢獄を置いたのは何故かな?」
「王が穢れの封印をしているのなら、王の計画の一つだろうな。ただ、これは女神降ろしの儀式の一連の手順には入っていなかった」
「……もしかして、罪人を神獣に食べさせてた?」
「その可能性はあるが、何故半年前なんだ?」
「神獣のコントロールが弱くなってきたから、もっと人を食べさせようとしてたとか」
生贄の貯蔵庫。という言葉は使ってはいけないと思っても、それが正解なのではないかと思ってしまう。
「制御の為の生贄……か。神獣は人を喰らうだけでも穢れるのに、その人間も穢れた罪人……王は何を考えているんだ……」
大きく溜息一つ。やはり怜慧は父親である王のことを他人のように語る。……父親のことを、嫌いなのだと思う。
「まさかとは思うけど、外に出たら神獣に喰われるぞって脅してるから、罪人が逃げたりしないとかじゃないかな」
「人を殺すような人間が、神獣の存在を信じているとは思えないんだが…………目の前で喰わせれば嫌でも信じるだろうな」
「でも、他にはないのよね? 何でだろ?」
「将星の話には出てこなかったな」
考えれば考える程、頭が混乱してくる。
「情報が少なすぎる。考えるのは、将星が情報を持ってきてからにしよう」
私の混乱を解消したのは怜慧の一言。少ない情報で想像と妄想を積み上げるよりも、正確な情報を手に入れてから考えた方がいい。
「絵札に何か聞いてみるか?」
「それはやめとく。残忍なこととかは聞きたくないもの」
タロットカードには、殺人とかそういった犯罪の話や意味を聞いてみたくはないと思う。もっと明るい話題で占いたい。
「じゃあ、菓子でも喰うか?」
「朝ごはん食べたでしょ…………じゃ、飴一つだけ」
将星もいない二人きり。飴一つなら、口に入れてもらっても恥ずかしさも薄れるはず。笑顔になった怜慧と二人で
「ほら、口を開けろ」
小さな飴を摘まんで、その優しい笑顔は破壊力抜群。頬だけでなく頭が一気に熱くなる。控えめに口を開くと、飴が優しく唇に乗せられて、口へと入れられた。素朴な丸い飴は甘い。とにかく甘い。
ふと思いついて怜慧が持っていた飴の袋を奪い取り、同じ飴を一つ摘まむ。
「怜慧も、口開けて」
「……」
私がそう言うと、怜慧が固まった。
「お、俺は……そ、それはお前のための菓子で……」
「一緒に食べて欲しいの」
頬を赤くした怜慧の狼狽は見たことが無かったので、ちょっと楽しい。遠慮がちに開かれた口に、飴を一つ放り込む。
勇気を出して私が出来たのはここまで。窓際に並んで座って目を泳がせながら、無言で飴を舐める。仕返しとはいえ、大胆過ぎる行動をしてしまったと反省しつつも、お互い様なのだからと心の中で言い訳中。
「口に入れられるって恥ずかしいでしょ? わかった?」
人前ではやめて欲しい。そう続けようとした時、怜慧が遠慮がちに口を開いた。
「……もう一つ、食べさせてくれないか」
想定外の怜慧の言葉で、頭が爆発するかと思った。怜慧の頬は赤いし、きっと私の頬も赤い。
「わ、わかった」
袋の中から摘まんで出した飴は綺麗なピンク色。一度手にした飴を戻すことはできなくて、そのまま怜慧の口へと運ぶ。
口に飴を放り込むと、怜慧の赤い瞳と視線が合った。怜慧の手が私の手を掴み、私の指先がその唇へと触れる。
「お待たせーっ! ……あ、お邪魔だった?」
部屋の中、唐突に出現した赤い光の魔法陣から、ひと昔前のアイドルポーズで将星が現れた。完全に慌てた私は、怜慧の手を振りほどいて距離を取り、窓際に座って下を向く。
「あ……」
怜慧から何か言いたげな雰囲気は伝わるものの、恥ずかしくて顔を見て確認することは無理。
「邪魔してごめんっ! 僕、もう一度外に出てるから、続きをどうぞー」
そういって消えようとした将星を怜慧が止めた。
「何を誤解しているのか知らないが、菓子を食べていただけだ」
そう。私たちはお菓子を食べていただけで、やましいことは何もないから。怜慧の言葉に何度も頷く。
「何か情報は取れたのか?」
「短時間の調査だったけど、いろいろと取れたよー」
きらきらと輝くような笑顔で、将星は怜慧に答えた。
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