第四十話 隠蔽された牢獄

「将星、お前の為に買った菓子じゃないぞ」

「僕もお腹減ったら魂が分離しそうなんだもーん」

 馬上でぼりぼりと音を立てながら、将星が干菓子を食べている。怜慧が大量に買った干菓子と飴は、なんだかんだと九割近くを将星が消費していた。


 正直に言えば、助かった。親切心とはいえ、十分おきに干菓子を勧められるのはストレスだった。


「何度も言ってるけど、タロットカードのおかげで、しっかり体に定着した気がするから、大丈夫」

 あれから、もう目視の距離と実際の差異は感じなくなっていた。物をしっかり掴むことも出来るし、躓いてこけそうになることも激減した。古い傷が消えているのはそのままだけど。


「便利な絵札だよねー。僕も欲しいなぁ」

「絵柄違いでいいなら、魔道具屋で売ってましたよ」

 あの消えてしまった魔道具屋を思い出すと同時に、長い黒髪に青い瞳の男の顔が頭をよぎる。人の良さそうな笑顔を浮かべた美形の店主だった。


「あれ? ……何だっけ?」

「どうした?」

 何かタロットカードからのメッセージがあったような気がする。


「何か忘れてるような気がするのよね。何だろ……もやもやする……」

 店主が展開していたヘキサグラムスプレッドは思い出すことができる。二つのリーディング内容も。


「絵札に聞いてみたらどうだ?」

「そうね。そうしてみる」

 怜慧の勧めに沿って、私は胸元に入れた袋からタロットカードを出した。


「このもやもやは何か教えてくださーい」

 軽くシャッフルしようとして、手が止まる。どうやっても手が動かないので、カードの束を裏返してボトムカードを確認。


「『悪魔』の正位置……」

 ますます理解不能。タロットのボトムカードは隠されたメッセージ、潜在意識に潜む何かを示している。カードたちは、私に何を伝えようとしているのか。


手にしたカードからは悪魔というよりも悪神というイメージが伝わってくる。祟り神や鬼とも違う……悪い神。


「『愚者』か」

「え?」

 肩越しに覗き込む怜慧の声が近すぎて、胸がどきりと高鳴る。カードは『愚者』ではないと答えようとして、視線を落とすと『愚者』になっていた。


「あれ?」

 何かが違う気がする。そう思ったのに、何が違ったのかわからない。

「怜慧、最初から、このカードだった?」

「ああ。裏返した時からその絵札だった」

 私の見間違いだったのか。カードを見つめてもメッセージを感じなくて、もう一度やり直してみようとしても手が動かなかった。


「……宿についてから、もう一回やりなおしてみる」

「体の調子が悪いのか?」

「もー、違うから。心配しないで」

 ぺちぺちと抗議の意味で怜慧の腕を叩きながら、私はもやもやとした違和感に包まれていた。


     ◆


 最後の『十二之宮』へと向かう行程は、平坦な街道を使ってのんびりと進んでいる。過保護で心配性になった怜慧が、とにかく私の体調を気にしてくれて有難いとは思っても、度を超すとはっきり言ってウザい。それをさりげなく将星がフォローして止めてくれていた。


 街道沿いの飲食店の個室で食べるお昼ご飯は、温かいお蕎麦とお寿司。お蕎麦の濃すぎる掛けつゆはお湯で割って丁度いい。手のひらサイズの巨大なお寿司は、塩漬けの魚や肉が乗せられていて、美味しくても一口でギブアップ。残りは二人がぺろりと完食。


 食後のお茶は、オレンジ色のハーブティ。柑橘系の香りと爽やかなハーブの苦味が、口の中に残る脂をすっきりと流してくれる。


「……王都は大丈夫かな?」

「東我さんがいるから、大丈夫じゃないかなー。王都の周りぎりぎりまで式神送って観察してるけど、戦乱とかもないし、人が普通に生活してるみたいだしねー。旅人も普通に歩いて入ってる」

 

 天才魔術師は、その魔力を使って王都周辺までを確認していた。魔力を大量消費するからと言って食後にデザートは欠かすことなく、今も串の無いみたらし団子風の餅を口に入れている。大食い動画並みの大量のご飯を食べた上に、餅。もう感覚がマヒして普通に見えてきた。


 小さな鳳凰は、お寿司の酢飯だけを平らげて、お腹を丸くして上機嫌でテーブルの上に転がっている。


「怜慧はデザート食べないの?」

「俺は食後に甘い物は不要だな。食べたいなら注文するぞ? 果物はどうだ?」

「お腹いっぱいだから、結構です」


 あきらかにしょんぼりする怜慧を見ても、心を鬼にしなければ。

 果物ならと油断してはダメだとすでに私は学習している。カットされたフルーツを口元まで運ばれるという、究極恥ずかしい状況は、人前では絶対ダメダメ。『ほら、口を開けろ』と囁いた怜慧の甘い顔を思い出して、内心悶絶。二人きりなら……と思う妄想を頭を振って追い出す。


「今、どのあたりを進んでるの?」

 話題を変えるべく、私は怜慧に問いかけた。怜慧は懐から王都周辺地図を出してテーブルに広げる。

「このあたり……『五之宮』の近くだな」

「え? まだ、そんな場所なの? 間に合う?」


 間に合うように考えてはいると思う。それでも、少々心配。


「間に合うから心配しなくていい」

 怜慧が笑顔で答えた横で、将星が口を挟んだ。

「ちょーっと待って、怜慧君。この地図、古いよ」


「この地図、何か違和感あるなーって思ってたんだよねー。この村、丸ごと牢獄になってるのよ」

 将星が指し示したのは、目指す『十二之宮』に一番近い村。


「いつの話だ? この地図が最新のはずだが」

「あーそっか。隠蔽されてるのか。……王族の地図にすら載せないのは、王の指示かな。兵部省と検非違使は知ってると思うよ。ここが重罪人の牢獄になったのは半年くらい前。本来なら処刑する重罪人を集めて繋いでる」

 怜慧が持つ地図は、王族用の特別仕様。他の貴族や一般国民には隠された道や建物、重要な遺跡が掲載されている。


「重罪人?」

「殺人やら強盗、放火、人の生死に関わる罪を犯した者。捕まえたら、表向き処刑したことにして、その牢獄へ送致するように指示を受けてた。僕は担当じゃなかったから連れて行ったことはないけど」


「村人は?」

「移住させられたんじゃないかな。元々、人の少ない村だったし」

 ならば誰も確認することのない『十二之宮』はどうなっているのだろう。宮を戻しても、その後に世話をする人がいない。同じことを思ったのか、怜慧と視線が合った。


「どうしよう」

「……終わった後、東我に頼んで世話人を手配してもらおう」

 そうか。東我に頼むという方法があった。それなら私たちが心配する必要もないか。


「不思議なのはさ、ここは王都の正面に当たる場所だから、本来は穢れとも言うべき重罪人を集めるのはふさわしくないんだよね。まぁ、僕みたいな検非違使一人が意見しても決定は覆らなかった訳だけど」

 将星が指で示したのは王都の正面を貫く道。王都の門を通って、その村までは一直線。


「東我さんも知らなかったのかな?」

「おそらくね。王都からは距離があるし、こう言ったらなんだけど、大勢の人に影響を及ぼすような大した穢れじゃないから注意を向けなければ無視できる程度なんだ」


 全部の穢れを感知していたら、魔術師自身がキャパオーバーで潰れてしまうらしい。ある程度は無視して制限を掛けるのも、魔術師には必要なスキル。


「夜にこの牢獄あたりに式神送ってみるよー」

「どうして夜なんですか?」

「夜の方が穢れが強くなるんだよねー。『十二之宮』に行くなら、牢獄のすぐ近くを通ることになるから、どの程度なのか知っておきたいと思ってねー」


 魔法のことなら頼りになる天才魔術師。将星のイラっとする言動に理解ある彼女が現れますようにと密かに願いつつ、やっぱ無理かなと私はお茶をすすった。

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