第三十六話 鳳凰の真の姿

 今にも雨が降り出しそうな暗い空の下、二頭の馬は次の目的地『七之宮』に向かって街道を走っていた。本当は『五之宮』の前に行く予定だった場所。


 早朝は雲一つなく綺麗に晴れていたのに、昼を過ぎると雲が湧き出て空を覆った。急変する天候も、王の結界の不安定さが原因。結界を補強する神事も焼け石に水。怜慧によると、地面が持つ熱は上がり続けていて、雨が熱を冷やす繰り返しが起きている。


「どうした?」

 怜慧の優しい声で、私が無意識に怜慧の衣を握りしめていたことに気が付いた。馬上で抱きかかえられるような横座りにも慣れてきて、怜慧の体温に包まれていると安心できる。


「……雨が……浄化の雨が降りそうだなって」

「そうだな。どこかで雨宿りするか」

「私は雨で濡れてもいいから急ぎましょ。十二の宮の結界が完成したら安定するんでしょ?」


 宮の結界を張った日に怜慧に抱きしめられてから、暇があると考えるのは怜慧のことばかりで、自分でもうんざり。何気ない仕草にときめいて、そのときめきを隠すために冗談を言い合って。


 素直に好きと言えたらすっきりするとはわかっていても、王子としての責任感で優しい対応をされたらつらい。近すぎる距離で気まずくなるのもしんどい。


「何か言いたいことがあるなら言えよ」

 怜慧のことで悩んでいると言ったら、どんな顔をするだろうか。そんな意地悪な気持ちが頭をよぎる。至れり尽くせりの優しさが怜慧個人の好意なのか、異世界の王子としての義務なのか……それとも、奇跡を起こす神力を持つ者への敬いなのか……考えると混乱して、底なし沼に沈みそう。


「……鳳凰って、姿が変わったりするの?」

 伝説の霊鳥・鳳凰からイメージする華麗な姿とは違う、小さな金色の丸いもふもふは私の装束の胸元に収まって眠っている。ふわふわとしていて、温かい。

「…………術によっては……大きさが変わる…………見たいのか?」

 歯切れの悪い怜慧の言葉に、動揺が感じられる。そういえば、式神が顕現している間は魔力を供給していると言っていたから、何か都合が悪かったりするのかも。


「見たい……といえば見たいかな。でも、宮の結界作った後でいいから」

「そうか。わかった」

 私の想いはどうにか誤魔化せたようで一安心。不自然にならない程度に怜慧の胸元に頬を寄せ、そっと息を吐いた。


      ◆


 日が落ちる前に宿屋に入り、疲労回復の為に早めに眠ろうとしても、私はなかなか寝付けずにいた。何度も寝返りを打っていると怜慧の囁き声が聞こえた。

「……眠れないのか?」

「あ、えーっと、その……目が冴えちゃって」


 几帳で区切られた狭い寝所の中、掛け布は別とはいえ、怜慧と二人で並んで眠る状況にどきどきしているとは口にはできない。今までは普通になりつつあったことも、いろいろと意識してしまうと羞恥を感じる状況。今更寝所を別にしてもらうのも寂しいような気がして悩ましい。 


「中庭で鳳凰の真の姿を見るか?」

「真の姿?」

 やっぱり鳳凰は別の姿があったのか。華麗できらきらした美しい鳥の姿を想像するとわくわくしてくる。


 見たいと答えると、怜慧は私に淡い紫の単衣を羽織らせてくつを履かせた。

「将星に気づかれないように、窓から出る。抱き上げていいか?」

 ぼんやりと灯る燭台の光の中、銀髪に赤い瞳の怜慧がかっこよすぎて心臓に悪い。不自然なくらいに首を縦に振ってしまう。


 怜慧に抱えられて、宿屋の二階の窓から中庭へと降り立つ。中庭といっても、学校の体育館程度の広さはあって、むき出しの地面には雑草が生え、周囲は大木が囲むように並んでいる。


「庭って、普通は花とか池があるんじゃないの? 殺風景過ぎじゃない?」

「この宿の庭は、遠い領地から来た貴族が兵や馬を隠す場所でもある。王都に私兵を連れていけば反逆罪と疑われるからな」

 賊に襲われないように、護衛は必要。でも、王都には連れていけないなんて、不便過ぎ。


 私をそっと地面に降ろした怜慧は、私の着物の胸元にいた鳳凰に手を伸ばす。

「……おい。避けるな」

 怜慧の手は何度も空をきり、スライムのように変形して避けた鳳凰が嬉しそうに体を揺らす。


「どうするの?」

「地面に置いてくれ」

 怜慧の指示に従って鳳凰を地面へと置くと、怜慧は再び私を抱き上げて、鳳凰から十数メートル離れた。


「……鳳凰、真の姿を示せ」

 緊張した面持ちの怜慧の静かな言葉に反応するように、地面に描かれた円から紫色に輝く魔法陣が浮かび上がって回転する。小さな金色の鳳凰がふわりと浮き上がった。


「そういえば、鳳凰が翼を広げてるの見たことないかも」

 冬の妖精シマエナガは、意外と立派な翼を持っているのは知っている。この鳳凰は、いつも細い脚で飛び跳ねたり転がったりして移動している光景しか見たことがなかった。


「……翼は……一応……あるといえばある……」

 何故か怜慧は口を引き結び、魔法陣はさらに輝いて小さな鳳凰の姿を光で包み込む。丸い紫の光が徐々に大きくなっていく。


「え? 待って……もしかして、超大きい?」

「いや、それほどでもないな」

 瞬く間に光は動物園で見た象よりも大きくなって、弾けた。


「…………」

 私が無言になってしまったのは仕方ないと思う。金色の鳳凰は、丸い大福のような姿のまま巨大化しただけ。宿屋の二階の半ば、高さ五メートルはありそうな金色の超巨大なもふもふに、私の頭より巨大なつぶらな瞳で見下ろされると何ともいえない気分になってくる。


 怜慧がこれまで鳳凰を使わなかったという理由がわかったような気がした。


「……この姿なら、人を乗せて飛翔できる」

「そ、そうなんだ……一応聞いておくけど、もしかして、立ったまま乗るとか?」

 この巨大さは、またがるとかそういうサイズじゃないと思う。乗るとすれば、頭の上。

「……一度も乗ったことはないが、そうなるだろうな」


 空飛ぶ巨大なもふもふの上に立つ王子様。あまりにも間抜けすぎる光景が浮かんで、喉元まで込み上げてきた笑いを必死でかみ殺す。可愛いとカッコイイを両立させるのは難しい。

 

 もう我慢できないと口を手で押さえると、背後から将星の大笑いが響いた。

「ちょ、無理……! 腹痛てえ……!」

「お前っ、何故ここにっ! 俺の結界を破ったのか!」

 白い着物姿で笑い転げる将星を睨みつつ、怜慧がぎりぎりと歯噛みする。どうやら怜慧は結界を張っていたらしい。全然気が付かなかった。


「そ、そんなの、怜慧君が結界張る前に、忍び込んだに決まってるじゃーん。そっかー。これが鳳凰の真の姿かー」

 将星の声は完全に笑っていて、他人事ながら少々ムカついてきた。

「か、可愛いからいいじゃない!」

 せめて反論しておこうと叫ぶと、何故か怜慧が項垂れる。


「え? 怜慧? どうしたの?」

「……いや。何でもない」

「お嬢ちゃん、傷口に塩塗っちゃダメだよー」 

 傷口に塩。そんなつもりは無かった。


「とはいえ、可愛いのは姿だけ。恐ろしい程の力を秘めてるよねー」

 挑みかかるような表情で将星が見上げる先は、鳳凰の黒い瞳。天才魔術師は一体何を感じ取っているのか。


「僕の家に伝わる古文書には、王都を作る時、鳳凰が放つ光の声が山を一つ消し飛ばしたっていう記録があるんだよねー。そもそも、気高い霊鳥である鳳凰が式神になるなんて聞いたこともない。怜慧君、どうやって呼び出したのー?」


「……子供の頃、廃止された神職用の教本に書かれていた召喚術を試しただけだ」

「神職用の教本? ……僕も読んだけど、初歩の初歩の術しかなかったよね?」


「ああ。その初歩の初歩。最初に召喚に応じたのがこいつだった。式神契約せずに還そうとしたら震えて涙を流して嫌がった……」

「このサイズで出てきたの?」

「いや。いつもの大きさで出てきた。だから……憐れんだ俺が馬鹿だった……契約の途中で鳳凰だと真名を明かされたんだ……俺は絵や彫刻で見た鳳凰の華麗な姿を期待して……」

 完全に騙された。そんな顔をして怜慧は溜息を吐く。いつもの手のひらサイズの鳳凰が震えて涙を流したら、私だって可哀想だと思う。

 

「あー、そっかー。鳳凰の霊格が高すぎて、他の式神との常時契約が出来ないのかー。前から不思議に思ってたんだよねー。怜慧君が式神使っても、短時間だけなのなんでだろーって」

 怜慧が使っていたツバメや鷹、小鳥たちも式神の分類に入るのか。


「……鳳凰に乗ってみるか?」

「遠慮しとく」

 即答。巨大過ぎる可愛いを上から見ても楽しくないし。何よりも想像する絵面が酷い。


「じゃ、僕、乗せてもらっちゃおうかなー。失礼しまーっす」

 うきうきとスキップしながら将星が鳳凰へと近づいた時、強烈なつむじ風が巻き起こった。目を閉じて開くと、将星の姿が消えている。


「あ、あれ? 将星さんは?」

「後ろだ」

 苦笑する怜慧の言葉で振り向くと将星が大木の枝に引っ掛かって逆さになっていて、『吊るされた男』のカードそっくり。


「ちょ。怜慧君、乗せてくれるんじゃなかったのー? 怜慧君、酷ーい」

 口では嘆きながらも余裕で笑う将星は、驚くべき身体能力で体を捻って地面に降り立った。

「将星を乗せるとは言った覚えがないぞ。それに、俺は何も指示していない。鳳凰に嫌われただけだろ」


 ふと鳳凰を見上げると、体の横にペンギンの翼のような突起が見えた。

「……怜慧、もしかして……」

「ああ。あれが鳳凰の翼だ。飛ぶ時には使わないようだから、主に攻撃用なんだろう」

 つむじ風は鳳凰の攻撃だったのか。可愛い姿には似合わないような気がして、これ以上は知らない方がいいかもしれないと思えてきた。


「怜慧、鳳凰の真の姿を見せてくれてありがとう。堪能したからいつもの姿に戻してもらっていい?」

 私がそう言い終わるや否や、鳳凰は一瞬で縮んで、光の速さで私の胸元へと収まった。


「……おい? 俺はまだ何も指示してないぞ」

 愕然とした怜慧の表情とは対照的に、ふわふわふくふくとした鳳凰はほわほわで温かくて可愛い。

「きっと、この姿の方が好きなのよ。可愛いし」

 なでなでなで。鳳凰のもふもふ感を感じながら、先ほどの巨大生物は記憶から消去しておこうと私は決めた。

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