第二十九話 目視で測る距離

 衝撃の『二之宮』を逃げるように離れた私たちは、無言で馬を走らせて今日の宿がある街で遅い昼食を取っていた。将星がおすすめという飲食店は、餅料理専門で昼を過ぎていても大勢の人が料理を楽しんでいる。

 店の奥の一角を陣取った私たちのテーブルの上には、山のように盛られた料理が並ぶ。つきたての平たいお餅が笹の葉を間に挟んで重ねられて湯気を立てていて、餅に味噌や魚、肉や卵、煮野菜を挟んで食べると美味しくて、甘く炊かれた豆を挟むと塩大福のような味で飽きることなく食べられる。


 金色のもふもふ鳳凰は他のお客から見えない私の膝の上で、お餅と格闘中。とにかくお米やお餅が大好きで茶碗一杯くらい食べるから、この小さな体のどこにそれが消えていくのか不思議。

 怜慧と将星の食べる量は互角で、あっという間に大量の餅や料理が消えていく。リアル大食い対決動画を見ているようで楽しい。


「君ら毎回、あの儀式やってたのー? よく正気でいられるよねー」

 追加注文した料理を待つ間、ぱちりと指を鳴らして将星が口を開いた。青い光が煌めいたのは防音結界。周囲のお客さんには聞かせたくない話をするらしい。将星は魔法の天才で、精霊から魔力を借りて自分の魔力を温存する。赤い光の魔法は本人の魔力、他の色は精霊の魔力の色。


「正気ってどういう意味ですか?」

「神様の御姿を直接見るっていうのはさー、魔力ごりごり削られるけど、気力の方が削られるんだよねー。普通は直視したら気絶か廃人だよー」

 現実逃避で気絶、逃げられなければ気力を根こそぎ持っていかれると将星は苦笑する。

「怜慧、魔力削られてたの?」

「事前にお前の話を聞いて防御していたから平気だ。それよりも気力が問題だな」

 そう言われれば、怜慧は途中から神様の御姿が見えるようになっていた。


「神は様々な御姿になられるとは知ってはいたけどねー。あははははー」

「そうだな。知識はあった」

 乾いた笑いの将星と、口を引き結んだ怜慧が遠い目をする気持ちはよくわかる。『二之宮』の神様がまさかの男の娘、しかも幼女姿とは思わなかった。声は中年男性のどっしりしたものだったので、本来の御姿を見ていないから想像だけが膨らんでしまって困る。


「将星さんは、どうして『二之宮』の祀神が男性ってご存じだったんですか?」

「宮が廃止される時に、燃やされる予定だった書物を僕の父が王宮から持ち出して家で保管してるのよー。万が一の為、全部暗記しとけって言われててさー。そこに祀られた神の名とか縁起とか書かれてたって訳ー」

「持ち出して大丈夫だったんですか?」


「急いで写本作ってすり替えたっていう話だから、バレてないんじゃないかなー。代替わりの時は、宮の廃止だけでなく王都を整備する精霊契約の失敗とか、歴代の王が封じたまがかみの封印が解けかけたりとか、とにかくいろんな事件が同時に起きて混乱を極めてたっていうしー。……今考えると、その混乱も王の策だったんだろうねー。東我さんや僕の父、他にも力のある魔術師は皆、宮に祀られた神々や王都を護ることに奔走してたっぽい」


 怜慧の父である王が即位する際に十二の宮による結界は壊されて、混乱の中で王が召喚した新たな四柱の神による結界が構築された。その神の名も知らされず、祭祀もすべて王だけが行っており、誰も正体を見極めることができなかった。

 怜慧は父親のことを何とも思っていないように見える。母親の話になると見せる微かな寂しさが一切感じられない。


 大量の料理が運ばれてきて、会話は一旦途切れた。

「しかしさー。お嬢ちゃん何者なのー? 時戻しの術なんて、僕はびっくり仰天よー」

 伸びる餅を口にしつつ、将星が明るい声で話す。あの時の驚いた声を思い出すと申し訳ないけど笑ってしまう。成程、逆再生のことは時戻しと言えるのか。


「何者って言われましても。どこにでもいる普通の女子高生ですよ。先日の件と同じで、時戻しとか自分で何かしている意識はないです」

 浄化の術も時戻しも、そしてタロットによる術も自分が何かしたという感覚があまりにも薄くて困惑している。

 

「そっかー。お嬢ちゃんみたいな子がどこにでもいるって、ニホンって凄い国だよねー。皆、絵札とか武器持ってんの?」

「そんな訳ないです。タロットカードは武器ではなくて。占いの道具ですよ」

 将星の頭の中で、日本はどんな国になっているのだろうか。魔法で便利なことがあっても基本生活は平安時代の異世界では、スマホも魔法の道具の一つに見えるかもしれないとふと思いついた。電池切れなのが惜しい。


 きゅうきゅうと今にも死にそうな声が聞こえて膝の上に目を落とすと、餅がきれいさっぱり消えていて、目を潤ませた鳳凰が見上げている。

「あ、ごめんごめん。お餅だけでいい? 何か他のも食べる?」

「おいこら。そいつを甘やかすな。式神は基本的に魔力以外の物を喰わない」

「食べたいって言ってるんだから仕方ないじゃない」

 どうも怜慧は鳳凰に厳しすぎる。目の前の皿から笹の葉に乗った餅を取り、膝の上で空になった葉と取り替えると、もふもふが喜んで餅へと顔面ダイブして食べ始めた。


「式神がマジで物を食べてるって、僕はびっくりだよー。神や精霊と同じで食物の精気を食べる可能性はあるって言われてはいたんだけどー。もー、君らと一緒にいると新しい経験ばかりだよー」

 鳳凰が初めて食事をしたのは、将星の父の屋敷。その時にも将星は驚いていた。


 山盛りだったお替りの料理も綺麗さっぱり消え失せて、三人で食後のお茶を飲む。緑色のお茶は緑茶でもなく抹茶でもない、香ばしい味がする。

「残りの宮は五、七、九、十二の四つかー。できたら次は『五之宮』か『七之宮』でお願いしたいんだけど、どうかなー?」

「それは構わないが、何故だ?」


 怜慧の問いに応じた将星が魔法の光でテーブルに図形を描く。

「えーっと、お嬢ちゃんもわかるように説明するとー。……十二の宮で作られる結界は、四角い結界を三つずらしながら重ねた物なんだ。五か七の宮を再建すれば、とりあえず一つの結界が完成する。それで玄武と白虎の守護の力が薄くなりすぎてる部分を補強。二つ結界を完成させれば、そこそこ強度は保たれる」


「……王の結界、もうちょい持つかなーって思ってたんだけど、僕の計算よりもかなり早く崩壊しそうなんだ。……おそらく贄を喰わせて増幅させた力は、本来の力よりも消滅が早い。命を代償にする術は強力だけど、短時間の効果しか得られないんだよねー」

 その言葉の意味を考えると背筋が寒くなった。短時間の効果しか得られないということは、繰り返し生贄を神獣に食べさせる必要がある。王は一体何人を犠牲にして歪んだ結界を保ち続けているのだろうか。


「次は『七之宮』へと急ごう。その後、『五之宮』『九之宮』、最後に『十二之宮』で結界を完成させよう」

 怜慧が指先でテーブルの図形を辿る。何故か怜慧は、将星には龍の召喚について秘密にするようにと私に告げていた。それは王族しか知らない方法であり、外部に知られると龍の力を悪用して国を転覆させることもできるから。


 早朝の魔力の集束魔法は鍛錬だと説明して将星にからかわれていたのを見ていると、実は龍の召喚に失敗した時に恥ずかしいからかもしれないと思う。


 お茶をもう一杯頂こうとして、急須に手を伸ばして空振りした。目視で測る距離と自分の手指の長さが一致していないような不思議な感覚がたまにある。まるで自分の体ではないような、そんな気がして違和感に震える。


「どうした?」

「あ、何でもない。お茶飲むかどうか迷っただけ」


 怜慧が淹れてくれたお茶の味をしっかりと味わいつつ、この異世界は夢なのかもしれないと思う私はおかしいのか。そっと手で包み込んだ茶碗の温かさを感じながら、私は途方に暮れていた。

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