第二十八話 神の最新流行

 まだ夜が明ける前、私たちは屋敷を出て馬を軽く走らせていた。無理矢理付いてきた将星ショウセイは意外にも黒馬に乗っている。

「転移魔法で来たからさー。馬は置いてきちゃったんだよねー。いつもは白馬なんだよー」

 やっぱり。そんな気がしていた。今日は『二之宮』へと向かうと聞いて、白に萌黄色を重ねた直衣風の装束を着た将星は髪色のせいか、とにかく派手。一方の怜慧レイケイは白に薄紫色を重ねた直衣風装束でカッコイイ。


「へー。お嬢ちゃんは前に乗せてるのかー。後ろに乗せて抱き着いてもらった方が嬉しいと思うけどー?」

「こいつは常時視界に入れておきたい」

 背後から聞こえてくる怜慧の一言にどきりと胸が高鳴る。頬に集まりかけた羞恥は続いた言葉で打ち消された。

「何をしでかすかわからないからな」

「何もしないでしょ!」

「ほう。どの口がそれを言うんだ?」

「ううううう」

 自覚があり過ぎて、全く反論できないのがツラい。過去に浄化の術を使ってしまったことだけでなく、将星の屋敷で滞在中、平坦な場所で何度も転びかけては怜慧に抱き留められた。


「空きがあるなら、僕が後ろに乗りたいなー」

「断る。馬も迷惑だ」

 怜慧はずっと将星に塩対応。将星は口では嘆きつつも笑っていて、へこたれる様子が一切ないので笑ってしまう。

「付いてこれなければ置いていく。……走らせるぞ」

 将星に冷たく言い放ったかと思うと、私に優しく囁きかけた。その声の違いがくすぐったくて、意識してしまいそうになる。私は神力を持つ物扱いだから自意識過剰と戒めても、怜慧は優しすぎる。


「ひゃっ?」

 左肩に乗っていた鳳凰が転がるようにして、私の上着の胸元に滑り込んだ。襟から顔を出し、うるうるとした瞳でみつめられると可愛くて頬が緩む。

「おい、こら。そいつを甘やかすな」

「そういうこと言ってるから、撫でさせてくれないのよ?」

 逃げられ続けている為なのか、怜慧は鳳凰にも冷たい。もふもふした鳳凰がほんのりと温かくて、ほっとする。


 馬は速度を上げて、やがて全速力になると飛ぶように走る。時間短縮の為に街を通るルートは避けて、草原や森の道を進む。今まで怜慧は馬で走る間、私の為に風除けの魔法を使っていたと知って、少しでも魔力を温存して欲しくて断ってみたものの自分の想像が甘すぎたことに後悔中。この世界の馬の全速力は、ジェットコースター並みの風圧が常時掛かるなんて思わなかった。

「……だから言っただろ?」

「だ、大丈夫……」

 背中から伝わってくるのは、笑いを堪える息遣い。腰に回る怜慧の腕を強く握ってみても、ダメージはゼロで悔しい。


 馬の速度は落ちていないのに、顔を叩いていた風が緩む。結局、怜慧に魔法を使わせてしまった。

「簡易だが護符を作ったから、それほど魔力消費はしない。心配しなくていい」

 昨日、将星と一緒に紙や石に何かを書いたり魔法を掛けていたのは知っている。二人のやり取りが面白すぎて、遊んでいるのかと思っていたことを静かに反省。


 塩対応でも怜慧は将星のからかいに反応するし、どれだけ冷たくされても将星は懲りずに怜慧を弄ってくる。二人の仲は良く見えると正直に言ったら怜慧が拗ねるかも。馴れ馴れしい兄と、距離を取りたい弟の印象が強まっていく。


 全速力で駆ける二頭の馬は、深い森へ続く道へと入った。


      ◆


「こ、ここ?」

 目的地の『二之宮』は、森の奥深くで流れ落ちる滝の裏にあった。幅三メートル、見上げる程高くから落ちる滝の水量は豊富で、青く澄んだ滝壺はものすごく深そう。滝の裏へ行くには、足元が不安定な岩を渡る必要がある。

「俺が運ぶから心配しなくていい」

 完全に怯んだ私に気が付いたのか、怜慧が笑う。その優しい笑顔は勘違いしそうになるから困る。優しくされる嬉しさと、物扱いの切なさで心は複雑。


 それでもふわりと横抱きにされると心がときめく。どきどきとする心臓と、頬に集まる熱が恥ずかしい。


「行くぞ」

 その宣言の後、怜慧は跳んだ。空中に現れた紫色の魔法陣を踏み、先へと跳ぶ。たった三回の跳躍で流れ落ちる滝の脇まで到着。

「怜慧くーん。待ってよー」

 将星の叫びを無視して、怜慧は滝の裏側へと進む。

「うわー。すごーい」

 滝の裏には丸いドームのような天井の洞窟が広がっていて、広さは五十畳は軽くありそう。私が上げた呑気な声がこだまする。

「へーい。お待ちー」

 赤い魔法陣が現れたかと思うと将星が姿を見せた。これが得意と言っていた転移魔法だろうか。ひと昔前のアイドルのような決めポーズが似合い過ぎていて寒い。

 怜慧は完全無視の姿勢で私を抱えたまま、すたすたと奥へと歩いていく。


「ちょ! ここ、驚く所じゃないっ? ねぇねぇ、お嬢ちゃん! 転移魔法って、もんのすごい高等魔法の術なんだよっ?」

 そうは言われても決めポーズが寒すぎて驚きを凌駕した。見なかったことにしたいと思う。


 水のカーテンは外からの光を柔らかく通して、洞窟内をぼんやりと照らしている。岩を掘って作られた宮は外観をしっかりと保っていた。おそらくは木で作られていた扉や格子は跡形もなく崩れ落ち、小山になって草や苔が覆っている。

「鳥居はないのね」

「そうだな」

 強い雨音のようにも聞こえる滝の音と深い緑の中、宮の外観が残っていることが逆に廃墟感を強めている。物悲しいなんとも言えない寂しさが空間を占めていた。


 怜慧は私を宮の直前で降ろし、私の左手を握る。

「転んでも俺が支える。気を付けて歩けよ」

「……わかった」

 流石にこんな距離で転ばない……という考えは浅はかだった。足元は湿った岩で所々に苔もある。一歩踏み出した途端に滑って怜慧に抱き留められた。

「……抱えたままにするか?」

「結構です」

 背後でキラキラと目を輝かせる将星という見物人がいなければ、それでもよかった。頬に羞恥が集まっていく。


 気を取り直して深呼吸。しっかりと大地を踏みしめつつ右手を宮へと伸ばして触れると、私が触れた場所から白い光が宮全体へと広がり包み込む。

 そこから始まる逆再生。欠けていた端や丸くなっていた岩が補われ、朽ちていた扉や格子が形を取り戻していく。


「こ、これはっ? ちょ、待って待って。え? は? 嘘だろ? いやいや、ありえんって」

 背後の将星が驚きの声を上げていた。とても慌てているような空気が伝わってきて、怜慧と顔を見合わせて苦笑する。


 形を取り戻した扉や格子が浮き上がって元の場所へと戻り、朽ちて土に還っていたしめ縄が色と形を取り戻しつつ洞窟の天井へと下がる。

「今回も早かったな」

「そうね。建物が岩で残ってたからじゃない?」

「嘘だろぉぉぉぉぉ!」

 絶叫しながら頭を抱える将星は放置して、宮の正面の扉に手を掛ける。かちりと音がした扉を開くと、後ろでまた将星の絶叫が聞こえた。


「……うるさいな」

「驚くのも仕方ないんじゃない?」

「君ら、何でそんな冷静なのーっ?」

 そんなこと言われても。理解できないことを理解しようとすると動けなくなるだけだし。行動することを求められて考える時間のない今は、ただそうなったという目の前の事象だけ見ていればいいと思う。


 扉の中は一畳ほどのスペース。正面の神棚中央に置かれた祭壇で目いっぱいの広さ。怜慧と二人でさっと棚を拭き、御神体が納められた小箱と、勾玉の小箱、お酒を置き挨拶した所で、小さな神様が神棚に現れた。


 現れたのは白い着物を着た六歳くらいの女の子。黒の振り分け髪の耳の上を白いリボンで結んでいて、黒くて大きな瞳が印象的。にこにこと微笑む顔が可愛くて神々しい。

「きゃー。可愛いー。お人形さんみたーい」

「……この者の無礼をお見逃し下さり、ありがとうございます。これにて失礼致します」

 何故か怜慧が頭を下げ、宮から出ようと振り返ると蒼白になった将星が立ちすくんでいた。どうやら将星にも神様の姿は見えているらしい。


「将星? どうした?」

「……『二之宮』に祀られた神は、男性神のはずだ……」

『うむ。幼女の流行りに乗ってみた。可愛いじゃろ?』


「は?」

 声が被った三人の視線は、にこにこと微笑む幼女姿の神様に注がれていた。

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