第二十七話 旅の新たな仲間
薄暗かった部屋を
「おおーっ。これがさっきの絵札かー。うっわー。ヤベーヤベー」
何がヤバいというのだろうか。将星のテンションは爆上がり。上から見たり斜めから見たりと忙しい。もしも将星がスマホを持っていたら、何枚も写真を撮っていただろう。
「触ってもいいですよ」
「いいのー? それなら手を洗ってくるねー」
うきうきとスキップしそうな勢いで将星は部屋を出て行った。棚には手や顔を洗う為の
「手を洗うのに角盥使わないの?」
「ああ。俺たちのような強い魔力持ちは、力のある物を触る前に流水で手を洗うことで水の精霊の加護を得る。汚れや穢れを清める目的もあるが、こういった時には護りの目的の方が大きいな」
戻ってきた将星は真っ先に『魔術師」のカードを手に取った。
「これが一番強い力を発してるんだよねー。何の力かわかんないんだけどー」
タロットカードに感知できない不思議な力があると東我と怜慧が言っていたことを思い出す。魔法の力でもなく、神様の力でもない、どんな力が宿っているのだろう。
「お前に何が起きていたのか、話してくれないか」
「えーっとね……」
怜慧の問いを受けて、私は話し始めた。
◆
私が体験したことを二人に説明した後、文机の上に先ほどのヘキサグラムスプレッドの再現を求められた。
過去を示す場所には『塔』、現在に『皇帝』、未来に『悪魔』。本人を示す場所には『魔術師』、対応策に『力』、相手に『吊るされた男』、結果が『死神』。
「予言者はこの結果を掲げて『いにしえの神々の力は『塔』と共に崩壊し、『皇帝』は自らの目的を達成するために正義の『力』を振るう。『魔術師』は〝剣〟の力を『悪魔』に与え、『吊るされた男』は『死神』に連れ去られる。これは定められた運命。誰も抗うことのできないもの』って言ってたの」
「……んー。全体的に呪いっぽいなー。神々の消滅を望み、自分は正義だから邪魔する者を殺す。自らの〝願望の宣言〟を〝成就の完了〟へ変換して認証させて、結果を実現する手法だねー。えーっと『魔術師』が本人なんだよね? 〝剣〟の力って何かわかる?」
「〝
「白虎は西を守護し、司るのは秋。対応するのは風を示す〝剣〟……そっかー、『悪魔』が白虎だった訳ねー。邪気を注いで〝剣〟の力を強めた……成程成程」
「お嬢ちゃんの方はどう読んだ?」
「私は『うぬぼれ過ぎた王権は『塔』と共に打ち砕かれる。新しい『皇帝』は理性と信念を持ち、忍耐強く神への愛を『力』に変える。『魔術師』は〝聖杯〟の力を希望として『吊るされた男』に与え、『悪魔』を浄化。『死神』から運命を開放する』……これはリーディングというより、私の願望が入っています」
「ん。まさしく〝願望の宣言〟だねー。予言者と決定的に違うのは、ごり押しがない。簡単に言うと予言者の方は呪いで、お嬢ちゃんの方は願いなんだよねー。同じ絵札でも意味の読み解き方で術が変わるとか、面白すぎるよねー。いろいろ組み合わせたら呪文が無限に作れるじゃーん。うおー。めっちゃ便利ー」
全体的に占いならありえない読み方だし、それが呪文だと言われるとスッキリする。
「お嬢ちゃんは神力持ち。予言者は魔力持ち。この絵札の媒介で呪文を術式へ変換して術を発動させてるってことかな」
「でも……何か魔法とか術を使ったとかそういうの、全然感じないんですけど」
浄化の術と同じで、どうやって成し遂げたか過程がさっぱりわからないまま。いきなり結果が現れて驚くだけ。
「力があり過ぎる場合は、そんなもんだよー。無自覚で奇跡を起こしたり、魔法を使っちゃう。気になるなら制御を学んだ方がいいかなーとは思うけど、怜慧君が隣にいたら平気じゃないかなー」
「何故ですか?」
「怜慧君がとーっても頑張って何とかしてくれると思うよー」
将星の視線につられて怜慧を見ると、口を引き結んでいた。玄武を倒した時、怜慧は自らの魔力を使って浄化の術を手伝ってくれたことを思い出す。
「……お前は制御を学ばなくていい。将星の言う通り、俺が解決する」
少し間を置いて口を開いた怜慧がカッコイイ。すかさず将星が冷やかすように口笛を吹き、私の頬が熱くなる。
「それはそうと、予言者が俺を殺そうとするのは何故だ?」
「そんなの、怜慧君が死んだらお嬢ちゃんの護衛がいなくなるからっしょー。神獣を操る力があるなら、独りになったお嬢ちゃんを連れ帰ってこいって命令すればいいだけだしー」
本当にそうだろうか。ふと心に浮かんだ疑問がなかなか消えなくて戸惑う。あの時、私は何故か怜慧と二人一緒に殺されると感じていた。だから必死になった。
「玄武と白虎が滅したなら、残るは青龍と朱雀かー」
「神獣は浄化の術に惹かれて追いかけてきた。術を使わなければ神獣に感知されない」
「そうかなー? 次は神獣に探させるっていう可能性もあると思うよー。お嬢ちゃんなら浄化してくれるって言ってさー。だから、僕も護衛に着くねー」
「は?」
怜慧と私の声が完全に被った。
「検非違使辞めてきちゃったからさー。暇なのよー。僕も仲間に入れてー」
「すぐに戻れ。お前の能力なら職に戻してもらえる」
「えー、やだー。啖呵切って出て来たのに出戻りとか、カッコ悪いじゃーん」
「いいから戻れ。今すぐ戻れ」
真剣な表情の怜慧に襟元を掴まれて詰め寄られる将星は、とても嬉しそう。その対比が可笑しくて、私は笑ってしまった。
◆
異常事態の中、よくわからないままでも勝利したという興奮が醒めてきたのは空が白々と明ける頃。もう一日をこの屋敷で過ごすことになって、私は独りで寝所へと押し込められ、怜慧と将星は今後の話をすると言って主殿へと向かった。
几帳に囲まれた置き畳の上で、何度も寝返りを打つ。枕元には、ぼんやりと金色に輝く鳳凰がうずくまるようにして眠っていて、大福餅のような可愛らしさに頬が緩む。
元の世界では自分の部屋で一人で眠っていた。この世界に来てからも、王宮や隔離された屋敷では独りでも平気だった。それなのに……怜慧が隣にいないことが寂しくて心細い。
怜慧が勝てて本当に良かった。助けてくれたタロットカードたちには感謝の気持ちばかりが湧いてくる。神様がいて神獣や精霊がいて、魔法がある異世界ではタロットも不思議な力を持っていて。
私が行ったカードリーディングは〝願望の宣言〟と聞いてほっとした。未来は確定しているものではないし、タロットカードは命令したり強制したりはしないものだと私は思っている。
予言者は私を追ってくるだろうかと考えて背筋が震えた。何度思い返しても、私と怜慧に向けられたのは殺意だった。そんな感情がわかるなんて思わなかった。冷たく静かな声を思い出すと恐ろしくなる。
目を閉じて必死で楽しいことを思い浮かべてみても、恐ろしさが心に増殖していく。掛け布を頭から被りなおした時、几帳をめくる音がした。
「……怜慧?」
「眠れないのか?」
そう言いながら、寝所へ入ってきた怜慧が私の隣へと横たわる。鳳凰の輝きが少しだけ増して、怜慧の髪が濡れていることに気が付いた。お風呂の後というわけでもなく、まるで水を浴びてきたかのような冷たさを感じる。唐突に『力のある物を触る前に流水で手を洗うことで水の精霊の加護を得る』という言葉を思い出した。もしかしたら、怜慧は私を人ではなく、神力を持つ物として見ているのか。
「お前だけは必ず護る。心配はしなくていい」
そっと頬に触れた手は冷たくて、私は静かに目を閉じた。
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