第二十六話 展開する運命

 ピンクアッシュの短髪に青い瞳の美形が放った呑気な挨拶で全身の力が抜けて、体の自由を取り戻せた。怜慧レイケイも同じだったようで、跳躍して白虎から距離を取り刀を構えなおす。


「――これは定められた運命。誰も抗うことのできないもの」

 再び女性の声が響き渡ると、また空気が重くなる。死ぬことが運命とは思いたくないと願った時、見える物すべての動きが止まりモノクロに変化した。


「何これ? 怜慧っ?」

 叫んでも世界に色は戻らない。色づいているのは私と肩に乗った金色の鳳凰だけと気づいた時、鳳凰が左肩から落ちて廊下へころころと転がった。

「待って!」

 時が止まった白黒の景色の中、独りになるなんて発狂しそう。私自身も転がりそうになりながら追いかける。


 寝殿造の部屋の周りはオープンな木の廊下で囲まれていて、その中央で鳳凰が止まった。ほっと息を吐くと、胸元から白い光球が七つ飛び出して空中に浮かび上がる。これは一体何なのかと口にする前に、白い光はタロットカードへと変化して、白虎の頭上で黒い炎に包まれたカードと同じ配置で展開された。咄嗟に胸元に手をやると、明らかにカードは減っている。


『貴女は、どう読み解きますか?』

 優しい男性の声は間違いなく小さな鳳凰から。何故か私は、その声の主が『魔術師』だと思った。空中に浮かぶカードを見上げると、一瞬だけ微笑んだように見える。カードリーディングは読む人間によって解釈は変わるし、定められた運命なんて存在しない。カードが示してくれるのは未来への可能性。


 頭に巣くっていた白いもやが一気に晴れて、世界が色彩を取り戻す。悪鬼と化した白虎が咆哮を上げて暴れだし、体を縛る赤い光の鎖を切っていく。


 宙に浮かぶカードに両手をかざすと、白く光り輝いた。カードたちが新たな未来を読めと私の心を奮い立たせる。


「うぬぼれ過ぎた王権は『塔』と共に打ち砕かれる! 新しい『皇帝』は理性と信念を持ち、忍耐強く神への愛を『力』に変える! 『魔術師』は〝聖杯カップ〟の力を希望として『吊るされた男』に与え、『悪魔』を浄化! 『死神』から運命を開放する!」


 私はカードから受け取ったメッセージを叫んだ。『魔術師』のカードに描かれた聖杯は四大元素の水を表している。怜慧は白虎に対して水の魔法を使っていたから、きっと水の力を強めれば怜慧は勝てる。

 カードリーディングに個人的事情や願望は入れてはいけないと知ってはいても、今、展開しているのは私の運命。この状況で私の祈りを込めないなんて絶対無理。


「怜慧! 白虎を浄化してあげて!」

 目の前の『魔術師』のカードから白い光が放たれて、怜慧が持つ刀を包む。白い光は液体のように、紫の炎にまとわりついた。


 怜慧が刀を構えた時、悪鬼を縛っていた赤い鎖がすべて砕け散った。悪鬼は咆哮し、怜慧へとその爪を再度振り下ろす。怜慧は避けようともせずに、刀で悪鬼の右前足を斬り落とした。緑の血をまき散らしながら絶叫する悪鬼の攻撃を避けて跳躍し、左前足も斬り飛ばす。

 後ろ足で立ち上がった悪鬼が咆哮すると、地に落ちた足が消えて新しい前足が生えてきた。

「嘘……足、生えてくるとか、どうやって倒すの?」

 怜慧は怯む様子はなく、悪鬼の攻撃を避けながら、再び斬りつける。おそらく怜慧が狙っているのは悪鬼の頭。


「お嬢ちゃーん! 僕にも神力の加護ちょうだーいっ」

「え? あ、『魔術師』さん、お願いします」

 よくわからないまま将星の要望に応じてお願いすると、『魔術師』のカードから白い光が将星の持つ赤い光鎖へ放たれた。

「ありがとーっ。後でお礼しちゃうねーっ」

 白い光をまとう赤い鎖が将星の手で投げられ、悪鬼の背後に浮かんでいたタロットカードを斬り裂く。カードは黒い炎に包まれて一瞬で燃え尽きた。

 

 カードが消えると悪鬼の再生が止まった。斬られた前足は地に落ちたまま。咆哮は慟哭。怜慧を狙った尾の一撃は外れ、巨大な口を開いて怜慧へと襲い掛かる。


落水炎武らくすいえんぶ! 浄化清澄じょうかせいちょうたてまつる!」

 怜慧の刀に宿る紫と白の光がその存在を増した。きらきらと輝く光の水しぶきを振りまきながら、怜慧は悪鬼を斬る。


 トラック程の巨体が、その一撃で二つに斬り裂かれた。駆け抜けた怜慧の背後で、悪鬼の体は崩れ落ち、白い光に包まれていく。見る間に二本の角が折れ、黒く染まった体が白虎の姿を取り戻す。やがて白虎の体は白く輝く砂になって消えてしまった。


 夜の闇の中、ぱちぱちと爆ぜる篝火の音だけが聞こえる。中庭に敷き詰められた白い石や踏まれた草花は元に戻り、何事も無かったかのような平穏の中で怜慧は独り立ち尽くす。

 

「おおーっ。攻撃と浄化同時なんて、怜慧君凄いねーっ」

 ぱちぱちぱち。将星の場違いな拍手で肩に入り過ぎていた力が抜けた。怜慧も同様に深い息を吐いている。


「将星、助かったが、何故ここに?」

「そんなの東我さんに頼まれたからに決まってんじゃーんっ。わざわざ東我さんが式神送ってきてくれたからねー。僕は全力で応えちゃうよー」

 そういえば、東我の伝言の最後に、加勢を送ったとか言ってたような気がする。


「お疲れ、お疲れー。で、状況説明してもらっちゃおうかなー」

 将星が怜慧の首へと腕を掛け、二人で私の方へと歩いてくる。陽気に笑う将星と塩対応の怜慧の対比が可笑しくて頬が緩む。


 私が座り込んだ廊下まで来ると、口を引き結んだ怜慧は将星の腕を雑に振りほどいた。

「怜慧君、酷ーい。あ、お嬢ちゃん。さっきのお礼だよー」

 将星は萌黄色の狩衣の胸元から、縦横五センチ、厚み三センチの小さな木箱を取り出して手のひらに乗せた。

「お礼なんて、必要ありません」

 大体、私が何をしたか理解していない。気が付けば浮かんでいたタロットカードは消えて胸元に入れた袋に戻っているし、鳳凰は左肩に乗っている。


「そんなこと言わずに受け取ってよー。ささやかな物だからさー。お・願・いっ」

 仕方なく受け取るかと手を出すと、いきなり怜慧が箱を横から取り上げて庭へと投げた。空中で箱のふたが開き、白、赤、ピンク、黄色にオレンジ、水色に紫と、カラフルな花があふれ出す。


「あ。……綺麗……」

 と思ったのも束の間。庭に箱が落ちてもあふれる花は止まらずに、もさもさと花が山積みになっていく。湧き出てゆらゆらと揺れる小山を形作る花は綺麗を通り越し、はっきり言って不気味。軽トラックの荷台山盛りの量になって、ようやく静止した。

「……」

 正直言ってイラっとした。子供の頃の怜慧に、盛大に同情してしまう。


「大丈夫か? 疲れはないか?」

「大丈夫。怜慧はケガとかない? 大丈夫?」

 怜慧と無事を確かめ合っている間、何か将星が嘆いているけど放置の方向で。

「ありがとう。助かった」

 怜慧がほっと安堵する淡い笑顔が嬉しくて、私は微笑み返した。


      ◆


 将星は西の対から主殿へと向かい、警戒して結界を張っていた父親に問題は解決したと報告して部屋へと戻ってきた。


「さっき怜慧君が倒したのって、神獣白虎だよねー? あれだけ穢れてたってことは人喰いかなー?」

「ああ。……現王が神獣を騙し、贄を喰わせて操っている。……先日、賭場で殺人を犯した男は玄武に喰われた」


「あー。成程成程。長年王都を護る四柱は穢れた四神獣かー。そりゃー僕たちも正体なんか掴めるわけないよねー。守護の存在が穢れてるなんて思わないからねー。きっと神獣が操れなくなってきたから女神降ろしなんだねー」

 王都で二番目の魔力量を持つ将星の理解は早い。


「神力持ちのお嬢ちゃんの術と、僕が破った術の話聞いてもいい?」

「まずは将星が破った術の話だ。あれは絵札を媒介にした神獣の遠隔操作と呪いの術だ。神獣に邪気を流し込んで悪鬼へと変化させて意のままに操ることと、声を聞いた者への呪縛。あれは予言者の声だった」

「邪気の操作とたった一言で僕すら縛る術を発動させるなんて、相当な魔力持ちだねー。それほどヤバい女とは思えなかったんだけどー」

 将星は予言者の姿を王宮で一度見たことがあるらしい。


「それを打ち破ったお嬢ちゃんの術も凄いよねー。どうやったか聞いてもいい?」

「えーっと、私の方は全然わからなくて……」

 布袋に入ったタロットカードを取り出すと、前面にいたのは『魔術師』のカード。いつもと全く変わらないし、何が起きたのかも理解はできていなかった。

「でも……助けてくれてありがとう」

 私はカードたちに心からの感謝を告げた。

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