第二十三話 フレンドリーな神々

 深い森の中、崖を背にした『八之宮』は鳥居と共にしっかりと原型をとどめていた。それどころか、誰かが手入れしているのか綺麗に掃除されていて、ただただ古い木造神社という印象。人が住まない家はすぐに廃墟になるのと同じように、人が管理しない宮は森へ還ってしまうけれど、人の手が入るとちゃんと維持されていく。


 鳥居は赤い塗料が剥げ落ちて、隅にちょっぴり残るだけ。金属はピカピカに磨かれているから対比が寂しい。宮も所々に褪せた赤い色が残っていて、鈴や賽銭箱はない。

「……やっぱり白狐のお面つけた神様の言葉を護ってるのかな?」

「そうだろうな。再建は禁止だが、維持管理はできるという判断をしたんだろう」


 宮の正面に立ち、怜慧レイケイは白い直衣のような装束の懐から、一枚の御札を取り出した。複雑な文様が墨で描かれている。

「何するの?」

「周囲で誰か見ていないか確認する。――飛翔・水燕すいえん

 怜慧の手にあった護符が、淡い水色の三羽の燕に変化して飛び立った。燕は縦横無尽に周囲を飛び回り、一羽が五センチ角の木片を咥えて戻ってきた。


「……やはり監視札か」

「何それ?」

「近づいた時、何かが仕掛けられていると感じていた」

 何でもないという顔で、怜慧は指先で木片をぱきりと折った。

「ちょ。壊していいの?」

「これは壊すと術者に知らせが行く仕組みだから、術者との距離が分かる。……判断が難しい距離だな。早急に済ませて立ち去ろう」

 おそらくは一番近くの村に術者がいると怜慧は判断していた。


 神様への挨拶を行い、私が階段の手すりに触れると逆再生が始まり、三十秒ほどで完全に新築へと戻った。

「何回見ても逆再生って不思議よね」

「今回は短かったな」

 二人一緒に正面階段を登り、私が扉に手を掛けると鍵が開く。もう慣れてしまったので驚きはゼロ。手早く清掃して、神棚へ御神体、祭壇へ酒と勾玉を奉納する。


「あ。こんにちはー」

 神棚に現れたのは、白い水干姿の美少年。手を振るとにこやかに振り返してくれた。怜慧は無言のまま背筋を伸ばして神棚へと深く一礼。その動作はゆっくりとしてぎこちない。

「どうしたの?」

「……俺にも見えてる……圧が凄まじい」

「圧? 神様神様、怜慧は良い人です。いじめないで下さい」

 怜慧が神様を見たのは初めてで、同じ光景を見ていることが嬉しい。

「お前っ………ありがとうございます」

「神様、ありがとうございますー」

 良かった良かった。神様はにっこにこだし、宮の中は一気に明るい空気。


 別れの挨拶を済ませると、怜慧は急いで馬へと私を乗せて自身も飛び乗った。

「え? どしたの?」

「静かに」

 そのやり取りだけで、黒馬はいきなり森の中を走り出す。全速力になった頃、山道を急いで登る老人と少年とすれ違った。二人が目を丸くして驚いている顔が印象的。

 森を抜けて街道へと到達した時、やっと怜慧は馬の速度を緩めた。


「どしたの? いつも人がいるとスピード落としてたのに」

 馬の全速力は周囲への影響が大きい。怜慧は常に人の近くを走らないよう、人と馬を驚かせないようにと注意して走らせていた。多少距離はあったといっても、今回のように全速力ですれ違うなんて絶対避けていたのに。

「……おそらく先ほどすれ違った老人の方が術者だ。あの宮の元神職だろう」

「へー。あの監視札で、そこまでわかるの?」

「もう廃止された大昔の神職用教本の一番最初に書かれている術式そのままだった。……あまりにも簡単過ぎるから、普通は何か別の術を付与して使うものなんだが……」

 怜慧は軽く溜息一つ。要するにレベル違い。相手にするのも可哀想だと思ったのだろうか。

「魔力も弱すぎるし、絶対老人が出てくるのはわかっていたからな。また神の御使い扱いをされるのはどうしても避けたい」

 あ、何だか微妙に理由が違う。

「俺が成人の儀を終えていないからって、目の前で酒飲み放題されるとか苦行だと思わないか?」

「は?」

 聞けばこの国での成人は十八歳で、年齢だけで言えば怜慧は成人。ただし、王子は成人の儀というお披露目式をする必要があって、先月行う予定が吹っ飛んでいた。だからお酒を勧められても『まだ成人していない』と言っていたのか。


 悲壮感すら漂う情けない表情は初めて見る。冷静沈着ないつもの表情はカッコイイと思うけれど、少しずつ解けていくように見せられる様々な表情が新鮮で嬉しくて頬が緩む。


「ね、思いついたんだけど、どこかの街で黒い狐のお面とか売ってないかな?」

「どうするんだ?」

「御神体を持ち去ったのが白い狐面の神様でしょ? だったら、黒い狐面の神様が戻しにきたーだったら、誰かに見られても綺麗にオチが付くと思わない? そのまま立ち去っても不思議じゃないでしょ」

「東我の真似は恥ずかしいから嫌だ」

 即答。口を引き結んだ怜慧の頬が少しだけ赤くて、可愛いと思った。


      ◆


 二つの宿を経て、次に訪れた『十之宮』の神様は、黒い短髪に赤い瞳の超イケメンだった。すらりとした白い直衣姿に長い鉾を持つ姿が美しくも凛々しい。身長が二十五センチくらいなのが超残念。

 スマホの電源が切れているのが惜しい。待ち受けにしたいくらいの神々しいイケメンなんて、早々お目にかかれない。


「きゃー! めっちゃイケメン! うわ、カッコイイ!」

「おい、お前、神に失礼だぞ」

 今回も怜慧に見えてはいるらしい。何故か神様を睨みつける怜慧と、余裕で微笑む神様の視線バトルがバチバチと弾ける白と紫の光で可視化されている。どうも神様は怜慧を悪者と思っている気がする。宮の廃止を命じた怜慧の父親が嫌われているからかも。


「用件は済んだ! 失礼します!」

「イケメン神様ー、さようならー」

 手を振ると気軽に振り返してくれる神様に別れを告げて、私は宮の外へ出た。


      ◆


 まだ日は高く、次の宿は近いので馬はゆっくりと森の道を歩いて進む。馬は時折止まったかと思うと、地面の草を食べたり、小川で水を飲む。手綱を緩め馬の自由にさせておくことは馬のストレスを軽減させる目的があるらしい。


「ずっと考えていたんだが……お前、やたら神になれなれしくないか?」

「そう? 今までの神様は優しい方ばかりだったし、駄目だったら怒られるでしょ。雷落とされるとか」

 怖そうな神様だったら、私も真面目に応対すると思う。お会いできた神様は全員フレンドリーな空気感を持つ方々だった。


「……怒りを買ってからでは遅いと思わないのか……俺が今まで神について学んできた常識がことごとく崩れているぞ……」

 がくりと肩を落とし、溜息一つ。

「常識って何?」

「神には常に敬意をもち、畏怖を感じながら節度を持って崇め奉る」


「んー。確かにそれは最もだと思うんだけど……でも、神様がにこにこしながら手を振ってくださってるんだから、それを恐ろしやーとか、ひれ伏すとかで応じなくてもよくない? 神様だって、普通の人間と仲良くなりたいなーって思ってるかもしれないし」

「少なくともお前は普通の人間じゃないぞ。最上級の浄化の術を使える神力を持ってる」

「そう言われても、全然実感ないのよねー」

 ふと腕を見ると袖に泥汚れが付いていた。森の中を進むのだから、それはよくあること。この汚れ、洗って綺麗になるかな? と疑問が頭に浮かんだ途端、汚れが白い光に包まれて綺麗になった。


「おい。こら、お前」

「えへ。綺麗にしちゃった」

 てへぺろ。というのは、まさにこういう場面で使うもの。この森は王都の西、白虎が守護する地。


「急いで森を出るぞ!」

 怜慧は全速力で馬を走らせ始めた。

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