第二十話 検非違使の魔術師
二人で街を歩いていると、派手な赤色で塗られた木の柵で囲まれた一角が見えた。ぐるりと囲まれた柵を視線で辿ると、入り口らしき門。柵の中には珍しい二階建ての店が十件くらいぎゅうぎゅう詰めで建ち並ぶ。これまで見た建物は平屋がほとんどだったので珍しく感じる。
「こら。近づくなよ」
興味を惹かれて赤い柵の中を覗き込もうとすると
「何で?」
「……その隔離された場所は歓楽街だ。きっと賭場もこの中にある」
賭場と聞いて鉈を持って笑う男の姿を思い出し、背筋が寒くなった。そもそも賭場は胴元だけがもうかる仕組みと聞いたことがある。あの鉈男も騙されていたのかと思うと切ない。
「あ、そういえばこの世界って、警察とかいないの?」
事情を聴きにきたのは宿の人だけで、他の人からは全然聞かれなかった。
「警察って何だ?」
「えーっと、犯罪者を捕まえる人」
「ああ、
黒い服を着た一団を目にした途端、くるりと踵を返した怜慧は私の手を掴んで早歩きを始めた。何から逃げるのかと思う暇もなく、背後から声が掛かった。
「おーい、怜慧くーん。お久しぶりー」
「ちっ。見つかったか」
盛大に舌打ちした怜慧が、冷ややかな表情で振り返る。背後から楽しそうな笑顔で掛けてくるのは、全身真っ黒な狩衣風の装束を着た青年。ピンクアッシュの短髪に青い瞳。中性的な顔の美形で、二十二、三歳くらいに見えた。
「おおー。マジで怜慧君、姫攫いしちゃってるんだー。可愛い子だもんねー。ね、僕に紹介してよー」
「……お前に紹介するつもりはない」
「えー、それって、酷くなーい? あ、僕、
口調があまりにも軽すぎて引く。黙っていればきっとカッコイイのに、せっかくの美形が台無し。
「名は教えるなよ。こいつも魔術師だ」
「えー、僕は善良な一市民だからー、名を縛ったりしないよー?」
首を傾げる可愛らしさで胡散臭さが倍増していくのは何故なのか。絶対に名前を知られてはいけない気がしてきた。
「……何故俺が女連れだと知っている?」
「そりゃー、第二王子から手配書出てるもんねー。〝救世の乙女〟を怜慧が連れ去ったから、乙女を必ず生きたまま確保しろってー」
手配書が出ていると聞いて血の気が引いた。追手が王都を出ていなくても、こうして検非違使に知られてしまっている。
「あー、お嬢ちゃんは心配しなくていいよー。僕たち検非違使は全員第一王子派だからさー。第二王子は即位したら検非違使を解体しようとしてるんだよねー。そんなのに協力する訳ないよー」
ひらひらと手を振るお気楽な笑顔でほっと安心して肩の力が抜けた。
「俺の生死は問わず……か」
「そ。怜慧君は殺しても構わないって書いてあったから、ますます誰も手を貸さないよねー。東我さん怒らせたら王都が潰れるじゃーん」
やっぱり東我は『王都の闇の支配者』なのか。全然似合わないと思うのは、あの筋肉のせい。
「将星、何故お前がこの街にいる? 王都の担当だろう?」
「……その話はここでは難しいなー。もうちょっと人のいない所で話そうかー」
唇に指をあて軽いウインクをした将星は、どこまでも軽い印象だった。
◆
将星が私たちを連れて行ったのは、歓楽街の裏側にある小さな池のほとりにある巨木の下。池の水は緑色に濁っていて、深さは不明。落ちたら二度と浮き上がれない雰囲気が抜群。
「ここなら木の精霊の力を借りられる」
ぱちりと指を鳴らすと、緑色の光が巨木を包んで消えた。
「よし。防音結界完成っと。何を話しても大丈夫だよー。いやー、知らない人が見たら、三角関係の話し合いに見えちゃうかなー。どっきどきだよねー」
はしゃぐ将星が何を言っているのかわからない。というよりもわかりたくない。あまりの胡散臭さに目を細めてしまう。この残念過ぎる美形は恋人がいなさそうと失礼なことを思ってしまった。
「将星、話の続きを」
「怜慧君は相変わらず冷たいなー。だけどそんな君が僕は好きだよっ」
将星のウインクで、怜慧の周囲の気温が下がったように感じた。冷たい目がさらに冷たくなっている。
「ま、それは置いておいて。少し前っていうか、二月前なんだけど王都にいた能力のある魔術師が理由を付けて追い出されてる。大した魔力がない奴は何の沙汰もなかったらしいけど、僕は王命でこの街への転属を命じられた」
「魔術師仲間は皆、王都から出される理由がわからなかった。でも、王宮で行う儀式を邪魔されたくないのが理由ってわかって納得した。……神降ろしの儀式内容を知れば、僕たちは絶対に邪魔するからね」
「誰からそれを?」
「それは言えないけど、国の重鎮の一人が儀式内容の恐ろしさに耐えかねて、魔術師に相談して広まったとだけ言っておこうか。怜慧君が乙女を攫ったと聞いて、皆安堵してるよ」
「精霊や妖物、神様の力を知らない人間は、絶対にやってはいけないことが理解できないらしいね。創世の女神を天から降ろして貶めるような儀式をしたら、この国どころか世界が滅びかねないのにさ」
女神を降ろす儀式は人命を消費するとだけ聞いていた。怜慧も東我も魔術師たちが嫌悪するくらい酷い儀式なのか。
「日蝕までまだ遠いからさー、何か困ったことがあったら言ってよー。移動するのが大変だったら、隠れ家も用意できるよー」
「……先ほどの歓楽街で何を調べていたんだ?」
にこにこと笑う将星の協力提供話を、怜慧は無理矢理変えた。将星に頼りたくないというのが丸わかりで笑ってしまいそうになる。
「昨日の夜、賭場で殺人事件が発生したんだよー。怖いよねー。男三人が殺されて、犯人が逃げて行方知らずな訳よー。被害者の一人が賭場の跡取り息子で、親が激怒しちゃって犯人必ず探し出せーってうるさくてさー」
「その犯人のことだが……俺の目の前で妖物に喰われた。骨も血も残さずだったから、何も見つからないぞ」
「……うっわー。あー、昨日の夜中にさー、何かヤバそうなのが街に入ってきたなーって思ってたんだよ……」
将星が眉を寄せて自らの肩を抱いてぷるぷる震える姿が、やけに慣れているように見えるのは気のせいか。
「気が付いていたのか?」
「あれだけ力が強ければ魔術師なら気付くよねー。だけど正体が全く掴めなかったし、綺麗さっぱり消えたから放置してたー。怜慧君、退治したの?」
「ああ」
「それなら、何も出てこないかー。この街の検非違使連中って、魔術師が一人もいないから説明するの面倒なんだよねー。適当に話作って、捜索打ち切りさせるかー」
「そ、それでいいんですか?」
「普通の人間にさー、妖物とか魔物に食べられたって言っても理解してもらえないんだよねー。仕方ないよー」
苦笑しながら肩をすくめる将星と同意するように頷く怜慧の姿を見て、そういうものなのかと無理矢理納得するしかなかった。
◆
将星の夕食の誘いを断り、私たちは宿に戻って豪華すぎる夕食を頂き、入浴を終えて、かなり早い時間に寝所へと横たわった。
木戸が閉じられた状態で灯りを完全に消すと、本当に真っ暗。遠くに聞こえる人々の賑やかな声が気になって眠れない。何度目かの寝返りを打つと、怜慧も起きていることに気が付いた。眠りすぎて眠れないと怜慧が愚痴る。起きているならと、私は考えていたことを口にした。
「……怜慧、すっごい嫌な予感がするんだけど、王都にいる四柱の何かって、神獣じゃないかな」
「奇遇だな。俺もそう思っていた」
昔の日本では、東に青龍の象徴である川、西に白虎の象徴である道、南に朱雀の象徴である池、北に玄武の象徴である丘陵がある場所を都として選び、四神獣を守護とした。この異世界の王都も、地形条件は揃っている。
「俺の想像だが、今代の王は神獣を騙し人を喰わせて意のままにしていたが、何らかの理由で制御できなくなった。その制御する力を得る為の神降ろしだろう。……王が精霊と契約できなかった理由も説明がつく。神獣に人を喰わせるような外道と精霊が契約することはない。精霊契約を利用して人を喰わされたら狂うだけだからな」
「神も精霊も神獣も、そもそも人間を食べない。生贄を要求する神の伝承も残ってはいるが、大抵が低級の物の怪が神を騙ったり、人間側が勝手に理由を作って生贄を捧げていただけだ」
「……青龍と朱雀と白虎も穢れに苦しんでいるのかな?」
「そうだとしても、それは俺たちの問題だ。東我と相談して片付けるから、お前は考えなくていい」
「でも……」
私なら浄化できる。と言いかけた私の頬に冷やりとした怜慧の手が触れた。
「説明しただろ? お前の浄化の術は強力過ぎて、俺の魔力を大量に消費する制御魔法が必要だった。……俺も東我も護符を使えば浄化はできる。だからお前は手を出さなくていい。大丈夫。お前は何も心配するな。俺が必ず護る」
優しい怜慧の声は私の意識を眠りへと誘い、やがて私の目が閉じた。
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