第十九話 世界の破滅と世界の再生
宿で豪華な朝食を頂いた後、
鉈で開けられた大穴は、板で簡易的に塞がれていた。今は木の格子戸をすべて開け放ち、御簾が降ろされている。和風の家屋は解放感に溢れていて、風が吹き抜ける。爽やかな空気が心地いい。
昨日は恐ろしく感じた夜の闇の深さが輝く日光で払拭されて、全く別の場所にいるように感じる。太陽の光の輝きは、たとえ異世界であっても力強くて優しい。
魔剣を振るう怜慧の姿がかっこよすぎて、鉈男や玄武から受けた恐怖の印象がかなり薄れていた。和風異世界の王子様は、剣も魔法も使いこなせて馬にも乗れて。頬が熱くなっていく理由は深く追求しない。怜慧が龍を召喚して私が元の世界へと帰ったら、それで終わりの物語。
怜慧は龍の召喚は嘘かもしれないから期待するなと言っていたけれど、わずかでも可能性があるのなら期待はしてしまう。元の世界の私は、新宿駅で盛大にコケて意識不明で入院中かもしれないと思うと少々気まずい。
今は戻りたい気持ちより、怜慧の隣にいられることが嬉しい。物語が終わるまでは怜慧と同じ景色を見ていたいと強く思う。
完全に目が覚めた私は、水干に似たピンク色の上着に紫の袴に着替えて文机の前に座っていた。タロットカードをシャッフルするだけでも心が落ち着く。
この旅の中、私自身は毎日の一枚引きだけでなく、様々なことを占っている。怜慧は最初の一度以降、結果が変わることを恐れているのか占うことを断ってきた。確かに占いの結果は時間が経つと変化することが多い。
昨日の魔道具屋で見たタロットカードを思い出しながら、絵を眺める。私が持っているカードとは全然違う絵柄でも、見た途端にタロットカードだとわかる絵柄だった。
絵柄を見ながら、何となく魔道具屋の店主が展開していたヘキサグラムスプレッドを再現してしまった。他人の占い結果を覗き見るのは悪いことだと思ってはいても『死神』が何を伝えようとしていたのか気になった。
「うっわー。なかなか厳しい展開ー」
過去を示す場所には『太陽』の逆位置、現在には『愚者』、未来には『塔』、対応策には『運命の輪』逆位置、周辺環境に『月』。本人を示す場所には『世界』の逆位置で、最終結果に『死神』。
「恋愛にしても人間関係にしても、これはちょっと……大変かも……」
見ただけで頭を抱えてしまいそうなカード配置を、どう読み解くか。……考えれば考える程、タロットカードはいろんな読み方ができるし、様々なメッセージが降りてくる。第一印象を大事にしつつも、未来に希望を見出したい。
「……反逆者?」
『世界』の逆位置のカードを見た途端、頭の中にその単語が降りてきた。運命に逆らい、世界を破壊する者。
「あれ? おっかしーなー」
ポジティブに読み解こうとしているのに、言葉が全く浮かんでこなかった。普段なら、いくらでも前向きな結果に導ける。もしも三枚引きで『死神』『悪魔』『塔』というネガティブ要素が強烈なカードばかり出たとしても平気なのに。
浮かんでくる単語は、世界の破滅。
――『太陽』を地に落として『塔』を壊し『運命の輪』で『世界』を蹂躙する。それを見ているだけの『愚者』と『月』。結末は『死神』の凱旋。
「何これ……」
どんなに解釈を変えようと考えても、頭に浮かぶのは、それだけ。思考はネガティブな暗い沼へと引き込まれていく。……これは変えることのできない運命。何もできずに傍観するしかない確定した未来。
「ふーん。なかなか楽しそうな内容だな」
背後からの怜慧の言葉で我に返った。いつの間にか至近距離で、私の肩越しに机の上を覗き込んでいる。
「れ、怜慧? カードリーディングできるの?」
「俺が絵札を読める訳ないだろ。まぁ、絵札が逆になるとあまり良くない意味だというのはわかってきた。後は絵の雰囲気だな。……俺はこの絵札が気に入ってる」
怜慧が指さしたのは『愚者』のカード。
空には太陽が輝き、一人の旅人が視線を上げて一歩前へ踏み出そうとしている場面。でも足元は崖っぷちで、進むと崖へ真っ逆さまに転落しそう。足元にまとわりつく白い犬は、危険を知らせようとしているのか、はたまたじゃれついているだけなのか。……様々に読み解ける不思議な絵。
「意味はわからないが、この馬鹿っぽい奴が、重苦しい空気を全部ぶっ飛ばしそうな気がする」
そう言われて再びカードの並びを見ると、先ほどから繰り返し頭に浮かんでいた暗い解釈が吹き飛んだ。
――『太陽』を手に入れようとする、権力の象徴である『塔』をぶち壊し、『愚者』と『月』が手を取り合い、『運命の輪』を逆転させて破滅へと向かう『世界』を救う。古い権力は『死神』に連れ去られ、世界は再生する。
同じカードの並びでも、世界の破滅が一瞬で世界の再生へ。やっぱりカードリーディングはおもしろいと頬が緩む。
「それは『愚者』のカード。常識から解き放たれ自由になる者という意味よ」
「愚か者……お前のことか!」
ぴんときた。怜慧がそんな顔をするのは初めてで驚きつつ反論する。
「ちょ。誰が愚か者よっ?」
「ほほう。後先考えずに浄化の術を使う奴を、愚か者と言って何が悪い?」
あ。何かスイッチを入れてしまった気がすると後悔しても後の祭り。宿の人が用事を聞きに来るまで、私はこんこんと説教を受けることになった。
◆
遅い昼食を宿で頂いた後、私たちは街を歩いていた。
「もっと眠らなくて大丈夫?」
「しっかり眠ったから十分だ。今日は早めに寝るぞ」
怜慧の目的は、昨日の魔道具屋だった。似たような建物が続き、曲がりくねった道を歩いても歩いても、目的地が見えてこなかった。
「あれ? どこだっけ?」
「……この土産物屋の向かいにあったよな?」
怜慧の視線の先、私が懐かしいと騒いだ土産物屋が見えた。店は昨日と同じで、道を行き交う旅行客がひっきりなしに土産物を買っている。
「えーっと。扉の前に人が座れるくらいの天然石がごろごろ置いてあったよね?」
長屋状に連なった店の一軒だけ扉があったのに、扉は見当たらない。それどころか、魔道具屋があった場所は焼き餅の店に変わっていた。一口大の四角に切った餅を三つ刺した串が、店頭の火鉢に入った炭火であぶられている。
「うわ。良い匂い……」
しょうゆではなく、味噌系の香ばしい匂いが漂ってきた。昼食直後だというのに食欲を刺激してくる。
「……この店は今日開店……ではなさそうだな」
言われてみれば、店先に伸びた木の庇は炭火の煙に燻されて真っ黒つやつや。店内の立ち食いスタイルのハイテーブルも年季が入った代物。餅は良い匂いを周辺にまき散らしているし、こんな店があれば真っ先に見つけていた。
焼き餅の串を二本買い、店員に魔道具屋はないかと聞くとこの街にはないと返答されてしまった。
「……この世界の魔道具屋って、時空を転々としてるとか?」
「少なくとも王都にある魔道具屋は俺が生まれる前から存在してる。店ごと転移するという話は聞いたことがないが、店主には魔力が無くても、あの店自体に転移する魔法が掛かっているなら可能性はあるな」
転移を繰り返し、不定期に現れるアヤシイ魔道具屋。そのファンタジーさが素敵と思うのは短絡的だろうか。西洋風の物ばかり置いてあったのも、ここではない国も転々としていると思うと納得できる。
「魔道具屋に何の用事があったの?」
「……絵札を買うつもりだった」
「怜慧もタロットカード占いするの?」
「……いや。絵札がもう一組くらいあってもいいかと思っただけだ」
それは私に贈るという意味に取れた。視線を逸らした怜慧の頬が少しだけ赤い気がして、私も気恥ずかしさで視線を空へと投げた。
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