第十五話 神の御使い
目が覚めた。掛け布団が温かいけど重すぎると思ったら人間の腕だった。私は横向きに寝ていて、背中から誰かに抱きしめられている状況。振り払おうにも体も思考も硬直して動けない。
「……ん? 起きたか?」
「れ、
恐々と振り向くと、怜慧の呆れ顔が近すぎる。何が起きたのかと思い返しても理解不能。
「お前が寒い寒いって言うから仕方なく、だ。覚えてるか?」
怜慧が起き上がると一気にぬくもりが消えていく。囲炉裏の火は小さくなっていても温かく、寒いと感じる状況ではなかった。
「全っ然、覚えてない」
怜慧は囲炉裏の火を絶やさないように薪をくべつつ、私を温めてくれていた。
「もしかして寝てないの?」
「少しは仮眠したから気にするな」
恥ずかしくてまともに顔を見るのは難しい。ありがとうと感謝を告げて起き上がる。床にゴザという慣れない硬さで寝ていたせいか、体のあちこちが悲鳴をあげていた。
無言のまま二人で首を回し、肩や腕を動かす。
「……浄化の術は禁止だ。何かを不浄に感じたら、まずは俺に言え」
「いきなり、何それ?」
「お前の寒がり方は異常だった。薪を増やして部屋が暑くなるまで温めたが、それでも寒いと震え続けていた。一晩理由を考えてみたが……浄化の術を使うことで、お前が持つ神力が消費された。その神力を元に戻す為に体の熱が使われたというのが俺の見解の一つだ」
「そ、そうなの? 私に神力ある?」
「王都に戻ったら東我に確認してもらおう。今は早急に宮巡りを終わらせることを優先しよう」
自分の体なのに、全くわからない。手鏡を覗き込んでも何も変わっていない気がする。
背中合わせで着替えを済ませ、部屋の中を軽く整える。荷物を持った所で怜慧が口を開いた。
「『今日の一枚』は引かなくていいのか?」
「んー。どうしようかなー。……やっぱ引いていい?」
元の世界では毎朝の習慣になっていたタロットカードの一枚引きを、数日前から再開していた。
「今日の私に必要なメッセージを与えて下さーい」
気楽な占いだから、手のひらの上でカードを切るだけ。ほどなくして手が自然に止まり、上から七枚目を開示する。
「『星』の
手にしたカードから感じるメッセージがまさにぴったりで笑ってしまう。
「絵札は何と告げている?」
「働きすぎで疲れてるって。浄化の術は封印した方がいいみたいね」
「そのようだな」
カードの結果を見て笑いあう。たったそれだけなのに頬が熱くなりそうで、ごまかすために大げさな仕草で肩をすくめながらカードを戻した。
◆
外へ出ると、日が昇った直後だった。朝の光が周囲を照らし、夜の闇を森へと追いやっていく光景は、まさに朝と夜の交代の瞬間。
「あら、まぁ。早起きやねぇ。もう出かけなさるんか? 朝飯用意すっから、食べて行きなされ」
そう言って話しかけてきたのは、素朴な着物姿で長い深緑色の髪を結んだ村長の奥さん。断ることもできなくて村長の家に入ると男性たちが酔いつぶれて床で寝ており、周囲を女性たちが明るく笑いながら片付けている。
「ずっと祭りが無かったんで寂しかったんよ。これからは祭りが出来るから楽しみが増えるねぇ」
宮が廃止されてから村では祭りがおこなわれていなかったらしく、神様が戻ってくるのをひたすら待っていたと女性たちが笑う。
「神様が待ってろって仰るもんだから、他の神様を祀ったりなんかできないものねぇ。浮気はしたらいかんものなんよ」
笑う女性たちは豪快で、酔いつぶれた男性たちを蹴って転がしている。蹴られた男性たちは夢の中。どちらも幸せそうに笑っているから、止めなくてもいいのだろう。
「あの、創世の女神様はお祀りしていらっしゃらないんですか?」
「女神様は特別なんよ。離れた街に立派な神殿があるから、年に一度挨拶に行くくらい」
「女神様は大層真面目な方だそうだから、こんなの見たら怒られそうだしねぇ」
こんなのというのは、だらしなく酔いつぶれた男性たちのことだろうか。女神様をまるで実在する人物のように語る姿が興味深い。
片付けを見ているだけでは申し訳なくなって手伝いを申し出ると、ちょうど私の年頃の女の子はいないからと女性たちは歓迎してくれて、朝食の支度に参加できた。その間、手持ち無沙汰だった怜慧は外に出て、起きてきた少年や子供たちを順番に馬に乗せていた。
雑穀入りのご飯と山菜入りの味噌汁、漬物の朝食を頂いた後、私たちは村を出発することにした。別れ際、宿代として怜慧がお金を渡そうとすると村長は頑なに断る。受け取ってほしい怜慧と、機嫌を損ねかけている村長の間に私は割って入った。
「それじゃあ、このお金で『一之宮』へのお供えを購入してください。……宮におられる神様はお米のお酒が特にお好きだそうです」
途中から、思ってもみない言葉が出て驚いた。自分で話しているのに、勝手に口が動いた感じ。
「そうか、そうか。あの神様はお酒がお好きですか」
今にも怒鳴りそうになっていた村長は相好を崩して、怜慧が差し出すお金を受け取った。
「お二人は、やはり神の御使いだったんですね」
昨日案内してくれた少年が、キラキラとした目で見上げてくる。そんな立派な者ではありませんと否定したくても、居並ぶ村人の期待の眼差しの中では勇気が必要。私のへらへらとした愛想笑いが村人の誤解を加速させているのは感じる。
『祝宴の間に訪れた客は、大きな幸運をもたらす』というのは、その中に神の御使いが紛れているから大事にしなさいという話らしい。村人の中ではすっかり私たちは神の御使い。
「……我々の話は、一月の間、村の外の人間には黙っていて欲しい。皆の御厚意に感謝する」
注目する村人に怜慧が告げると、何故か村人全員が盛り上がった。これは完全に神の御使い扱い。恥ずかしくなってきた私は、ありがとうと頭を下げるだけだった。
◆
村を出てすぐに全速力で馬を走らせていた怜慧が、速度を緩めて溜息を吐いた。
「どうしたの?」
「どうしたも、こうしたも……俺は神の御使いじゃないぞ」
怜慧の頬がうっすらと赤いのは、それが原因か。口を引き結び、羞恥をにじませる表情が可愛く見える。
「さっき、何で一月の間って言ったの?」
「小さな村と言っても、噂は外に広がる恐れがある。王都に伝わるのも面倒だが、それ以上に他の宮で村人に待ち伏せされたら困るだろ? 一月あれば全部終わらせる」
「そうねー。リアル逆再生なんて見たら人生変わりそう」
怜慧が言いたいのは、宮が再生する場面を見られたくないということか。
「それより、お前、あの『一之宮』の神が酒好きっていうのは何だ? 声を聞いたのか?」
「違うの。口が勝手に動いたの」
全然意図していない言葉だった。思い返すとうすら寒い。
「他の宮の神は何が好きだ?」
「えーっと……『四之宮』のセクシー女神は……お花。造花じゃなくて生のお花の精気が美味しいって……あれ?」
考えただけで、口から言葉がこぼれていく不思議。慌てて口を手で押さえてみる。
「神の姿を見たことで、繋がっているのかもな」
「えー。それは恥ずかしいかも。私が考えること筒抜けってことでしょ?」
「神は何でもご存じだというから、今更だろ」
いろいろを冗談交じりで話している途中、私の背筋に寒気が走った。
「どうした? 顔色が悪いぞ」
「……わからない。今、何か寒気を感じたの」
見回してみても森が広がっているだけで、何の姿も異常もない。寒気は全身へと広がっていく。
「今日は早めに宿へ入ろう。それまで我慢してくれ」
腰を支える怜慧の腕が私を抱き寄せて、馬の速度が上がる。温かな怜慧の体温の中、私は寒さに震え続けていた。
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