第十一話 のんびりグルメ旅?

 静かな森の中、怜慧は緩やかに馬を歩ませていた。遅い昼食は握り飯。団子を食べた私は一個の半分しか食べられず、残りを全部怜慧に食べてもらった。


 「昔ね、権力争いに負けて冤罪被せられて処刑された王族とか、努力して大出世したら謀反の疑い掛けられて流刑になった大臣とかが亡くなった後、都に疫病とか災害が頻発したり、嫌がらせしてた人が雷に打たれて死んだとか、そういうのを祟りって呼んで恐れてたの。で、それ以上怒らせないようにっていうので、神様として祀り上げたっていう話」

「酷い話だな。まぁ、無かったことにするよりはいいのかもしれないな」


「無かったこと?」

「……例えば俺の話だが、俺は今現在第十二王子だ。生まれた時は第二十六王子だった」

 その一言でぞわりと背筋に悪寒が駆け抜けた。確か王子は二十七人から十二人になったというのは覚えている。

「この国の王の子供は死ぬとその名も経歴も抹消されて、生き残った者が繰り上がる。妃は子供が王になった者しか名前が残らない」

「うわ。それって、もの凄く悔しくて恨みそう」

 第二王子が異世界召喚までして王になろうとする理由はそれか。

 

「俺の兄たちが死んだ直後に流行り病や季節外れの大雨や大雪が降ったこともあった。だが、それを口にすれば今度は自分が殺されるかもしれない。王族も貴族も口をつぐむし、国民は王宮内で何が起きているかなんて知らされないからな」

 

「だから自分の名前を残したい王子は、必死で何かになろうとする。詩歌や音楽で有名になろうとする者、学者になろうとする者、様々だ。王族特有の魔力を生かして、魔術師になる者もいる。……東我は王の弟だ。第四王子だったと聞いた」

「え? 年齢合わなくない?」

「東我はかなり若く見えるからな。王の三歳年下だ」

「はー。そうなんだー」

 王は四十後半から五十代、東我は二十代半ばに見えた。何か秘訣があるのかもしれないから、帰ったら聞いてみたい。


「怜慧は将来、東我みたいな魔術師になるの?」

「……今は何も考えていないな。俺は主に剣術を教えてもらっている。護身用の魔法も習得はしているが……東我のように王都を護ることは難しいだろうな」

 魔力のレベルが違うとか、そういった理由なのだろうか。苦さを含む言葉が胸に刺さる。


 私の将来はと考えて、とりあえず大学に行くことしか頭に無かったと気が付いた。私の通っていた高校は地域でも有名な進学校で、クラスの半分が帰宅部。夢といえる程の夢もなく、ゆるい高校生活を楽しんでいた。……元の世界に戻ったら、私の将来の夢を考えたい。


「……速度を上げてもいいか? 空が怪しくなってきた。降る前に宿に行こう」

「うわ。マジで降りそう」

 木々の隙間から空を見上げると黒い雷雲が見えた。宿に着くまで間に合うだろうかと心配しながら、腰を支える怜慧の腕にしがみついた。


      ◆


 雨が降る直前、予定していた宿へと到着できた。雨宿り客で満室と一度は断られたものの、一番高い部屋でいいと怜慧が金貨を見せると、豪華な部屋へと通された。

「現金つよ。……この部屋に泊まる人いなかったのかな?」

「これを言ってもいいのかわからないが、大きな宿屋は一番良い部屋が空いていても普通の国民に貸すことはないらしい。だから満室と言われても金を見せれば大抵泊まれると東我に聞いた」

「東我っていろんなこと知ってるのね」

「ああ。若い頃は全国を旅していたそうだ」

 もしかしたら東我も王宮から逃げる為……と思いついても聞くのは難しい。


「この宿は茶碗蒸しが名物だそうだ」

「やった! 楽しみー!」

 山林の綺麗な景色も見続けていると飽きてきて、残る楽しみはご飯。異世界でも和風のご飯は美味しい。何の添加物も入っていないからか、食べた翌日に頭が重くなることもないのが嬉しい。

 若干呆れ顔の怜慧を横目に、私は自分の荷物を解いた。


      ◆


 一晩降り続いた雨は、早朝にぴたりと止んだ。ぬかるむ道を見た怜慧に、もう一泊するかと聞かれたけれど、私は出発することを選択した。


 馬に揺られて宿から十分離れた後、私は意を決して怜慧に話しかける。

「ねぇ。昨日のあれは、茶碗蒸しじゃなかったわよ。丼蒸しよね」

「茶碗だろ?」

「私の世界では丼……違う。洗面器サイズよ」

 食器のサイズに対する認識の違いが怖い。出てきた茶碗蒸しは、小さめの洗面器サイズ。


「美味かっただろ?」

「……美味しかった。だからこそ、全部食べたかったの!」

 海老はイセエビより大きいし、キノコも銀杏もどきも、百合根もどきもすべて巨大。

「一番下に銀杏が隠れてるなんて気が付かなかったのよ!」

 お腹いっぱいになったので途中で断念して、怜慧に譲った後に銀杏が入っていたことを知った。百合根が入っていたから銀杏は入っていないという判断は間違いだった。


「俺は食べるかって聞いただろ?」

「もう一口も入らなかったの! 余裕があったら食べてる!」

 私の切実な叫びを怜慧は今にも笑い出しそうな顔で聞いている。昨日の宿はご飯時には女性従業員が付きっきりで、夜は扉の外に男性従業員が用事を聞く為に待っていた。そんな環境では気軽に話すことができなくて、ストレスが溜まるだけ。私が早々に宿を出発したのも、その堅苦しさから逃げる為。


「もうすぐ『四之宮』に着く。……次の宿の名物は小豆飯だ」

「小豆飯って、赤飯よねっ? 楽しみー!」

 馬で行く、のんびりグルメ旅。そんな気分にもなってくる。我慢できずに笑い出した怜慧の腕をぺちぺちと叩きながら、私は抗議の意を示した。


      ◆


『四之宮』は、街道から近い場所にひっそりと佇んでいた。街道から距離にして約五百メートル。森の木々に囲まれているからか、全くその存在は隠されている。

「……うわ。これは……」

 木の鳥居は倒れ、草花に埋もれて奇怪なオブジェのよう。宮の建物はぺちゃんこに潰れていて、檜皮葺の屋根はつる草と苔に覆われていた。


「ここで待っていてくれ。試したいことがある」

 怜慧は深い礼と二拍手一礼を行った後、宮へと近づいていく。もはや小山と化した場所を這うつる草を引きちぎり、扉を探しているらしい。

 手伝いたいと思っても、何か試したいのなら手出ししない方がいいのだろう。ぶちぶちと音を立てながら、つる草を引きちぎる背中を見守る。


 怜慧の手がつる草でない物を捕らえた。持ち上げたのは朽ちた格子。真っ黒に変色している部分が金属なら、『一之宮』で見た正面の扉と同じデザイン。

「……鍵は必要なさそうだな。……どうしたらいいんだ……」

 途方に暮れるのは私も同じ。考え込みながら怜慧が戻ってきた。


「試したいことって何だったの?」

「扉の鍵と御神体を持った俺が近づいたことで宮が戻ったのかと思ったが違うようだ。そもそも『一之宮』が特殊だったのか、幻だったのかもしれないな。……さて、どうするか……」


「もしかしたら、一から順番に回らないとダメとかいうルールがあるんじゃない? ルート変えて『二之宮』行ってみる?」

「……ああ、そうか。その可能性もあるのか。……龍の召喚には順番は関係ないはずなんだが……」


 二人で話しながら、かつて宮だった小山に近づく。昨夜の雨を含んだ檜皮葺の屋根は見るからに湿っていて、つる草の葉には雨露が残っていた。

「宝石みたいね」

 丸く輝く透明の露に惹かれて指先で触れると白く輝いて転がり、ピンボールのように弾き合って露に白い光が広がっていく。怜慧が驚く私を抱えて小山から離れた。


「……まさかと思って可能性から徹底的に排除していたが……やはりお前か」

「えーっと、私?」

 やけに淡々とした怜慧の声が怖いので、上目遣いで可愛らしく首を傾げてみると、怜慧は溜息を吐きながら私を地面に降ろした。


 白い光に包まれた鳥居と建物がゆらゆらと揺れながら、かつての姿を取り戻そうとしていた。

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