第十話 竹管に潜む白狐
森を抜けてしばらく馬が走ると、人や馬車が通る道が見えてきた。王都と地方都市を結ぶ街道は整備されていて、幅広い平らな土の道が続いている。
着物風の服が多い中、シャツとズボン姿の男性やワンピースの女性もちらほらといる。洋服は海外と交易を行う地方都市で作られていて、その動きやすさから一般庶民に広がっているらしい。
「この近くに茶屋がある。団子が美味いという評判だ」
もしかしたら、私の為にわざわざ街道に出てきてくれたのだろうかと考えると嬉しくなってきた。
程なくして、赤い布が敷かれた長椅子が表に並ぶ二階建ての木造建築が見えてきた。和風のオープンカフェのような雰囲気で、男女がいちゃつきながらお茶を飲んでいる。これに混ざるのは恥ずかしいかもと思っていると、
店の前で立って待っていたグリーンアッシュの長い髪の美女が笑顔で迎えてくれた。年の頃は二十代後半。赤い口紅と花模様の着物、赤い巻きエプロンが艶めかしくて、大人の女性の雰囲気がぐいぐい圧してくるから気後れしてしまう。
「いらっしゃいませ。何をご希望でしょうか」
「団子十本と茶を頼む」
怜慧が示された金額を支払うと、美女は一旦店の中へと消えて大きな竹皮の包みと竹筒二つを持ってきた。
「こちらになります。お二人の旅の安全を祈念致します」
所作はとても丁寧で、笑顔も素敵。ありがとうと返すと、優しい笑顔で手を振ってくれた。
怜慧は無表情で馬を歩かせて街道を離れ、また森の中の道なき道を行く。小さな泉の近くで怜慧は馬を止めた。
「休憩しよう。昼飯には早いから団子食うか?」
「食べる食べる! えーっと。さっきのお店で食べても良かったんじゃない? 店員さんが親切そうな店だったし」
私がそういうと、怜慧は視線を泳がせた。
「……あの茶屋は……
「あ、そ、そうなんだ」
遊女と聞けば、私でも意味がわかった。あれは旅の男性客相手の風俗店。男性の服は普通なのに女性の着物はやたらとカラフルだったのも頷ける。
泉のほとりの岩に並んで座り、竹皮の包みを開くと中には二種類の三色団子が入っていた。優しいピンク、白、緑の花見団子と茶・白・緑の歌舞伎団子に似た配色。
「きゃー! 三色団子ー! 久しぶりー!」
ぱちぱちぱち。これは嬉しいと小さく拍手。特に歌舞伎団子は祖母と一緒に食べて以来で久々。団子を一口食べると素朴な甘さで、東我の式神が作ってくれたみたらし風の団子も美味しかったけれど、これも美味しい。
「気に入ったなら全部食べていいぞ」
「いくらなんでも、それは無理。二本……三本が限度よ。怜慧も食べて」
団子一個が五センチはあって、三本できっとお腹いっぱいになる。食べながら疑問を怜慧にぶつけることにした。
「……今朝の……『一之宮』が元に戻ったのって、何だったのかな」
「俺にもさっぱりわからない。悪い気……
魔法が存在するこの世界でも、さらに不思議なことがあるのか。
「邪気とかわからないけど、聖域みたいな感じはしてた。でも、何日か後に行ったら、やっぱ廃墟でしたとかそういうのもありそうじゃない? 私の世界では、山の中で遭遇した宿に泊まったら翌朝廃墟の真ん中で寝てたとか、立派な神社にお参りしたのにそんな神社存在してなかったとかいう怪談話が沢山あるの。狐とか狸に化かされて、幻を見てたっていう昔話もあるし」
「そうか。一時的な幻覚という可能性もあるのか。……本物のような感触はあったが、幻覚なら時が戻っているように見せることも可能か……」
私も階段を上って扉を開けた感触は本物だったと感じてはいる。清々しいヒノキの香りもした。
「次の宮で同じことが起きるかどうかもわからない。一之宮だけかもしれないからな。……途中で一度戻って確認してみるか」
「そうね。気になるし」
龍を召喚する為には、一之宮から十二之宮まで順番に巡る必要はなかった。怜慧は三十日で終わる日程を組んでいて、王都の周囲を縦横無尽に移動するルート。
「追手って、そろそろ来るかな?」
「まだだな。追手が王都を出たら東我が知らせてくれる手筈になってる。第二王子の領地は遠いから、もしもそっちから兵士が呼ばれて直接追いかけてくるにしても時間はある」
「どうやって知らせてくれるの? やっぱ魔法とか式神とか?」
「何が来るかはわからないが、
「管狐!」
陰陽師系の小説や漫画で見たことがある。竹筒に入った狐の妖怪。それが東我の式神の一つなのか。
「東我の屋敷で見ただろ? あの白狐たちだ」
「そうなんだ! あれ、管狐ちゃんだったんだ! 可愛いー!」
「可愛い? あれが?」
怜慧が愕然とした顔で驚いているのが不思議。白い耳にもふもふしっぽの小さな男の子。あれが可愛いと思えないのは同性だからかも。
「話すことできないんでしょ? 手紙でお知らせしてくれるとか?」
「管狐には言葉を預けることができる。手紙や荷物を持たせると移動が遅くなるからな」
「そっかー」
話しながら食べていた団子は二本と半分で脱落。残りは全部怜慧がぺろりと完食。竹皮と団子の串を土の中に埋めて、私たちは出発した。
◆
この世界に来てから十日が過ぎても、夢の中にいるようで心は落ち着かなかった。しっかりとした土の地面を歩いていても、時々ふわふわとした綿の上に立っているような気がする。
今夜も快適な和風の宿。岩で囲まれた露天風呂で入浴という超贅沢仕様に引け目というか遠慮というか、自分がこんな贅沢をさせてもらっていいのかと考えるのは庶民思考。異世界から無理矢理連れてこられた被害者なのだから当然の扱いだろうと思うのは難しい。
怜慧や東我という優しくて親切な人に会えた幸運が今の私の状況を作り出している。もしも誰も助けてくれなかったらと考えると体が震えるほど恐ろしい。
「あー、ダメダメ。ポジティブポジティブー。上見て上見てー」
暗い思考は暗い未来を引き寄せる。そう言われているのは知っていても、人の思考はすぐに悪い予想へと向かいがち。常に危険を意識して死を回避するための本能的なものだから仕方のないことだと動画で見たこともある。
見上げる夜空には赤と緑の巨大な月。目を凝らすと月面のクレーターまでうっすらと見えるから、とても距離が近いのか。一方で小さく輝く白い月は、ぼんやりとしていながらもしっかりと月光を地上に届けている。
お湯に浸かってリラックスしていると、自分の体にどことなく違和感があると強く思う。幼い頃に転んで縫った額の傷や、先月オーブンで桃のパイを焼いた時の火傷の痕も綺麗さっぱり消えていた。
これは本当に自分の体なのかという疑問と同時に、実はこれは長い夢かもしれないという期待が捨てられなかった。
もしも長い夢だったとして、現実世界の私は……夢から覚めた時、自分の部屋のベッドで飛び起きるのか、それとも病院かどこか違う場所にいるのか。
「おい、大丈夫か? のぼせてないか?」
遠慮がちな怜慧の声が扉の向こうから聞こえてきた。心配してくれているのが嬉しいと思うと同時に、申し訳なくなってくる。
「大丈夫、ありがとう、もうすぐ上がる」
「すぐに上がらなくていい。明日の出発は遅くでもいいからな」
素っ気なくも聞こえる言葉なのに、優しさが伝わってきて頬が緩む。今の私が怜慧の厚意に返せることは、占い程度しかない。何か占いたいことがあるか後で聞いてみようと、私は独り笑顔を浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます