第五話 怜慧の願い

 東我とうがは王の呼び出しを受けて早朝から王宮に行っていた。今回の計画に関わる人間からは遠回しに私を返せと言われ、反対する人間からは協力すると言われたと笑う。

「王宮にいる奴らは、どいつもこいつも国の存亡よりも、国王と第二王子が勝つか第一王子が勝つかの権力争いにしか興味がないからな」


「兵の動きは?」

「事前の予測通り、兵を統括する兵部省ひょうぶしょうは第一王子派だ。お嬢ちゃん奪還の命令が第二王子から出されているが、書類の形式が違うだのなんだと難癖をつけて、まだ動いてはいない。あれは動くつもりはないな。おそらくは第二王子の領地から私兵を呼び寄せることになるか、金を積んで追跡者を募るかってことになる。本格的な追跡開始はもう少し先と見ていい」

 怜慧レイケイと東我の話を聞くうちに、少しずつ周囲の状況がわかってきた。人脈も権力もない第二王子は私に女神を降ろして、その功績で無理矢理王になろうとしていた。予言者の言いなりになっている王と第二王子に不満を持つ者が実は多いということ。


 ふと疑問が生まれた。

「あの……私を捕まえるより、新しく誰かを召喚する可能性はありませんか?」

 きっとその方が手っ取り早い。神の生贄にしようというのだから、異世界人を物や道具として見ていると思う。

「おっと、誰も言ってなかったか。異世界召喚は準備を含めて九十九日掛かる。到底日蝕には間に合わないから、第二王子は何が何でもお嬢ちゃんを取り戻そうとするだろう。……国王は諦め掛けてるらしくて対比が面白かったぞ」

「もともと、予言者と王になりたい第二王子が始めたことだと聞いている。そうは言っても異世界召喚で魔力を使ったのは王だ。今更としか言えないな」

 怜慧の言葉は鋭く、父親である王に対しても容赦のない言葉が続いた。王と第二王子は密かに準備を進めていて、私を召喚してから他の王子や大臣たちに協力を求めたらしい。


「明日……いや、明後日の朝、出発でいいか?」

「明日で大丈夫。よく眠ったからすっきりしてる」

 追跡が始まる前に、ここを離れていた方がいいというのは理解している。兵士でなくても大勢の人に囲まれたら身動きが取れなくなる。とにかく王都から離れなければと私は怜慧に返事をした。


      ◆


 逃避行の為の準備は私が召喚されてから始まっていたらしく、東我の式神たちが私の服を縫ってくれていた。試着してみると着心地抜群だし可愛い。王宮と違って大きな鏡はないので、自分の手鏡であちこちを確認。

「わー! 可愛いー!」

 白の水干風の上着とくるぶし丈の紫の馬乗り袴。この世界で女性が馬に乗る場合の男装姿と説明を受けた。十二単風の装束はとても美しいものだったけれど、私は水干風の可愛い装束の方が好み。何より動きやすいことが気に入った。

「あ、色違いもあるんだ! こっちも可愛いー!」

 私が狐耳の少年たちとはしゃぐのを、紅梅の女性二人が微笑みながら見守る横で怜慧はまだ私の体調を心配しているらしく、腕を組んで口を引き結んでいる。


「ちょ。似合うとか、可愛いとか褒める言葉はないの?」

「俺に女の装束のことは聞かないでくれ」

 冗談で言ったのに真顔で返されると結構ツラい。

「じゃ、聞きません。……あ、これ、お揃いの髪飾り? えー、似合うかなー? え? 可愛い? 嬉しー!」

 考えるべきことはいろいろあっても、可愛い物を見れば気持ちは上がる。怜慧のことは放置して、私は装束や持ち物のチェックに勤しんだ。


      ◆


 明日の早朝に出発することになって、かなり早い時間に就寝することになった。楽しい学校行事の前日のような奇妙な高揚感に包まれていて、目を閉じても眠れそうにない。

「……楽しそうだな」

「楽しそうじゃなくて、楽しいかも。旅行みたいなものって思えば」

 逃避行とわかっていても、その実感は薄い。全体的に平安時代のようでも魔法を使った便利な部分もある文化は、おとぎ話の夢の中。


「そうか。……疲れたり体調が悪くなったら、迷わず言うと約束してくれないか?」

「約束する。だから大丈夫」

 正直に言えば、若干無理して明るく振舞っている部分もある。怜慧にこれ以上心配掛けないようにしたいと思う。


「眠れないのか?」

「そうね。ちょっと気持ちが落ち着かないっていうか……あ、落ち着く為に怜慧の占いしてもいい?」

 占いをすれば、精神集中もできて眠りやすくなる。

「俺はまだ甘い物を用意していないぞ。昼間の団子は式神が作ったものだ」

 おやつとして出されたお団子は、みたらし団子の串が無い物に近くて素朴な甘さが美味しかった。王宮ではいつも瑞々しい果物が食事毎に出されていたけれど、やっぱりお菓子の方が嬉しい。


「これは簡単なものだから、甘い物は今度でいいわよ。何を占いたい?」

 私が布団から起き上がると怜慧も起きだした。机を借りてタロットカードを置く。机は窓の下、壁に付けられるように置かれているから対面ではできない。

「……俺の願いが叶うかどうか占ってくれないか?」

 背後に座った怜慧が口を開いた。


「願いが叶うかどうか、ね。それじゃあ、占いを始めるね」

 怜慧の願いが何なのかは聞かない方がいい。知りたい気持ちを鎮める為に深く深く呼吸を繰り返しながら、カードを右回りにかき混ぜていく。

 雑念を振り払い、心の中でカードに質問をすると混ぜる手が私の意思を無視してぴたりと止まった。これはカードと私の心が繋がった合図のようなもの。

 混ざったカードをまとめ、三つの山に分けてからまた重ねて、上から七枚目ごとに抽出した三枚を並べていく。


「一枚目は現在の状況。……正位置の『吊るされた男』。動けない困難な状況からの脱出を意味するカード」

 怜慧の願いは難しいものかもしれない。ふとそんなことが頭をよぎる。結果について私の願望が入ってしまわないようにと、深呼吸で意識を散らす。もうカードは整っているとわかっていても慎重に。


「二枚目は少し先の未来。正位置の『力』。不可能を成し遂げる大いなる力。勇気と寛大さを意味するカード」

 具体的な映像はなくても、願いを叶える為に努力するイメージが頭の中に広がる。『鋼の意思で』という単語も浮かんできて、律儀で真面目という印象が強まってきた。


「三枚目は結果。……あ……正位置の『世界』……。これはタロットの中で一番強い幸運を示すカードなの。念願の成就。怜慧の願いは叶うってカードは言ってる」

 三枚が全部正位置で夢が叶う流れも完璧。振り向いておめでとうと言おうとして、怜慧の表情が強張っていることに気が付いた。


「どうしたの? もしかして……叶えたくない願いだった?」

「いや。どうしても叶えたい願いだ。……予言者が俺を占った時、絵札の枚数は違うが、その『世界』の絵札が逆さに出た。とても恐ろしい結果が待っていると散々脅された」

 背後から覗き込む怜慧の赤い瞳は『世界』へと向いている。


「それは私の苦手な占い方法ね。たとえ全部が逆位置でも良い結果を読み取ることはできるのよ。脅すとか恐怖で人の心をかき乱すなんて、誰も幸せになれないもの」

 悪質とまでは言ってはいけないと思ってもついつい口が悪くなる。辛口と称して厳しい結果を示しつつ、明るい未来へと誘導する占いも人気がある。最初から最後まで脅して依存させる人気占い師がいることも知っている。


「出た占い結果が嫌だなって思ったら『今の無し無し! 受け取りません!』って心の中で言えば無効化できちゃうっていう話よ」

 いろいろ言う人もいるけれど、占いは自分が受け取りたいことと聞きたいことだけ聞けばいいと思う。占いは絶対に正しいというものではないし。


「それに、時間が経つと自分や周囲の条件も変化して占いの結果も変わっていくものなの。だから、今回の結果が最新。怜慧の願いは最高の形で叶います」

「そうか。……俺の願いは叶うと信じてみよう」

 息を吐いて微笑んだ怜慧を見て、私は応援の気持ちを込めて笑顔を返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る