11 再度、階段で

芹香の柔和な笑みが少しだけ、ぼくのささくれ立った心を癒してくれる。だが油断ならない。芹香に対する疑念が解けたわけではないのだ。そう思い、彼女を見やると芹香はぼくの顔をぼんやりと見つめている。

 だから――

「ぼくの顔に何かついていますか?」

 先ほどの芹香の言葉への逆讐の意味も込め、ぼくが芹香に訊いてみる。

 すると――

「あっ、いえ、すみませーん」

 芹香が素直に謝り、

「でも、だって……」

 と言葉を紡ぐ。

「でも、だって……って?」

「うん。だって、菅谷さんって見つめられることに慣れているでしょう?」

「……?」

 芹香にそう問いかけられる意味がわからない。ぼくはそんなにおかしな容貌をしているのか? それとも、ぼくの顔の向こうにバケモノが、究極的には黒天使が透けて見えているのか? わからない? しかし、もしそうだとすれば芹香は操り主ではないことになる。だが本当にそうなのだろうか? わからない? あああああ、まったく、わからない?

「どうしてなんだ?」

「どうしてなんだっていわれても……」

 芹香が顔を赧らめる。ぼくから視線を逸らせ、下を向く。

 どうして? 何故? 理解できない。

「そんなこと女の子にいわせちゃいけないのよ」

 しかし芹香が次に口にしたのは、さらにぼくには意味不明の言葉なのだ。彼女はいったい何が言いたいのだ?

 すると――

 芹香が急に、ぼくに近づいてくる。口を真一文字に結んでいる。どうやら一大決心をしたようだ。けれどもそれが何だか、ぼくにはまったく見当がつかない。芹香がさらに近づいてくる。いきなり、ぼくにぎゅうと抱きつく。細い両腕を精一杯、ぼくの後ろにまわす。予想もしなかったその行為に、ぼくは吃驚仰天する。けれども身体は反応する。芹香はしたいのか? ぼくと? ぼくと? このぼくと?

(あああああ……)

 そのときぼくに闇の電波が届いたのかもしれない。気づいたときすでに、ぼくは芹香の唇を奪っている。

(そんな?)

「あん……」

 ついで芹香がひとり大きく、

「うん」

 と首肯く。素早くしゃがみこみ、ぼくのガウンをはだく。ジャージを下げ、ボクサーパンツも下げ、すでに屹立しているぼくのシンボルを小さな口一杯に咥え始める。シンボルの先端部分でチロチロと舌を動かす。腰をとろけさせるような甘い快感がぼくを襲う。立っているのがやっとなくらい身体が融ける。ついで芹香は、ぼくのシンボルが十分大きく、かつ堅くなったのを確認し、自分の着ていたピンク色のガウンの裾を上げ、膝上十五センチくらいのミニスカートも手繰り上げ、下着を下ろすと踊場の壁を背にし、自らぼくのシンボルを自分の秘所にゆっくりと導く。

 ズブリ!

 ぼくは芹香にされるがままだ。

「菅谷さん、あなたみたいな人と……。こんなこと、できるなんて……。夢のよう……」

 そう言い、芹香がなまめかしく腰を揺する。ユラユラと、ついで激しくグラリグラリと……。ぼくの中のモノがだんだんと高まってくる。すると芹香がそれを察したように一端ぼくのシンボルを自分の秘所から外し、くるりと向き直り、キュッと引き締まった小さなお尻をぼくに突き出す。

「お願い。後ろから、思いっきり突いて!」

 息も絶え絶えにそう囁く。またしても、ぼくは芹香にいわれるがままだ。ズブリ! ぼくのシンボルが再度彼女の中に減り込んでいく。奥まで入り、膨らんで芹香自身を大きく充たす。芹香の腰のグラインドが激しくなる。つられて、ぼくの腰の動きも速くなる。

「あああああ……。イクッー、うっ……」

 芹香が大声で叫んでいる。ぼくも絶頂に達しそうだ。

「ああ、もう限界だ!」

「いいのよ。いっぱい出して……。わたしの中に……」

 次の瞬間、ぼくと芹香は同時に激しい絶頂に達する。大量の精を放ったぼくのシンボルが大きく震え、激しく暴れ、やがて萎む。すると理性が戻ってくる。

(ぼくは何をやっているんだ。こんなところで、こんな娘に時間を費やしている暇はない)

 ポシェットから取り出したティッシュペーパーでぼくと自分の事後処理を丁寧にこなしている芹香の姿を冷ややかに見つめながら、ぼくはそう感じている。

「わたし、もういかなくちゃ……」

 不意に時間が流れ、ぼくの前にはガウンに乱れのない芹香がいる。だが、その瞳は何故か潤んでいる。

「たぶん、もう二度と……。こんな勇気は持てないと思う」

 そう言い、どこか淋しそうにぼくの顔を見つめると、

「思い出をありがとう。嬉しかったわ」

 それだけを言い残し、小さく手を振ると芹香が足早に階段を下りる。

 ぼくはまたしても放心してしまう。けれども、ぼくにはやらねばならないことがある。

 今さっきの行為から芹香が操り主でないことは見当がつく。……ということは、やはり、みなみ・まなつ、が第一候補に絞られる。

 ぼくは、まなつ、を求め、昇階を再開する。

 十五階を過ぎるところで気を惹かれる。何かがぼくを呼んでいる。自分の直感を信じ、ぼくは十五階の非常扉をそおっと開ける。まず首を出し、廊下を覗き込む。覗き込んだ廊下の前後に人影はない。……ということは、やっかいなナースも歩いていないということだ。ぼくは十五階の廊下に立ち入るため、のろうと非常扉を開く。パタンと細心の注意を払い、扉を閉める。その音に気づいたものは誰もいない。

 次にぼくは見る。

 ナースステーションの先にある外来者との共用面会室兼患者休憩室に駆け込んでいく、みなみ・まなつ、の姿を……。

 ぼくは中腰になり、ナースステーションをやり過ごし、ついで堂々とした態度で共用面会室に近づいていく。

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