case.4 鯨の夢、人の夢

細かい惑星開拓作業で疲労を身体に蓄積したカナタ。


じっくりと湯につかって身体の疲れを癒し、美味しい物を食べて心を癒す。

近場の惑星系外基地へと向かうようにユメへ指示を出して眠りについた。


ユメは船の状態を確認し、簡易整備を開始した。

それと同時に、分子分解砲によって収集された元素の仕分けと格納も実行。


数時間その場に停泊した後に機関始動させ、航行を開始した。


惑星系外基地は巨大な宇宙の港。

物資の補給や船体の整備、多種多様な娯楽に様々な情報が集まる場所だ。


宇宙を行く多くの者にとってのオアシスである。




ビィィーーーーッ!


ビィィーーーーッ!


ビィィーーーーッ!


「ふぇっ!?なに!?警報!?」


けたたましい警報の音に、夢の世界からカナタは叩き起こされる。

ユメでは対処出来ない事態が発生したという事だ。


旧式化したとはいえ、ユメは独自思考出来る人間らしい優秀な人工知能。

その彼女がカナタに助けを求めるとは、よほどの緊急事態である。


寝床から飛び起き、眠気を覚ますために乱暴に顔を洗う。

大急ぎで着替えて船橋へと走った。


「ユメ!何があったの!」

〈カナタ、あれを。〉


ユメは船橋前方の窓を指さす。

およそ宇宙空間には似つかわしくないものが、拡大されて映し出されていた。


先程まで近くにあった青色超巨星の直径が、五分の一にも満たない白く大きな体。


片側六つの瞳は何を見る。

抵抗する物なき宇宙を掻くヒレは何のため。

巨大な口が捕らえる獲物は、はたして存在するのか否か。


漆黒の海を悠々と泳ぐ姿は、あれが宇宙のことわりから外れた存在である事を示してた。


「なに、あれ・・・・・・。」

〈鯨です。〉

「それは見れば分かるよ!なんで宇宙空間に鯨がいるのかって事!」


あり得ない存在にカナタは驚愕する。

ユメも解析できない存在を表す言葉が存在せず、簡素な表現しか出来なかった。


「あんな巨大な物がこんな近くに来るまで分からなかったの!?」


思わずカナタは声を荒らげる。


かの鯨との距離は惑星系を一つ挟んだ程度。


宇宙においては超至近距離、目と鼻の先、額を突き合わせているレベルの距離だ。


〈突然姿を現しました。視認する直前まで、そこには何も存在しませんでした。〉


データ履歴が、ユメの報告を裏付ける。

それを確認し、カナタは一つの可能性に行き当たった。


「突然・・・・・・?まさか、亜空間航行?」


亜空間航行中はその存在が希薄となり、他者から観測されにくい。

だが、製造基準が存在するため、人類同士は互いの船を確認する事が出来る。


もし、我々以外に亜空間航行を行える者が存在するとしたら。

その存在を事前に検知する事は不可能だ。


過去に例の無い、驚異的事象である。


そして、それよりも何よりも。


かの鯨は、能動的に自らを亜空間へと潜り込ませていた、という事になる。

自我を持つ可能性があるのだ。


だがしかし、そんな事を考えている暇はない。


青色超巨星を蹴散らせるほど巨大なそれと比べると、カナタの乗る船は塵以下。

万が一にでも重力圏に引き込まれればどうなるか。


抵抗する事も出来ずに引き寄せられ、超重力に圧砕される未来が待っているだろう。


いや、それ以前に塵も残さず燃え尽きるはずだ。

かの鯨は青白く輝いている。

つまり、超高温なのだ。


となれば選択肢は一つしか存在しない。


「逃げるよ!機関全力、最大船速!」

〈了解。機関制御リミッター解放します。〉


船首を反転させ、その鯨を背にする。

機関がうなりを上げ、猛スピードで船が走り出した。


が。


「うっぐぁ!」


ガガン、という船の悲鳴と共にカナタの上体が前方に振られる。


乗り物が急停止した時のような、慣性の法則による自然な動き。

だが今、船を急停止させたりなど、するはずがない。


後ろから無理やり引っ張られたのだ。


それを行える相手は、現状一つしか存在しない。


「あの鯨、私達この船を認識して引力を向けてる!?そんな馬鹿な!」


カナタは、またも驚愕した。


重力圏に捉えられたのであれば、周囲の小惑星は鯨へ向かって引き寄せられていく。

だが、船の周りのそれらは微動だにしていない。


それはつまり、鯨が船だけに一点集中させて引力を生じさせている、という事だ。

能動的に捕まえにきているとすれば、これほどの脅威は存在しないだろう。


太陽に抱きしめられてハグされて喜ぶ人類などいるはずがない。


一歩近づかれたら燃え上がり、腕を背に回されただけで粉砕される。

抱きしめられたら超圧縮されて砂粒レベルにされてしまう。


幸いにしてまだ距離がある。

船の勢いが落ちたとはいえ、まだ前進出来ている。


逃げられる可能性は残っているのだ。


〈カナタ、亜空間航行を利用出来ないでしょうか。〉

「ダメ。あの鯨は亜空間を泳いで目の前に出て来た。」


ユメの提案にカナタは少し考え、それを否定した。


「亜空間にも引力を生じさせられるなら、潜った瞬間にグシャリ。」

〈逃げるつもりが一瞬で引き寄せられてしまう、と。〉

「多分。まあ、自分の命をチップにして分の悪い賭けは出来ないね。」


ははっ、とカナタは小さく笑った。


〈了解しました。船内機能を全て機関に集中させます。〉

「うん、お願い。私も頑張るよ。」

〈はい。それでは失礼します。〉


その言葉と共にユメは姿立体映像を消した。


「さぁて、やりますか!」


気合の言葉と共にカナタは決意を宿した瞳を光らせる。



高度に発展した技術は人と機械を繋いだ。


人は機械の力強さを得て、機械は人の柔軟性を得た。

二つの垣根は希薄となり、人は無意識下で機械を操作できるようになったのだ。


何のリソースも裂かずにそれが出来る。

ならば、人が機械の操作に集中したらどうなるのか。


人は機械の性能限界まで力を引き出せる。

機械は人の思考を得て、臨機応変に動くことが出来る。


人機一体。

未知が溢れる宇宙を進む人類の英知の結晶たる力だ。



船に搭載された十六基の機関が全力で稼働する。


フルスロットルで回転運動するそれが産み出す速度は、流星を置き去りにする程だ。


しかし、今は違う。


轟音を立てながらも、船は遅々として進まない。

先程見遣みやった小惑星はまだ隣にあるのだ。


機関全開の出力と白の鯨の引力。

二つの力によって前後に引かれる船が、ミシリ、ミシリ、と悲鳴を上げる。


だが、それにかまってなどいられない。


船体を守るために出力を下げれば、鯨の重力圏へ巻き込まれて圧砕される。

結局破壊されてしまうのだ。


ならば、船体が分断する可能性があったとしても、最期まで進むしかない。


「ふーっ!ふーっ!ふぅぅー・・・・・・っっ!!」


カナタの息が荒れる。


現在、彼女の全思考は船の操舵に向かっている。

人間が、一つの事柄に全力で集中できる時間はそう長くない。


だが、カナタはそれを続けている。


脳に強烈な負担をいながら。


体内の血液が沸騰するが如く、熱を持って体内を巡る。


額に血管が浮かび、目が充血していく。

尋常ではない血圧で細い血の管が裂け、鼻から一筋の血がしたたった。


全力で噛みしめた歯が、ぎりり、と音を立てる。

両の手はきつく握られ、爪がてのひらに食い込んだ。



鯨との綱引きをする事、おおよそ一時間。

遂にその戦いが決着する。


がくん、と船体が大きく揺れた。


次の瞬間、猛烈な速度で飛び出す。

その勢いにカナタは椅子に押し付けられた。


鯨の引力に打ち勝ったのだ。


だが、安心はできない。

そのままの速度で、可能な限り遠く、出来る限り鯨から距離を取る。


鯨の姿が小さな点となる程に離れた所でカナタは一つ、深く息を吐いた。


「はー・・・・・・・・・・・・っ。」


上体を椅子から起き上がらせた彼女は、滴った鼻血を手でぬぐう。

既に流れ落ちた赤の雫は、彼女の羽織る白のころもに染みを作っていた。


〈大丈夫ですか、カナタ。〉


機関制御に全力投球していたユメはその役目を終え、いつも通りに姿を現す。

満身創痍まんしんそういの主を心配そうに見ていた。


「ああ、うん。なんとかかんとか。あー、頭イタイ。」

〈休んでいて下さい。予定通り惑星系外基地へ向かいます。〉

「よろしくー。あー、うー、えー・・・・・・。」


ユメに航行を頼み、カナタは目を瞑って起こした上体を椅子に倒した。


脳の処理能力を限界まで使った事で思考能力が落ち、無意味に声を発する。

そうする事で脳を緩やかに元の状態に戻すのだ。


完全に無意識の動作である。


そんな事をしながらしばらく。

ようやく普通の状態に戻ったカナタは大きく伸びをした。


「よ-っし、復活!」

〈無理はしないで下さい。もうしばらくそのままで。〉

「はっはっは、ユメは心配性だなぁ。でもそうするよ、まだ少し頭が揺れてる。」


フラフラする自身の頭。

熱を測るように片手を額に当てる。


〈あの鯨は一体なんだったのでしょうか。〉

「んー、正直分かんない、って言うのが結論だけど・・・・・・。」


カナタは腕を組み、言葉を続けた。


「ねえユメ、あなた気付いた?あの鯨の周りにあったものに。」

〈あったもの、ですか?何も観測できていませんが。〉


船のデータを参照し、ユメは回答する。


「やっぱそうだよねぇ。いや、私見えたんだよ。頭をフルで使ってた時に。」

〈見えた?何をですか?〉

「鯨を中心に公転する惑星。多分大きさは巨星レベル。」


その時の光景を思い出しながらカナタは言った。


〈それほどの大きさであれば観測できるはずですが。〉

「うん。多分あれ全部、亜空間に沈んでるんだと思う。」

〈亜空間に、ですか。全部という事は複数あったのですか?〉


ユメの問いに、カナタは頷く。

そして、驚愕と恐怖を合わせた表情で口を開く。


「百六。」

〈?〉

「惑星の数。百六個。」

〈あり得ません。〉

「うん、あり得ない。でも鯨の存在自体あり得ない。」

〈それはそうですが。それだけの惑星があれば衝突してしまいます。〉

「そうだね。亜空間に沈んでなければね。」


少し笑いながらカナタは言った。


物理法則が半分無視される亜空間ならば、何が起きてもおかしくはない。

惑星同士が衝突する軌道でもすり抜ける事もあり得るだろう。


「言うなれば、あれは恒星鯨、って感じかなぁ?いやぁ、怖い怖い。」


あはは、と怖さを振り払うようにカナタは笑う。


〈鯨は何故、私達を引き寄せようとしたのでしょうか。〉


至極当然の疑問をユメが発する。

少し考えてから、カナタは彼女が思う答えを告げた。


「私達と同じじゃないかな?」

〈私達?カナタと私、ですか?〉

「うんにゃ、違う。人類だよ。人類の浪漫。」


ふらつく頭を横に振り、カナタはそう言った。

ユメはその言葉の意味が分からず、立体映像の首を傾げる。


「この宇宙に、自分たち以外の知性ある存在はいるのか、って奴。」

〈あの鯨も探している、と?〉

「そ。で、意思を持って飛び回ってそうなこの船に興味を持った。」

〈興味を持っただけにしては乱暴では?〉

「それは私達の物差しだよ。引っ張っただけで潰れるなんて鯨は知らないのさ。」


肩をすくめ、カナタは続ける。


「って考えると、私、人類で初めて知的生命体との邂逅かいこう者、って事になるのか!」

〈そうですね、データを提出しても信じてもらえるかは不明ですが。〉

「まぁ、なるようになるでしょ。宣伝になって仕事が増えそう、良い事だ。」


ははは、と気軽にカナタは笑う。

そんなお気楽な主を呆れた目で見ながら、ユメも少しだけ笑っていた。




鯨の夢と人の夢。

それが交わる時は、それほど遠くない未来なのかもしれない。

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