case.3 輝く青玉、散りばむ宝

水面が揺れる。


ばしゃり、と波が立ち、白の飛沫が宙を舞った。


水中を進む影が一つ。


「ぷっはぁ!」


長方形の水たまりの壁まで泳ぎ、カナタは水面から顔を出す。

へりを掴み、勢いよく水中から身体を脱出させた。


改装で撤去しなかった、レーンが十本ある五十メートルプールだ。

彼女一人で使うには、その空間はあまりにも広かった。


誰もいないプールの床にごろりと転がり、全身の力を抜く。

いい具合の疲れが身体の中心に染みていった。


〈だらしないのはいつも通りですが、せめてデッキチェアで休んで下さい。〉


彼女の顔を覗き込むようにユメ立体映像が現れる。

その目は、子供のような事をする主への呆れで満ちていた。


「いーじゃん、他に誰もいないし。素っ裸じゃないだけ良しとしてよー。」


カナタは転がって天井を見たまま不満を口にする。

その言葉の通り、彼女は黄色ストライブ柄の紺の競泳水着を着用していた。


返して言えば、誰もいないから素っ裸で泳ぐ事もある、という事なのだが。


〈プールを裸で泳ぐ変態が主とは。ああ、何と悲しい事でしょうか。〉

「こらこら!私を変質者扱いするな!」


聞き捨てならない言葉に、思わず起き上がってカナタは抗議する。


だが、そんな苦情はどこ吹く風。

ユメは今回の依頼を読み上げた。


〈依頼主の要望は、小惑星帯の発見とその採掘基地になる惑星の開拓です。〉


淡々とメッセージを読み上げるユメに不満げなカナタ。

溜め息一つをプールに置いて、更衣室へと歩み出す。


唯一の利用者がいなくなったプールには静寂が戻ったのだった。




船橋ブリッジにて、カナタは依頼主からのメッセージを確認する。


青色せいしょく超巨星ちょうきょせい小惑星帯アステロイドベルト、重力加速度が地球同等イチジーの近隣惑星かぁ。」


中々に厄介な要望にカナタは顎に手を当て、ううむ、とうなった。



青色超巨星とは、超高温で青白く燃える巨大な恒星である。


その大きさは太陽の数十倍以上。

その明るさは太陽の一万倍以上。


カナタ風に言えば、すんごい大きくて熱々でめっちゃ明るい、青白い恒星だ。



小惑星帯は、小惑星の公転軌道が集中している領域の事。

廻っているのは惑星未満の岩石などだ。


公転軌道は集中しているが、岩石が密集して航行を阻んでいる訳ではない。

小惑星同士は十分な間隔を保ったまま、いつかどこかへ旅立つ時を待っている。



そんな惑星系に存在する、地球と同じ重力の惑星を探せ、という依頼内容だ。



「まあ、地球と同じ環境を求められないだけマシか。」


カナタはそう言って、更に深く、身体を椅子に預ける。


〈今回も無理難題、でしょうか?〉

「んー、こないだの連星探しよりかは楽、かなぁ?難しいのは変わらないけど。」


ユメの問いかけに、カナタは腕を組み、目をつぶって答える。



太陽系においては火星と木星の間に存在する小惑星帯。

彼らがそこにいられるのは、太陽と引力で綱引きする存在のおかげだ。


そう、木星である。


青色超巨星はその大きさから分かる通り、巨大な質量を持つ恒星だ。


全ての物には互いが互いを引く力が存在する。

そしてその力は、質量が重ければ重いほど強くなるのだ。


つまり、青色超巨星の引力は太陽とは比べ物にならない程に強いのである。


かの恒星と綱引きする巨大な惑星が存在するのか。


これがまず第一段階。



巨大な惑星の重力は、確実に地球よりも強い。

青色超巨星と綱引き出来ているのだから、当然だ。


となると、それ以外に基地となる惑星が必要となる。


巨大惑星の内側に小惑星帯が存在する事になるわけだが、基地惑星はどこになるか。


青色超巨星は熱く明るい。

採掘基地をその近くに置くのは、機器への影響が心配される。


また、地表が燃えていたり、明るすぎる可能性も高い。

地球型惑星にする必要が無いとはいえ、開発の難易度は上がるだろう。


となれば、巨大惑星の外側にあるのが望ましい。

恒星から離れる事で暗く寒い環境とはなるが、難易度は低いはずだ。


安全第一、である。


これが第二段階だ。



小惑星帯の存在、その外側の巨大惑星とその更に外側を廻る地球と同程度の惑星。


三つの要素が存在する惑星系を発見しなければならないのだ。


「ま、とりあえず近場から探していきますかね。出発~!」


カナタは船を操り、未踏宇宙を突き進む。


進みながら視認できる範囲の星を解析していく。

白く輝く星を選び出し、それに向かって船を走らせた。



「ぬー、ここはダメだ。惑星が吞み込まれてる。」


惑星系を解析したところ、その青白く燃える星の周りに天体は存在しなかった。

元々存在していた惑星系は、爆発的に膨張した恒星に呑まれてしまったのだ。


まぶしく輝く巨大な星を遠目に、カナタは次なる星へとかじを取る。



「こっちは小惑星帯が無いかー。大きな惑星無いから仕方ないね。」


青色超巨星の周りを遠巻きに廻る三つの惑星、その大きさは全て地球程度。

引力綱引きで恒星と戦える者はいない。


それ故に小惑星帯を形成する事は無く、塵一つ無いような惑星系であった。



「お、良い感じ・・・・・・あ、ダメだ。採掘基地になる惑星が無いや。」


巨大な惑星の内側、その公転軌道には小惑星帯が形成されている。

だが、その惑星系には他の惑星が存在しなかった。


近くの惑星系も含め、地球同等重力の惑星は存在しない。

残念ながらこの場所も最適な候補とはならなかった。




そんなこんなで星を探して一週間。


お目当ての青色超巨星はいくつか見つかった。

だがそれらは、小惑星帯や採掘基地になる惑星が存在しない惑星系ばかり。


簡単にいかない事は分かっていたが、中々の難敵である。


「なか!なっか!上手くっ!いかない、ねっ!とぉっ!」


バスン、バスンとサンドバッグを殴り、蹴る。

打撃を受けたそれが音を立てて揺れ動いた。


未踏宇宙を進み続けている事で、船橋にいる時間が多い。

つまり、運動不足。


目的の物が中々見つからない。

つまり、欲求不満。


彼女がいるのは、やはり改装で撤去しなかったジム。

不足と不満を解消するために、サンドバッ君に犠牲になってもらっているのだ。


ピッタリと身体につくタイプのへそ出し半袖シャツとスポーツ用ハーフパンツ。

いつもの白衣姿と比べると随分と活動的な姿である。


大きく身体を回転させて、渾身の蹴りを叩き込む。

サンドバッグ哀れな犠牲者にそれがめり込み、の字に曲がった。


そこまでやって、ふう、と一息つく。

激しい運動にカナタは、身体中に玉の汗をかいていた。


〈気は済みましたか?〉

「まあまあ、かな?本当はアレサンドバッグを吹き飛ばしたいんだけど。」

〈片付けが面倒なのでこれ以上はやめて下さい。〉


冗談冗談、と笑う主を冷ややかな目でユメは見る。

以前本当に吹き飛ばし、ジムの中を滅茶苦茶にした事があるのだ。


ちなみに憂さ晴らしの犠牲になったサンドバッ君は十八人いる。

カナタは大量〇人鬼なのだ。


「さってと、お仕事に戻りますかー。今日はどっちに行こうかなっと。」


タオルで汗を拭き、カナタはシャワールームに向かう。


彼女が後にしたジムのリング。

そこには打ち壊されたスパーリングロボットがたたずんている。


首が九十度あらぬ方向に曲がった彼を哀れに思いながら、ユメは姿を消した。




適度な運動憂さ晴らしとシャワーによってスッキリした顔のカナタは仕事に取り掛かる。


ここ一週間、有人惑星や惑星系外基地からなるべく近い未踏宇宙を探索してきた。

だが発見には至っていない。


ならばもっと奥へと進むしかない、そうカナタは判断した。


奥へ奥へ。

新しき惑星系や未知なる恒星が存在する場所へと。


宇宙空間では非常に近い距離五十光年程度で、数百の恒星が集まる星団が広がっていた。


これだけの数があれば、どこかに条件に合致する惑星系が存在するだろう。


そう考えていないと、とてもじゃないが気が滅入めいる。

カナタは苦笑しながら手近な惑星系へと船を進めた。



どれだけ探しただろうか。

六十を超えた辺りで遂に目的の場所を見つけた。


「ぐっはぁ、ようやく見つけたぁ・・・・・・。さて、基地惑星の下処理しますかー。」


ポキポキと指を鳴らし、肩をグルグルと回して気合を入れる。


地球のような環境にする必要はない、という依頼。

ならば、彼女は何をする気なのか。


星を見つけた報告をするだけなら、彼女が探す必要はない。

惑星を基地として利用できる状態にする所まで、が依頼主の要望だ。


如何に青色超巨星が強力な熱と光を持つとしても限りがある。

遥かに遠い場所宇宙では至近距離を廻るその惑星は、極寒かつ暗黒の世界だ。


その地表に建物を造るのは現実的ではない。


ではどうするか。


吹きさらしでダメなら避難すればいい。

地下空間を利用するのだ。


だが都合よく、そんな地下空間がある惑星など存在しない。


無ければ作ればいい。


採掘基地を作るために惑星を掘るのだ。


「ふっふっふ、分子分解砲、起動!」

〈了解しました。安全装置セーフティを解除。分子分解砲、起動します。〉


カナタは、さながら軍艦を操る艦長が如く、右手を開いて勢いよく前方へと振る。

それを受けてユメは船の内部に搭載されたそれを起動させた。


がこん、という音と共に、船の前方が開く。

船体内部に搭載された、一門の大口径だいこうけい砲が姿を現した。



地球上で物体を破壊すると破片は飛び散り、その後に重力に従い、地面へと落ちる。


では、宇宙空間ではどうなるか。


破片は同じく飛び散る。

だが、宇宙空間に重力は存在しない。


破壊の衝撃そのままに宇宙空間へと飛び出してしまう。


何かの引力に引き寄せられるか、宇宙の果てまで飛んで行くか、どちらかだ。

どちらにせよ、途轍とてつもない速度で宇宙を進む弾丸となる。


どこかの宇宙船に当たれば損傷させる可能性があるのだ。

天文学的確率で、船外作業をしているどこかの誰かに当たれば言わずもがな。


そのため、破片を生じさせずに消滅させる技術を人類は作り出した。


それが分子分解。

物体の分子を切り離し、原子状態にして回収する技術だ。


惑星開拓において、惑星を削るための削岩機である。



船体を惑星に向け、照準を合わせるた。

設定深度を間違えると惑星の内部を傷付けてしまうため、カナタは慎重に設定する。


そして。


「いくぞ~、発射ぁーーーーっ!!」


カナタの掛け声と共に、砲が轟音と共に火を噴いた。


と、彼女は妄想するが、実際は無音。

ほぼ視認出来ない薄い光のような筋が伸びるだけである。


惑星表面が音もなく分解され、少しずつ削れて穴が出来ていく。

しばらく掘り進めたら一旦停止し、船を動かして別の場所も同じように掘る。


十分な数の大きな穴を掘ったら次の作業だ。


「さぁてと、ここからが面倒臭いのなんの。時間もかかるしー。」


船底のハッチが開き、船の二十分の一程度の大きさの作業艇が姿を現した。


その数、五隻。

それらは一斉に惑星へ向けて飛び立つ。


船橋の椅子に深く腰掛け、カナタはゆっくりと息をく。

五つのこぶねを操っているのは彼女なのだ。


そして船の処理能力、つまりユメの能力の一部をカナタが利用している。

この細かい作業は、言ってしまえば二人の共同作業である。


彼女が乗る船を経由して、五隻の作業艇へと指示を出す。

強力な通信能力で遠隔操作された艇は作業を開始した。


穴の中へと潜り、四本のアームに搭載された小型の分子分解装置を起動する。

岩石を分解破砕し、地表の下を這うようにどんどん掘り進んでいった。


まずは大穴同士を繋ぐメイン作業こうを形成。

続いてその通路から網の目状に掘削くっさくを行う。


道となる物をある程度掘ったら、次は居住や倉庫に使う空間を作る。


そんな繊細かつ困難な作業をおおよそ半月。

疲労困憊こんぱいとなりながらもカナタは惑星開拓をやり遂げた。


「ぶふぅーーーー・・・・・・、終わったぁ。終わったよぉ、ユメ褒めてー。」

〈よく頑張りました。依頼主に報告を入れておきます。〉

「お願いー・・・・・・死ぬぅ、寝るぅ・・・・・・。」

船橋ここで寝るのはやめて下さい。運ぶのが面倒です。〉

辛辣しんらつぅ・・・・・・疲れきった主を労われぇ。」


船橋の狭い椅子の上で右に左に転がりながら、ぐだぐだ文句を垂れるカナタ。

しかし、その抵抗は長くは続かなかった。


〈では運びます。先日カナタが破壊したスパーリングロボットで。〉

「え。」

〈制御装置が破壊されたので力の加減が出来ませんが、問題はありませんね。〉

「ちょ。」

〈では、お願いします。〉


船橋のドアが開き、がしゃん、がしゃん、と音を立てながら彼が現れる。


首があらぬ方向に曲がり、その目に赤い駆動ランプを光らせながら。


「・・・・・・。」

ガガ、ギギギ・・・・・・

「すんません、自分で行きます、はい。ごめんなさい。」

ピー・・・・・・


スパーリングロボットは呆れたように、電子音を船橋に響かせたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る