case.2 繋がり廻る太陽

「ここも違う、こっちもダメ、うーん。」


背もたれが大きく倒れたような形の椅子に深く掛け、カナタはうなっていた。


船橋ブリッジは、おおよそ彼女の身長の五倍はあろうかという高さとその倍の幅の空間。


彼女が掛ける椅子がその中心にポツンと一脚だけ置かれている。

前方は宇宙空間を見渡せる巨大な窓となっていた。


彼女はその窓を見ながら、いや、そこに表示された情報を見ながら悩んでいた。


「ユメ~、今回の依頼主クライアントの要望、もう一回確認~。」

〈何度目ですか。〉

「何か変わってないかなって。」

〈変わるわけがありません。〉


可能性の無い希望にすがるカナタをあきれた目でユメが見る。

め息の後に彼女は所有者の指示に応じた。


しゅう連星れんせい惑星である事。〉

「よし、それだけなら!」

〈ただし、恒星が三つ以上の連星である事を必須とする。〉

「まだ・・・・・・まだ大丈夫。」

〈なお、惑星環境は地球同等。特別な保護具宇宙服を必要としない環境である事を望む。〉

「むりー!!!!」


両手を振り上げ、カナタは声を上げた。




二つ以上の恒星が互いに結び付いて周っているものを連星と呼ぶ。

太陽系で言うなら、太陽が二つ以上存在する、という事だ。


連星に結び付く惑星の事を周連星惑星、つまり連星の周りを公転する惑星をいう。

太陽が二つ以上ある太陽系における地球や火星などである。


さて、ここで考えてみてほしい。


地球は太陽の引力の影響を受けて、一定の公転軌道に留まっている。

毎回ほぼ同じ場所を、太陽を中心として、くるくる回っているのだ。


では太陽が複数存在したら?


二重連星ではある程度安定するが、三重以上では公転軌道それが大きく乱れてしまう。

そしてそれは、惑星がその惑星系場所に留まり続けられない可能性にも繋がるのだ。


安定しない公転軌道上の惑星環境は言わずもがな。


恒星に近付けば、灼熱でも涼しい程の火の玉。

恒星から離れれば、極寒など生易しい程の冷凍庫。


そんな惑星系で、宇宙服を必要としない地球のような環境、という要望だ。


カナタが頭を抱えるのも、むべなるかな。

こういった、無理だろそれ、という依頼が飛んでくるのも惑星開拓の現場である。




この難題にカナタは立ち向かっていた。


船橋の窓は周囲の星系の情報を映し出している。

既に誰かによって遠距離から認識されているが、探査されていない星系たちだ。


だが、恒星の数については確定されている。

それ自体が光り輝いていて確認が容易なので、当たり前だ。


今回の依頼は恒星の数が重要な要素である。

表示情報だけで、既にその依頼内容をクリアしていない事が判明していた。


となると、選択肢は一つ。


「行きますか、未踏みとう宇宙!」


表示されていた星系情報が消え、巨大な窓が真っ暗な宇宙をそのまま映し出した。




漠然とだが、宇宙は記録されている。

宇宙はあまりにも広く、細かく管理するのはリソースの無駄と人類は判断したのだ。


その漠然とした記録の外側。

誰も進出していない場所。


それが未踏宇宙。


と言っても何か特別なものがあるわけではない。

物理法則も銀河も大差ない、同じ宇宙が続いているだけだ。


では、なぜそんな場所に惑星開拓技師のカナタが向かうのか。


それは彼女が、惑星技師ではなく、惑星技師だからだ。


指定された惑星を開発するのではない。

依頼主の希望する惑星を自ら探し、それを要望に合わせて造り変える。


それが惑星開拓だ。


そんな惑星開拓に従事するカナタは個人経営者である。


大手企業とは異なり、惑星発見と開拓を纏めても安く済ませる事が出来る。

だからこそ、今回のような特殊な依頼無理難題が舞い込んだりするのだ。




亜空間航行を実行した。


ぬるり、と空間の狭間へ潜り込む。

ほんの少し、身体の中のものが浮かぶような、重力から解放される感覚だ。


だがそれは一瞬。

周囲の物や自分自身が宙に浮かぶ、などという事は無い。


暗くはあっても輝く星々が見えていた宇宙。


だが今、カナタが見ている船橋の窓の向こうには何もない。

輝く星も、宇宙を流れる岩石の小惑星も、何も。


遮る物が何もないその場所で移動を開始した。


船の前方、カナタの見る先を中心に漆黒の空間が切り開かれ、流れていく。

視覚的には何も見えはしないが感覚的に分かるのだ、滑るように進んでいる、と。


古き人類が絶望した光年の壁をいとも簡単に超える。

母なる星地球から観測できる限界の距離も一瞬で駆け抜けた。


人類が到達した宇宙の外へと、カナタとユメは進んでいく。




桃色と青の色が綺麗に広がり。

星は輝き、小惑星帯アステロイドベルトがその光を受けてきらめく。


前人未踏の宇宙は楽園のような世界。


「なーんて事は無いんだよなぁ。いつも通りで安心するね!」

〈一人で何を言っているのですか。〉


冷静なユメの指摘にカナタは不満げだ。


通常は自動航行ユメ任せで問題は無いが、今回は未知の場所への旅。

カナタ自身が船を操舵そうだしている。


だが、彼女はただ座っているだけだ。


どういうことなのか。


技術は進化し、高度に発展した。

人間と機械、その接続を自然かつ容易に行う事を可能としたのである。


脳の信号を機械へ。

無意識下で負担なく、自在にそれを動かす。


今、カナタはそれを行ってるのだ。

軽口を叩きながらも船は彼女の思う通りに動いていく。


古き時代に海を走った船の操舵輪そうだりんは、既に不要となった遺物いぶつである。


「さて、滅多矢鱈めったやたらに探す訳にはいかないよね、っと。」


ぱちっ、とカナタは右目でウインク。

前方の窓が再び星の情報を映し出し、周囲の光を解析していく。


次々と目に見える光を解析していくが、その数は多い。

時間がかかるのはどうしようもない。


「ふーむ、お腹空いた。ご飯にしよう!」

〈はい、ご用意します。お食事部屋でよろしいですね?〉

「ノンノン。酒場!部屋、だよ?はい、もう一度。」

〈お食事部屋でよろしいですね?〉

「だーかーらー。」


カナタの抗議が面倒だと思ったのか、ユメはさっさと立体映像の姿を消す。

その行動にも苦情を入れながら、カナタは席を立った。




「本日のご飯はー?」


いつもの席に座り、カナタはユメに問う。


〈カナタが今、探している物を。〉


表情を変えずにユメは告げ、カナタは首を傾げる。

壁がスライドして開き、運搬機がそれを載せて登場した。


載せられた深さのある器は、ふちと底は白く、それ以外は赤い外見だ。


カナタの前に置かれたその器の中には、薄茶色の泉があった。


泉の中には黄色い麻糸あさいと、水面には薄黄色の細い生絹きぎぬ

薄切り丸太がその存在感を示し、中心に緑の彩りが添えられている。

そして。


「あー、そういう事。」


それをカナタは箸で一つ摘まみ、持ち上げる。


表面は茶色、中は白、そして中心は太陽を思わせる黄色おうしょく

半熟の煮卵だ。


彼女の前にあるのはラーメンであった。

煮卵は多めに二つ、両断されている事で四つの太陽が輝いていた。


いただきます、と一言告げるが早いか、摘ままれた太陽が口の中へ。

弾力がありながらも柔らかく、卵の良い旨味が広がった。


本物ではない模倣品の卵である。

だが、口の中に広がる旨味は本物だ。


麺をすすり、これまた模倣品の薄く切られた焼豚を頬張る。

薄く長い穂先メンマにかぶり付いた。


「あれ?メンマなんて積み込んでた?合成品?」


口の中の物を嚥下えんかして、カナタは傍に立つユメに顔を向けて問いかける。

ユメは少し誇らしげに立体映像の胸を張った。


〈野菜から食物繊維を取り出して合成しました。試行錯誤の結果です。〉

「おおー、凄い。そういう事が出来るのがユメらしいねぇ。」


拍手しながらカナタは感心の言葉を贈る。


ユメは人工知能。


彼女AI達には、禁止事項がいくつか設定されている。

その内の一つが、人間の許可を得ずに研究開発する事だ。


何故禁止されているのか。


彼女達が合理的すぎるからである。

必要と認識すればどんな物でも使用し、試してしまう。


そして今現在、マイナス宇宙から元素を取り出せる。

理論上はどんな物でも作れてしまう。


止める倫理を持たない人工知能主導の研究は危険すぎるのだ。

それ故に、人間の補助としての研究参加以上は認められていない。


だが、ユメは違う。


旧式化し、独自思考するという異常が発生していた彼女は廃棄される予定だった。


カナタは買い取った時点でそれに気付いたのである。

船の改造を手伝ってくれた友人と相談して悪ノリして、そのままにする事にしたのだ。


船体改修に伴うアップデートはしたものの、根本の異常は直さない。

そんな事をしたため、ユメは実に人工知能となったのである。


万が一も考えられるため、ネットワークへの常時接続リンクは念のため切っている。


良き隣人たる人工知能ユメの研究成果を堪能し、カナタは食欲を満たす。

そして再び、星探しへと戻るのだった。




船橋へと戻り、再び操縦席へと腰掛ける。

前方の窓には解析完了した恒星、惑星系の情報が表示されていた。


その一つ一つをカナタは確認していく。


窓に表示されている光、惑星系の数は百二十六。

その内、半分近くの六十八が連星であった。


「一つ一つ拡大して確認、っと。」


光の一つ一つを拡大し、確認していく。

六十八の連星の内、二十五が三重以上の連星である事が分かった。


「にじゅう、ご、か・・・・・・。一つ一つ調べるかぁ。」


恒星の数と異なり、その惑星系の状況は遠方からは分からない。

惑星を持たない恒星かもしれないのだ。


となると、その近くまで行って確認するしかない。

幸い、亜空間航行であっという間だ。


だが、二十五もあると流石に面倒である。


ぶつくさ言っていても始まらない。

カナタは近い恒星から順番に調査を開始した。



「三重連星だけど・・・・・・こりゃ駄目だ、惑星の公転軌道が遠すぎる。カッチコチ。」


三つの恒星が互いに干渉し合う。

それに紐づく惑星の公転軌道は大きく崩れ、遥か遠くを廻っていた。


遠すぎる事で惑星は熱を得られず凍り付く。

メタンやアンモニアすら凍り付くマイナス二百度の世界だ。


こんな所に人間を放り込んだら、一瞬で冷凍されて木っ端微塵。

候補にはなりえない。



「四重連星で公転軌道もマトモ、ってどう見てもこれは無理だ。真っ赤っか。」


四つの恒星は、偶然にも惑星系を安定化させている。

綺麗な軌道を描く小さめの惑星は、四つ分の太陽から熱を受けて燃えていた。


比喩ひゆではない、本当に燃えているのだ。

公転軌道はあまりにも恒星に近く、四つの熱源の影響を受け過ぎている。


惑星表面は真っ赤、一目で燃えているのが分かる程だ。



「七重連星。うーん、環境は良いのかなぁ?でも生身だと失明するね。」


七つの恒星は規則正しく、だが歪に廻る。

その恒星たちから離れた所に惑星が一つ。


環境は比較的安定しているようだが、問題は光だ。

多くの光源から光を受けて、本来輝かないその星がまばゆく輝いていた。


地表に降り立ったならば、強すぎる光に人間は視力を失ってしまうだろう。



「困った、あと一つしかないぞ・・・・・・?」


二十五の光を近い所から順番に調査し、あとは一番遠い所の一つだけ。


調べた二十四の惑星系で依頼主の要望に合致するものはない。

七重連星の失明する惑星が一番マシ、というレベルである。


これ以上面倒な事はしたくない、との祈りと共にカナタは亜空間航行を開始した。




そこは今まで見た事がない特殊な環境であった。


「うっわぁ、これは凄い。始めて見た。」


カナタは思わず感嘆の声を発する。

彼女の目に映るのは恒星。


その数はなんと、三十六。


互いが互いを引き付け、恒星は一定の軌道で廻っていた。

複数の恒星はそれぞれが太陽よりも大きく、一部はより高温でまばゆい。


多すぎる恒星の引力はかえって安定しているのか、惑星は安定して公転している。

水が液体で存在できる領域ハビタブルゾーン内に公転軌道を持つ惑星も存在した。


依頼主の要望に合致する環境である、と言えるだろう。


「んー、ちょっと外れてる・・・・・・?でも公転周期けっこう長そう?」


ハビタブルゾーン内の惑星に近付き、その特徴を確認する。


太陽系と比べると恒星からの距離はかなり遠い。

その影響なのか、恒星の周りを廻る速度公転周期も遅かった。


公転の予測を確認すると、一部ハビタブルゾーンから離れる時期がある。

その時期には惑星上は氷点下でも生温なまぬるい温度となるだろう。


しかしそれは大きな問題とはならない。

なぜなら。


「千年のうち五年位なら問題無い!うん、大丈夫!」


カナタは大きく頷く。


惑星が公転軌道を一周するのにかかる年数予測は、約千年。

そのうち、五年程度だけゾーン外へと飛び出すようだ。


十回人生を繰り返した時に遭遇する程度、今回の依頼達成には問題とはならない。


意気揚々とカナタは惑星開拓に着手したのだった。




〈依頼主から音声通信です。〉

「は?音声通信なんて珍しっ。船橋で受けるからちょっと待たせて。」


連星の依頼からおよそ一週間。

依頼主からの突然の通信にカナタは驚いていた。


通常、やり取りは文章メッセージが基本だ。

直接連絡をするのは余程よほどの緊急事態である。


自室でくつろいでいたカナタは大急ぎで白衣を羽織はおった。

船橋の操縦席に掛け、音声通信を繋ぐ。


その瞬間。


「素っっっっっ晴らしい!!!!!!!!!!!」

「うわっ!」


相手の大声が船橋に響き渡った。


「はっ!失礼、つい興奮してしまい・・・・・・。」


カナタの驚きの声に冷静さを取り戻したのか、相手の男性は謝罪した。


「い、いえいえ。何か問題でもございましたか?」

「問題なんて、そんな!有るわけがありませんよ!」


再び興奮し始めた男性は、問題があるのか無いのかよく分からない言葉を返す。

苦笑いしつつ、カナタは今回の通信の理由を確認した。


「問題は無い、んですね?では、通信の理由は・・・・・・?」

「直接お礼を申し上げたかった。恒星観測と研究を生業なりわいとする者として。」


男性は興奮を抑え、努めて冷静に言葉をつむぐ。


「三重以上の連星が存在する惑星系で地球のような惑星、無理難題でした。」


男性の言葉にカナタは内心、分かってたのかコノ野郎、と悪態をつく。

勿論、口に出すわけが無い。


「ですが、貴女は見つけてくれた。それも三十六連星なんて、素晴らしすぎる!」


音声だけの通信だが、その向こうの彼が手を組み、天を仰いでいるのが分かる。

仰ぎ見る先は、おそらく女神姿のカナタなのだろう。


「はっ!そ、それでですね。報酬に関してですが・・・・・・。」


カナタが苦笑いしているであろう事に気付き、男性は我に返る。

そして現実的な話に話題を変えた。




結果、報酬は六割増し。


カナタは船橋で勝利の雄たけびを上げたのだった。

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