第5話 リハーサル前 二 再びのざわめき

 うららと演出家の宮原一美みやはらかずみが話をしている。リハーサルまであと少しというところで、うららがもう一度、舞台監督の市原誠いちはらまことと助手の中宮和代なかみやかずよを呼んだ。二人はうららのところに行き時計を見ながら話をしている。何か予定外のことが起きているように伝わってくる。中宮が教室を出て行き、また台本を数冊持って来た『まだ誰か来るのだろうか?』出演者は全員、台本を持っている。中宮が台本を用意したということは誰かくるのだろう。そして、その人は台本を見ながら今日のリハーサルを見るということだ。ただリハーサルをしているところを見に来るという『お客さん的な人』ではない。舞台のストーリーをきちんと理解して細部を見るということだ。うらら晴美はるみに何か話している。

恵人けいとが良太と一緒に慈代やすよの隣でストレッチをしていると、玲奈がやってきた。良太が完全に舞い上がっているのが伝わってくる。

「どう? 調子は?」

玲奈が慈代やすよに話しかけてくる。

「まあまあです。まあまあというか、いつもと変わらない感じですね」

慈代が応える。

「そう。それはよかったわ。慈代ちゃんの演技楽しみにしてるから」

「そんな、それより、なんかあったんですか?」

「?」

玲奈が怪訝けげんな顔をする。

「いや、ごめんなさい。こっちの、演劇部の話かな。なんかうららが慌ててるみたいだったから」

慈代が玲奈と普通に話をしている姿を良太は口を開けて見ている。

玲奈が良太を見て、

「くち」

「へ?」

良太が間の抜けた返事をする。

玲奈が笑いながら、

「くち、開いてるよ」

と言って、良太のあごに人差し指を当て口を閉じさせてくれた。

玲奈に顎を触られた。良太は心臓が飛び出しそうになった。玲奈は良太に微笑んで、また、慈代の方に向く。

「演劇部というか……うちの劇団の人が来るみたい。時間は押さないように来るみたいだから、そこは迷惑かけずに時間通りにリハーサルができるようにね」

「へえ、なんだかたくさん来るんですね」

慈代の言葉に頷く玲奈。

慈代が思い出したように言う。

「あ、そうそう。この人、二年生の大島良太君って言うんですけど、玲奈さんのすごいファンなんですって」

良太は急に紹介され驚いた様子で、

「いや、その、そう、ファンです。玲奈さんの」

玲奈が笑いながら、

「そんなに緊張しなくても……」

慈代が続けて、

「玲奈さんのことすごく好きみたいですよ。ついさっきも『とても話しかけられません』って言ってたんですよ」

「ええ、そんなに? 緊張しないで、お話しましょうよ」

良太は完全に舞い上がっている。頷いているが、何を言っていいか、わからない状態になっている。

「練習が終わってからね」

玲奈は良太を軽くハグする。良太は、もう完全にトランス状態だ。玲奈は慈代と恵人の方に向き直り、

「慈代ちゃんと恵人君も、また、後で話したいことがあるから。なんか今日終わって、お食事行くって聞いたけど、私も参加させてもらっていいかしら?」

と言って微笑む。

「え、参加してくれるんですか? それは是非お願いします」

玲奈は慈代の言葉に頷き、前のテーブルの方に歩いて行った。


 そのとき、また再び廊下の方がざわつきだした。と同時に、また人が集まって来た。そして玲奈の時と同じく、人だかりができるのだが、サッと道を開ける様な形になり、その人々の間を通り抜ける様に、教室の入り口から男性と女性が入ってきた。一人は俳優の高橋剣たかはしけん。そして、もう一人は知らない女性だった。

高橋剣が入ってきたことに廊下にいる人だかりと教室にいる部員から歓声のような声が上がった。

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