第2話 リハーサル前の教室で ~

 慈代やすよ恵人けいとや他の三年生たちも昼食を済ませ練習場所の教室に向かう。少しずつ集まってくる部員たち。集まってきた部員で、三年生も一年生も関係なく、一緒に教室の机を移動させ床を掃除する。こういう作業は『後輩なんだから一年生がしなさい』というものではなく舞台に係わる者全員同じ立場で一緒に作業をする。こんな、ひと時で連帯感のようなものも生まれてくる。

 理由なく遅刻することは許されないが、きちんと連絡さえしておけば、そこも許される。好きでやっているからなのか、その辺は皆きちんと時間を守って行動する。

 教室は劇団の稽古場のように練習ができる空間に変わった。今日は演出の宮原一美みやはらかずみをはじめ、プロの音響スタッフ、照明スタッフの方や演劇部の道具班、衣装班、運営班の部員も舞台当日参加するものは全員が練習を見に来る。スタッフのために机と椅子を前に並べる。

部長の麗が運営スタッフに指示を出す。プロの先生方に出す飲み物などもきちんと準備しておく。そして、うららはしばらく運営班や道具班、衣装班のスタッフと話をした後、宮原一美を迎えに大学の正門に向かった。


 当たり前のことだが、こういう日でも周りの教室では別の部活やサークルがいつもと同じように教室を使って練習をしている。建物の別の教室から管弦楽団や吹奏楽部が練習している音楽が聞こえてくる。

 この建物の造りは階段教室ではない普通の大きい教室が多いことが理由なのか、いつも近くの教室を使って練習をしているのは競技ダンスのサークルである。休憩時間など、よく廊下で顔を合わせるので競技ダンスの学生とは仲が良い。以前、恵人が『社交ダンス』と言ったら『競技ダンス』だと訂正された。なので、それからは『競技ダンス』と言うことにしている。


 演出家の宮原一美みやはらかずみうららと一緒にやってきた。教室内にいた部員は皆「おはようございます」と元気に挨拶して出迎える。

 その後、桐原きりはらが出迎え、音響の竹内、照明の青野もそれぞれのスタッフと一緒にやってきた。二人は宮原と挨拶を交わした後、前の席に着いた。音響の竹内が晴美を呼んで何か話している。

 三年生の和美が二年生女子のエデル弥生に何か指示を出し弥生は他の二年生女子たちに何かを連絡していた。一年生女子も鹿島瑞葉かしまみずは木原芽衣きはらめいを中心に他の一年生たちと段取りを確認している。

 衣装班二年生の赤井裕子あかいゆうこが一年生の芽衣めいの衣装のすそを見ながらしきりに何かを確認している。裕子は衣装班のチーフである三上多香子みかみたかこのところに何か伝えに行った。

 道具班の二年生の永原君江ながはらきみえは一年生の青井照代あおいてるよ川本豪かわもとごうと一緒に小道具の入った箱を運んできて教室の入り口に準備した。

 皆一様にリハーサル前の確認に余念がない。雅也と清田は道具班の一年生と楽しそうに話をしている。


 渋谷駅のホームに一人の女性が現れた。ふわっとした白のセーターに黒のスリムなジーンズ。白のニット帽をかぶった女性は駅のホームでもひときわ目立っていた。

 すれ違う皆が振り返る。そんなたくさんの視線をまるで気にしていない様子で女性は改札を出て宮益坂の方に歩いて行った。

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