ミケ支店長風呂敷づつみを背負って乱入の件について。

 くまぱんちゃんの楽しいバカンスも、あっという間に3週間がすぎてしまいました。

 今日は、従兄のパニ先生とRホテルのレストランにおでかけです。先生の親友が遠路はるばるやって来たので、歓迎を兼ねてのランチ会というわけです。 


 Rホテルは、ドレスコードが世界一厳しい所のひとつ。

 カタカナのクマパンちゃんことパニ先生は、トレードマークの赤い蝶ネクタイで一分の隙もありません。

 ひらがなのくまパンちゃんも、珍しくジャケットにネクタイ姿。足元もいつものスニーカーではなく、革靴バルモラルです。とは言っても、全身パニ先生からの借り物で、先生より幾分背の高いくまぱんちゃんは少々窮屈そう。その上、慣れない場所にいささか緊張気味です。


 グランドピアノの生演奏が優雅に流れる中、タキシードに白手袋のウエイターがウエルカムシャンパンを注いでいると、「お連れさまがいらっしゃいました」の案内とともに現れたのは、なんと!




「ミ、ミ、ミ、ミケちゃん!!!」




 くまぱんちゃんは、レストラン中に響き渡る大声をあげました。


 確かに、ミケちゃんはパニ先生の大親友ではありますが……。

 それに、ミケちゃん、全くの普段着。風呂敷包みまでかついでいます。世界一厳しいドレスコード、どこいった……。


「な、な、な、なんでミケちゃんがここにいるの?! お店は? お菓子屋さんは?」


 狼狽うろたえるくまぱんちゃんを、ミケちゃんは睨みました。


「なんでって、こっちが訊きたい! くまぱんちゃんは楽しいバカンスの真っ最中なのに、なんで、あたしひとりがポツンと寂しくお店番してなきゃなんないの? お客さん、来ないのに! この3週間、あたし誰とも喋んなかったんだよ!」

「そ、そこまで言わなくても……ミケちゃん、支店長なんだし」

「くまぱんちゃんだって、支店長代理じゃないの!」


 オロオロのくまぱんちゃんの向かいで、パニ先生が悲しそうな顔をしています。

 パニ先生が猫のお菓子屋さん本店の隣でパン屋さんをしていたころは、あんなに繁盛していたのに…… 今やお菓子屋さんの存続は、明日とも知れぬ風前の灯。


 ミケちゃんは風呂敷包みをドカっと下ろして、くまぱんちゃんの隣にドスっと座りました。

「あ〜、長旅で、おなかペコペコ」


「ミケちゃん、ちっとも変わらないね」パニ先生は苦笑いです。


「おひさ、クマパンちゃん—— あっ、従兄弟ふたりともクマパンとくまぱんだから、ややこしいか。カタカナのクマパンちゃんは、今はパニ先生だよね。うん、パニ先生、あたしは変わんないけど、お店は変わったよ。ぜんぜん流行はやんなくなった」


 あっけらかんと言うミケちゃんに、くまぱんちゃんが焦っていると、パニ先生の携帯がなりました。どうやら研究室からの緊急連絡のようです。


「今、親友と食事中なんだが…… えっ?!」パニ先生の顔色がさぁっと変わりました。「警察が来てるって?…… 死体? 嘘だろ…… ああ、わかった。いや、従弟には関係ない。すぐに行く」

 パニ先生は通話を切って、立ち上がりました。

「研究室に至急行かなくてはならなくなった。ミケちゃん、悪いね。何年かぶりに会ったのに。ふたりはこのまま食事をして行ってくれ。くまぱん、ミケちゃんをよろしく頼む」


「うん、わかった」

 くまぱんちゃんは不安気に、パニ先生を見送ります。

「警察…… 従弟って、ぼくのことだよね。それに死体って……」


「パニ先生ひとりを、ほっぽっておくわけにもいかないし。うちらも行くか、助っ人だ」


 助っ人どころか、このふたりが顔を出すと、ややこしくなるのは火を見るよりも明らか。ここは言われた通りにおとなしくランチしていたほうが、周りの迷惑にならないというものです。

 しかし、ミケちゃんは「よいしょっ」と風呂敷包みを担ぎ上げるとレストランを出て、タクシーに乗り込みました。



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