手土産と謎の笑いと水玉の最近について。
お客さんが誰もいないお店に、ミケ支店長のタイピングの音だけがしています。
ひらがなのくまぱんちゃんことウルスス・マリティムス支店長代理は、売れ残りの一口アイス…… もとい、ボンボンショコラの一口アイスをクーラーバッグに詰め込みながら言いました。
「水玉猫って、このごろ何かと書き忘れが多いよね」(※前回参照のこと)
「酷暑続きだからね」ミケ支店長はPCから目も上げません。
「酷暑と言うより歳のせいだと思うけど、ぼくは」
おい、ひらがなのくまぱん!
そっちがそのつもりなら、水玉にだって考えがあるぞ。
「ミケちゃん、知ってる? 水玉猫、何をとち狂ったのか、最近大学生になったんだよ」
「大学生の最高年齢記録を更新するつもりなんじゃないの。それにしても、記憶力がマイナスのボケボケ頭が単位取れんのかね」
おい、喧嘩、売ってんのか。ミケもくまぱんも覚悟しておけよ!
「無理に決まってるよ。だってさ、ミケちゃんの企業秘密のことを、秘密兵器って、この間もSNSで間違えてたもの」
「ああ、あれ」ミケ支店長はやっとタイピングの手を止め、顔をあげました。「両方あんのよ。企業秘密と秘密兵器」
「えっ!?」
なんでふたつに増えたの?—— 喉元まで出かかった言葉を、くまぱんちゃんは呑み込みました。企業秘密だけでもじゅうぶんなのに、秘密兵器なんて耳にするだけでも怖いじゃないですか。
そんなものがなぜ増えたのか、いったいそれはなんなのか…… 怖くてとうてい聞けたもんじゃありません。世の中には知らない方が幸せなことって、けっこうたくさんあるのです。
「ぼく、帰る。どうせ、お客さん、来ないし」
そわそわとくまぱんちゃんがクーラーバッグを持って立ち上がると、ミケちゃんはギロっと睨みました。
「あっ、いや、その…… だって、ぼく、明日から1ヶ月間、バカンスだし…… ミケちゃんさっき、パニ先生への手土産にアイス、持って行って良いって言ったじゃないか」
そうなんです。明日から9月いっぱい待ちに待ったバカンスです。くまぱんちゃんは従兄のパニ先生と思いっきり遊び倒す予定です。せっかくの楽しい予定の前に、これ以上、不安材料を増やしたくありません。
なのに、またしてもミケちゃんは何も言わずに意味深にニヤリと笑っただけです。くまぱんちゃんの背筋がゾゾッと凍り付きました。
翌日の朝。くまぱんちゃんはボンボンショコラのクーラーバッグを抱え、空港に向かいながら決心しました。
「お店のことも、企業秘密と秘密兵器のことも、ミケちゃんの不気味な笑いも、みんな飛行機に乗る前に置いていくぞ! バカンスの間は何もかも忘れて遊ぶんだ!!」
しかし、そう易々と問屋が卸すはずはありません。
水玉は、ミケ支店長とくまぱんちゃんに「覚悟しておけ」と警告したはずです。
でも、まあ、楽しくはあると思いますけれどね。(誰が?)
暗雲立ち込めるかもしれないバカンスの行方——
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