【17】二人目の死者
どうやら、あのスライムは、窪地から出てまでこちらを追って来ようとはしなかったが、不安だったので距離を取る事にした。
我々は夜空の星を目印に南へと進路を取った。
そして、しばらく進むと、ザックが動けなくなった。彼は背中に酷い火傷をおっていて、熱も出ていた。にも関わらず、ランタンの明かりで照らされたその顔は亡霊のように青ざめていた。
彼は
あのときは、流石の私も女神に祈りを捧げたよ。
取り敢えず、なす術がないので、その日は、そこで夜を明かす事にした。
そして、次の日の朝、ザックがどうにか動ける程度に持ち直したので、我々は再び南を目指した。
◇ ◇ ◇
「……良かった」
サマラが口元を手で覆った。
すると、ガブリエラがつまらなそうに鼻を鳴らす。
「まあ、あのときは流石に参ったよ」
「……でも、最悪なのは荷物を奪われた事ね」
ティナが鹿爪らしい表情で言い、ガブリエラは頷く。
「そうだ。食料は五等分して、それぞれ管理していた。あの忌々しいスライムに襲われた事により、私、ユージン、ザックの分の食料が失くなった。ユージンの分は必要なくなったが、それでも二人分は……足りない」
「……じゃあ、どうしたの?」
ミルフィナの問いにガブリエラは答える。
「仕方がないから、ゾイルとスレイルの分の食料を再び四人で分けた」
「それで、持ったの? その港町まで」
ガブリエラは首を横に振る。
「持つか、持たないか、ではなく、持たせなければならなかった」
そこで彼女は再び遠い眼差しで過去を振り返る。
「……それから、どれくらい経っただろうか……兎も角、数日後の事だ。最悪な事が起こった」
◇ ◇ ◇
……まあ、最悪といったら、この戦が始まってからのすべてが最悪なのだが、それから起こった事は極めつけの最悪だった。
ただ、もうルーネイには、ずいぶんと近づいているはずだった。
しかし、どれだけ歩みを進めても、町の影すら窺えない。そうした現状と、これまでの過酷な道程が、我々の精神を
ザックはやはり背中の火傷が完治しておらず、かなりつらそうだった。上半身に巻いた包帯は傷口からにじみ出た
足取りは
目は虚ろになり、誰か知らない名前を呼んで、しきりに何もない空間に話し掛けるようになった。
その名前が、かつて隊にいた戦死者たちのものだとスレイルに教えてもらったときは流石の私も顔をしかめた。
ゾイルは血走った
スレイルと私は比較的まともだったが、もう時間の問題に思えた。私も彼もいつ狂気の底に転がり落ちるのか解らなかった。
もう食料はこの日の分と翌日の分しかない。水も残り少ない。水源になりそうな水溜まりもしばらく見ていない。
我々は、あと数日で町に着かなければならないところまで追い詰められていた。
……それで、その日の夜。飛ばされた砂が頬に当たるくらい風の強い晩だった。
風を凌げそうな大きな岩があったので、その陰で休む事にした。
革のマントにくるまって岩に背を預け、朝が来るまでじっと耐えようとした。
眠れなかった。
空腹と疲労が限界で、頭が休んでくれようとしなかった。
頭上を凄まじい速さで通り過ぎてゆく突風が、少し離れた地面の砂を舞いあげ、暗闇の彼方へと消えてゆく……その延々と繰り返される光景を私は、じっと眺めていた。すると、その向こう側から足音が微かに聞こえて来るではないか。
最初はいよいよ、私も狂気に取り憑かれたのかと、そう思った。幻聴ではないかと。
しかし、右隣にいたスレイルが「足音だ」と呟き、腰をおろしたままランタンを掲げた。
すると、その明かりに照らされた暗闇の向こうから何者かがやって来る。それもたくさん。
私とスレイルは腰を浮かせて膝を立て身構える。
私は長剣を。スレイルは弓を使うが、この強風では役に立たないと判断し、予備の剣鉈を腰のベルトに吊るした革鞘から抜いた。
ゾイルは訳の解らない怒声をあげて勢い良く立ちあがり、メイスを担ぎあげた。
しかし、ザックは何の武器も持たずにふらふらと立ちあがると、幽鬼のような笑みを浮かべて叫んだ。
「やっと着いた! 」
そう言い残し、迫り来る骸骨たちの元へと両腕を振りあげて駆けていった。
ゾイルが大声で「待て!」と制止して手を伸ばしたが届かなかった。ようやく助かったと思い込んだ事で最後の力を振り絞ったのか、ザックの動きは素早かった。
スレイルの「糞」という呟きが耳をついたと同時に、ザックがいちばん手前の骸骨に錆び付いたシミターで袈裟に斬り捨てられた。
それが戦闘の始まりだった。
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