【10】“ティナ”
まるで囚人のような生活を送っていたビリーだったけど、一週間に一回くらいの頻度でポーションの材料を取りにいかされるときだけは外に出る事ができた。
ポーションっていうのは、彼の母親が調合して村人に売っていた粗悪品で、値段は大して安くない癖に効果は半分以下だった。
それと、春から夏の終わり頃には
そう。
たぶん、身体を売ってたんだと思う。
その日も、昼間から特別な客が家にやって来た。周辺の村を回っている行商人の男で、いつもビリーの事をジロジロと嫌らしい目で見てきた。
男の事は大嫌いだったけど、そのときビリーは“ゴブリンの集団が使うサインに関する問題”を間違えて、いつも以上にこっぴどく怒られていた最中だった。だから、ほっと胸を撫で下ろしたんだって。
母親は怒鳴るのを止めて、気持ちの悪い猫なで声で男を玄関に出迎えた。代わりにそそくさとビリーを追い出して、玄関扉の取っ手に木の枝を紐で掛けて吊るした。
これは目印で、この木の枝が外されるまで、家には帰って来てはいけないという決まり事になっていた。
ビリーは仕方がないので、女の子の人形を持って、なるべく人目につかないように、西の村外れの森に向かった。
実はビリーにとって、夜より昼間に家の外へ出る方が嫌だった。
だって、明るいうちは外で遊んでいる他の子供たちに見つかってしまうから。そうなってしまえば、彼らに酷い目に合わされてしまう。ビリーは独りぼっちのいじめられっ子だったの。
その事を母親に相談しても、彼女は「……悔しかったら、偉い魔導師になってやり返してやりな」と言って、発破をかけるばかりだった。そう言われたときからビリーは諦めて、いじめっ子たちに見つからないようにするようになった。幸いビリーは、うまくいじめっ子から身を隠せてたみたいで、酷い事はされなくなったみたいだけど。
因みに村の他の大人も頼りにならなかった。彼らはビリーをいじめていた自分たちの子供の方が大切だったから。それに、ビリーと母親は村では鼻つまみものだった。
飲んだくれの余所者。
薄汚い売女とその子供。
子供たちのいじめには、いつも見て見ぬ振りをするばかりだった。
それで、ビリーが向かった西の森なんだけど、ときおり危険な魔物が出るっていう噂があった場所だった。だけど、子供はもちろん大人でもあまり近寄らず、ポーションの材料も豊富に採集できたから、ビリーにとっては天国のような場所だった。
村と森の境には大きな背の高い柵があったけど、この時はやせっぽちだったビリーになら潜り抜ける事ができる穴があった。
ビリーはいつも通り、その穴を誰にも見つからないように潜り、西の森へと向かったんだ。そこで、ウロのある
もちろん、人形は魔法の人形という訳じゃないから、言葉を返してくれる訳じゃない。
でも、東方には、こんな伝承があるわ。
“持ち主に大事にされた古い人形には魂が宿る”
そんな、根拠のない眉唾の迷信を信じて、彼はずっと人形に話し続けていた。
その日もビリーは、自分で考えた妄想の物語を人形に聞かせていた。
その話が結末を迎えると、今度は母親の事を愚痴り始めた。
まあ愚痴といっても、この頃のビリーは、まだ母親が大好きだったから可愛いものだった。
「……『賢者の塔』に入れたら、お母さんは優しくしてくれるかな? 褒めてくれるかな?」
何度も何度も人形相手に語り掛けた言葉だった。
いつもは答えなんて、とうぜん返ってこないけど、この日は違った。しゃがれた声がとつぜん聞こえてきた。
「……お前は身代わりだ」
ビリーはキョロキョロと辺りを見渡した。すると、また、その声が聞こえてきた。
「母さんの部屋のベッドの下の床……」
ビリーは、はっとした。
“
◇ ◇ ◇
「“ティナ”?」
ガブリエラが眉をひそめた。すると、ティナは苦笑する。
「そう。その人形、アタシの名前と同じなの。偶然ね。それがアタシとビリーが仲良くなった切っ掛けだったんだけど」
「ええ、キモくない? それ。ビリーって子は、あなたの事が好きだったんでしょ? 本当に偶然同じ名前だったの?」
ミルフィナが半笑いで問う。すると、ティナは眉を吊りあげる。
「だから、ビリーの事をバカにしないで! 本当に偶然よ。人形の事を“ティナ”って呼んで、それでアタシの方から気になって話し掛けたんだから!」
「ウチなら、そんな男に近寄りたくないわ。『賢者の塔』にいた頃のあなたって、よっぽど友だちいなかったのね」
「
ティナがミルフィナに怒鳴りつける。そこで、サマラがおずおずと話を促した。
「それで、どうしたの? そのビリーっていう子は」
ティナは不機嫌な顔のまま、おほんと咳払いを一つして話を再開した。
「……で、ビリーは“ティナ”の言っている事の意味が解らなくて、何度も聞き返したけど“ティナ”はもう何も答えてくれなかった。それで、山妖精に化かされたような心持ちで帰ってみると玄関の木の枝がなくなっていたから、そのまま家の中に入って、母親に
聞いてみたそうよ」
サマラが恐る恐る尋ねる。
「ど、どうだったの?」
「……母親に笑われたんだって。夢でも見たんじゃないのって」
ティナはそう言って肩を
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