【11】秘密の地下室


 ……それから数日後の深夜の事だった。

 勉強が終わり、蝋燭ろうそくの明かりを消して、ビリーはベッドに横になったんだけど、妙な胸騒ぎがして眠れなかったそうよ。

 “ティナ”を胸に抱えたまま、小声でずっと空想の王子様の話をしていたビリーは、ふと気がついたの。

 自分の部屋から居間へと続く扉の隙間。そこから明かりが漏れている事に。ビリーは“ティナ”を持ったままベッドから出て、そっと扉を開けた。すると、居間のテーブルで母親が突っ伏して寝ていた。

 母親はビリーが寝るぐらいの時間にリビングでお酒を飲んでいたんだけど、たまに部屋に帰らずに、酔い潰れてしまう事があったらしいの。

 そんなときはビリーが母親を起こして、彼女を部屋に連れて行って、後片付けをするんだけど、この日はそうしなかった。

 ビリーは居間にあった燭台を持って、そのまま母親を起こさずに、彼女の部屋へと向かった。

 もちろん、先日“ティナ”が言っていた“母さんの部屋のベッドの下”という言葉の意味を確かめる事だった。

 そっと音が立たないように扉を開けて、ビリーは母親の部屋に侵入した。扉をゆっくりと閉めて、ベッドまで歩み寄る。

 燭台の明かりで照らしながらベッドの下を覗き込む。初めは良く解らなかったけど、目を凝らしてみると、床に蓋と縄の取っ手があった。

 その縄の取っ手については、酔った母を部屋に連れてきたとき、ベッドの下からはみ出していたのを何となく見た覚えがあったんだって。

 ビリーは這いつくばって手を伸ばし、その取っ手をを掴んで手前に引いた。すると、その蓋がずれて縦穴が現れた。地下に梯子が続いている。

 ビリーはその梯子を降りていった。すると、底には大人が一人通れる程度の横穴が空いていて、その先にはベッドくらいの広さの狭い部屋があったんだって。

 そして、奥の岩壁をくり抜いてつくられた祭壇があって、そこには燭台と陶器の壺が置いてあった。

 その壺には蓋がしてあり、刻印があった。そこに記されていた文字は……。


 “ティナ”


 ◇ ◇ ◇


「……人形の名前と同じ」

 サマラが脅えた様子で言った。そして、ミルフィナが問う。

「……これも、偶然かしら?」

 ティナは首を横に振る。

「その辺りはアタシも不思議に思ったから、ビリーに聞いてみたの。そうしたら、どうもその女の子の人形の服には、元々“ティナ”っていう名前が刺繍してあったんだって」

「つまり、人形の名付け親は、元々はビリーの母親で、その名前は壺の刻印から取られたものだったと……」

 ガブリエラの言葉に頷くティナ。

 そこでミルフィナが再び質問を口にした。

「そもそも、その地下室は何だったの?」

「……ビリーの住んでいた地方では昔、今の教会によって激しい異教徒狩りが行われていたわ」

「ああ」

 ミルフィナは苦笑する。

 それは見た目以上の年月を生きている彼女が生まれるよりもずっと昔の話だった。因みにエルフも、その対象とされて理不尽に虐げられた過去がある。

「……たぶん、その地下室は異教徒たちの秘密の礼拝堂だったんでしょうね。ビリーの生まれた土地では、普通の古い民家の地下に、そうした部屋が残っている事は特に珍しくはなかったみたい。大抵は食糧の貯蔵庫にされているみたいだけど」

 ティナが博識なところを披露すると、ガブリエラが神妙な顔つきで口を開いた。

「……で、壺の中身は?」

 そして、ビリーの話を思い起こすかのように柔らかく目を瞑ったあと、再び語り出す。

「……中には何かの灰と、奇妙な塊が入っていた。ビリーには最初、それが何なのか解らなかった」


 ◇ ◇ ◇


 ビリーは、その塊をそっと壺から摘み出したわ。それは、ほんの少し力を入れるだけで崩れてしまいそうなぐらい、脆くて軽かった。

 ビリーはその塊を見つめ続けるうちに気がついたの。

 それが、動物の頭蓋骨の欠片だって。

 薄気味悪くなったビリーは、塊を急いで壺の中に戻して、元通り蓋を閉めた。そして、地下から母親の部屋まで上がったわ。

 それから、ベッドの下から這い出して、燭台を持って立ち上がったところで、部屋の扉が急に開いた。

 その向こうには寝ぼけた顔の母親が立っていたの。

 母親は欠伸をしたあと、いぶかしげな顔で言ったわ。

「……何だい、お前かい」

 ビリーは「お母さんを起こす前に、ベッドを整えようと思って」と言って誤魔化した。

 母親はそれで納得し、ビリーは自分の部屋に帰った。布団を被って眠りにつこうとしたけど、けっきょく一睡もできずに朝を迎えたんだって。


 ◇ ◇ ◇


「何だ、その壺は……邪悪な魔術の儀式か?」

 ガブリエラの胡乱うろんげな言葉にティナは首を横に振った。

「……東方のある地域では、死者を火葬して、その灰を壺に入れて祭壇に安置するという風習があるというわ」

 その言葉を聞いた他の三人は大きく目を見開いた。

 ミルフィナが声をあげる。

「じゃあ、壺に入っていたのは……」

 ティナが深々と頷いて言った。

「そう。人間の骨よ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る