【07】表の真相
「気づいた? 何にだ?」
ガブリエラが首を傾げた。
「……そのユリルさんが、何かをしたって事? 例えばミルフィナに呪いを掛けたとか」
そのサマラの言葉にミルフィナが答える。
「だから、ウチのママは、その手の呪いを感知するのが得意だって言ったじゃない」
「あ、そっか……」
と、サマラが恥ずかしそうに笑う。すると、そこで声をあげたのはティナであった。
「アタシは解ったわ」
そう言ってから人差し指を立てて解説を始める。
「……ミルフィナの話が事実だとするならば、鴉を見たのはすべて狩りに出た日よね?」
「そうね」とミルフィナ。
「それで、ユリルの水飲み場での行動……」
サマラとガブリエラは、まだ良く解っていないらしく怪訝そうな顔で首を捻っていた。ティナは得意気な顔で鼻を鳴らした。
「ホラ。もう簡単でしょ?」
「うーん……」
ガブリエラは眉間にしわを寄せて、しばらく悩んでいると「解らん……」と言って、しょんぼりした顔になる。
それを見たティナは盛大に吹き出した。
「まだ解らないのぉ? これだから脳筋は……」
「何だと!」
ガブリエラがいきり立ったところで、サマラが声をあげた。
「……私も解らない。ティナ。教えて?」
「しょーがないなー、もう……」
ティナが得意気な顔をした。しかし、先んじて真相を口にしたのはミルフィナだった。
「彼女の水筒よ。それがすべての原因」
「ちょっと! 先に言わないでよ!」
不満げなティナを無視してミルフィナは語る。
「ウチは思い出したの。ユリルは腰の瓢箪に入ったお茶をいつもウチに勧めてくれるけど、
「あ……」
サマラがはっとした顔で声をあげた。
「一服盛られてたって訳か」
そのガブリエラの言葉に、ミルフィナは神妙な表情で頷いた。
「……たぶん、遅効性の幻覚剤。自分が疑われないように、時間が経ってから効果が出るような」
「……何で、そんな」
悲しげなサマラの問い掛けに、ティナが鼻を鳴らした。
「……その元カレの事でミルフィナを怨んでいたんでしょ? その子」
ミルフィナはゆっくりと頷いた。
「……それで、けっきょく、どうしたんだ?」
ガブリエラに促され、ミルフィナは話を再開する。
「……それに気がついたウチは、急いでタジール先生の元へと向かったわ。そこで、信じられない話を耳にしたの」
◇ ◇ ◇
タジール先生の診察の結果は予想通りだった。
先生が言うには、
本来、そういう毒は臓物に影響を及ぼすんだけど、この森には遅れて精神に作用するものもあるみたい。
そういう茸の毒を特殊な方法で調合した幻覚剤だろうって話だった。
そして、その手の毒茸は、命に関わるくらい危険なものが多く、すぐに治療の必要があるとも言われてぞっとしたわ。
診療台で横になって、生命の精霊の力で体内の毒を浄化する力を高めてもらった。
それから、診療台の縁に腰をおろして、先生が
ホメロは、やっぱり死んでいて……その……あの……ホ、ホメロは自殺したみたい。ウ、ウチと別れてからすぐに。
『楓眸』から離れた人があまり寄り付かない場所で首を吊って……。
発見されたとき、鴉が……たくさんの鴉が木の枝にぶら下がっていた彼の事を……
ウチと別れてから、彼はずいぶん気落ちしていたみたいで……遺書とかはなかったんだけど……みんな、ウチのせいなんじゃないかって。
何で、ウチがその事を知らなかったのかって?
両親が気を使って『二つ葉陰』のみんなに黙っているように触れ回っていたみたい。
狩り場で会う『楓眸』の人たちは、わざわざ直接ウチにその話をしようとは思わなかった。
それなのに、ずっと陰で、こそこそと……こそこそと……エルフっていうのはみんなそう。だから、そんな所が、ウチは大嫌いなの。あの森が。
いや……たぶん、ウチも……意識的に彼の話を耳に入れないように遠ざけていたんだと思う。だって、狩り場で会った『楓眸』の人たちに「最近、ホメロはどうしてる?」ってたった一言尋ねれば、恐らく嫌々教えてくれたんじゃないかな。でもウチもそうしようとしなかった。
あの鴉の赤い瞳を見るまでは、彼の事なんか思い出そうともしなかった。
ウチも最低最悪のエルフ……。
それで、先生が言うには、ホメロには妹がいたみたい。それがユリル。
◇ ◇ ◇
「ユリルが何で今頃になって、ウチに復讐しようとしたのかは解らなかった。でも、ウチは取り敢えず、先生のところから帰ってから、手紙を書いた。ユリルに謝ろうと思って。もう一度、ちゃんと話合おうって……その手紙を森の中を廻っている行商に預けた」
ミルフィナが、そこまで一気に語り終える。他の三人は思った以上の重たい話に口を
しばしの沈黙を経たあと、ミルフィナが「ごめん」と困り顔で笑う。すると、ガブリエラが声をあげた。
「……鴉が薬のせいだったとして、お前は何で、そんな幻覚を見たんだろうな? 幻術でもないのに、薬を飲ました相手の幻覚を操作する事なんてできないだろう?」
この疑問に答えたのはティナだった。
「たぶんだけど、ミルフィナはホメロを忘れていたって言ってたけど、心の中では彼と別れた事に罪悪感を覚えていたのではないかしら? そういう無意識の記憶ってバカにできないものよ。もしかしたら、ホメロの末路をどこかで耳にしていたのかもね」
そう言って、ベッドの上で身を起こし、ミルフィナの方を向いた。
「……誰かが話しているのをたまたま聞いてしまったり……でも、あんたはたぶん、それを無理やり忘れて聞いていない事にした。それが幻覚という形で表の意識に現れたんじゃないかしら? だって、いくら周りが気を使っていたからって、五年も隣の集落の元カレが死んだ事を知らないだなんておかしいもの」
ミルフィナは大きく目を見開いたあと、肩を落として「そうだね……」とだけ答えた。
そこで、サマラが質問を発する。
「そのあと、ユリルから返事は来たの?」
「ううん。それっきり、ユリルとは会っていない。彼女は……その……離れた場所にある集落に引っ越したって、パパから聞いた」
「そうなんだ……」
サマラが残念そうに言う。すると、ガブリエラが淀んだ部屋の空気を入れ換えるように問うた。
「で、話はそれでおしまいか?」
「うん」
ミルフィナは疲れた様子で微笑んで頷いた。
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