【06】疑念
……それから、ウチは狩りに出掛ける事にした。何もしたくなかったけど、あえていつも通りの時間を過ごそうと思った。
魔法や呪いのせいではない。集落に並の魔物は入る事ができない。
それなら、おかしいのは自分自身。
その考えるまでもない結論を否定しようと必死だった。
だからこそ、普通に過ごそうと思った。ウチはこのとき、大嫌いだった代わり映えのしない日常にすがりついていた。それは、狂気のどん底に沈み掛けていたウチにとって、天から差し伸べられた救いの糸だった。
そうして、出掛けに居間を通り抜けようとしたら、パパの小声が聞こえてきた。どうやら、ウチの事を話しているらしい。居間に入る直前で立ち止まり、聞き耳を立てる事にした。
「……やっぱり、タジール先生に診せた方が」
タジール先生というのは『二つ葉陰』の
パパはウチの事を病気だと疑っているんだと知って、ますます気分が
「……そうねえ。
そこで、ウチが居間に入ると、二人は、はっとした顔になって、こっちを向いた。
ウチはさっきの会話の内容が何なのか……訊けなかった。訊くのが怖かった。
しばらく気まずい沈黙が流れて、ウチはそのまま家を出た。
頭の中では、さっきのパパとママの会話が何度も繰り返されていた。
“あんな事”って、いったい何なの……。
ウチはその疑問を置き去りにするかのように早足で集落の外に出た。
狩り場の小屋に着くと、何人かの狩人がいて、その中にユリルがいた。彼女の顔を見た瞬間、思わず涙が零れて……小屋の扉口で泣いてしまった。
他の狩人たちは、驚いた様子でウチの事を見てたけど、すぐにひそひそと小声で話し始めた。
ユリルは少し面食らった様子だったけど、すぐにウチのところへやってきて、いつものように腰の瓢箪を差し出しながら、心配そうな顔で優しい言葉を掛けてくれた。
ウチは涙をふいて、瓢箪の中のお茶を飲んで一息吐いた。
ユリルに連れられて小屋出ると、水飲み場になっていた近くの泉へと向かった。
幸い
ウチが畔の倒木に腰をおろすと、ユリルは泉の水で喉を潤してから隣に座って話を聞いてくれた。
でも、話が終わったとき、彼女の口から出た言葉は、ウチにとって優しいものじゃなかった。
「……それって、元カレさんに怨まれているんじゃないの?」
「怨まれてるだなんて……」
思ってもみなかった。だって、ホメロに別れを切り出したときも『そうか』って、たった一言だけ。それっきりだった。
ウチが目を丸くしていると、ユリルは深々と一つ頷いて言葉を続けた。
「目の赤い鴉なんて聞いた事がないし、それに鴉は、強い怨念を抱いた魂の成れの果てって言うじゃない」
それは、迷信でしょう……? そう言おうとしたけど、言葉が続かなかった。
変わりに、その質問が口を吐いた。
「じゃあ、ホメロはもう死んでいるって事?」
答えはなかった。しかし、このとき、ウチは強い確信を抱いた。理由は解らないけれど、もうホメロは死んでいる。それは、疑いようのない事実であると……。
震えるウチをそのままにして、ユリルは腰を浮かせ、泉の方へと近づいていった。そして、ゆったりと波打つ
「彼は、アナタに利用されたと感じた。アナタは、その人の事が別に好きでも何でもないのに、森の外に出るために利用しようとして彼に近づいた……」
それを知ったホメロはきっと、傷ついて死を選んだのだと。
ウチが「違う」と否定すると、ユリルはゆっくりと首を振って言葉を続けた。
「彼の持っていた過去見の玉を全部見終わって、彼から外の話を聞き終わって、もう彼の中にある欲しいものを全部搾り出したあと、最後に彼を自らの願望のために利用しようとした」
それを悟ったからこそ、ホメロはあなたの外に連れて行って欲しいという頼みを断ったのではないか?
その彼女の見解を否定しようとしたけれど、沈黙の魔法でも掛けられたみたいに口が動かなかった。
ユリルはウチの方に振り返って、まるで何かに取り憑かれたかのように言葉を続けた。
「でも、そんなに、この森が嫌なら何であなたは一人で出ていこうとしないの? 何で彼を頼ろうとしたの?」
「それは……」
ウチが森の外の事を何も知らないからだ。
独りで森の外で暮らしていける自身がなかったからだ。
そう説明すると、ユリルは普段とは別人のように笑った。
「……食うのに困ったら、身体でも売ればいい。彼を
ウチは何も言い返せなかった。
しばらく、ユリルは凍りついた表情でウチを睨みつけた。
その長い長い息の詰まるような沈黙が通り過ぎるまで堪えきれなかったウチは、慌てて立ちあがると地面に置いてあった荷物を掴んで逃げ出した。
走って、走って……いつの間にか集落の入り口まで辿り着いていた。息を荒げて四肢を突き、気分が落ち着いてくると、ウチはある事に気がついたの。
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