【01】四人の夜


 まず始めに文句を言ったのは、ティナ・オルステリアであった。

「……何で一緒の部屋なのよ!」

 ティナは頭の両側で自らの黒髪を結っていた髪飾りを外した。そのままベッドに身を投げ出して、天井を見あげながら頬を膨ませる。

 すると、その右隣からガブリエラ・ナイツの声が上がった。

「仕方がないだろう? 今のこの砦には近隣の町や村から逃げ伸びてきた人々で溢れ返っている。怪我人もいる。部屋の数が足りていないんだ」

 彼女はベッドの上であぐらをかいて、燃えるような赤髪をくしでとかしながら、手鏡を覗き込んでいた。

 その言葉に何事かを思い出した様子で、エルフ族特有の長耳をひくひくと動かしたのは、ガブリエラの右隣のベッドで寝そべるミルフィナ・ホークウインドであった。

「……そう言えば、サマラは?」

「ああ、あいつなら、いつものように怪我人の手当てに回ってる」

 ティナがそう答えると、ベッドに身を横たえていたミルフィナは横向きになって左肘を立てた。そのまま掌の上に頭を載せる。

「本当に良くやるわね」

「本当にな」

 と、ガブリエラが反応を示すと、同時に部屋の扉が開いた。三人の視線が、まるで腹を空かせた犬のように扉口へと集まる。

「……あ、えーっと……」

 サマラであった。どうやら怪我人の手当てが済んで戻ってきたらしい。

 室内の三人は扉のノブを掴んだまま気まずそうに笑う彼女の姿を見た途端、鼻白んだ様子で溜め息を吐いた。

 その反応に苦笑しながらサマラは部屋に入ると、ゆっくり扉を閉めて、室内に向き直る。

「ナッシュはその……これから、この砦の指揮官と今後の方針について会議だって。助言を求められたみたい」

 そう言って、サマラはミルフィナの左隣のベッドの縁に腰をおろすと、司祭冠を頭から外した。そして、長い黒髪を右手で軽くく。

「……朝まで掛かりそうだから、先に寝ててって」

 サマラがそう言うやいなや、ティナ、ミルフィナ、ガブリエラの顔が更に不機嫌そうに歪んだ。

「……指揮官って、あの女だよな」

 ガブリエラが舌打ちをした。

「まさか……」

 はっとした様子のティナ。そして、ミルフィナは苦笑しながら言う。

「……いやいや。だって、あの指揮官さん、けっこう歳いってるみたいだし、この前、戦死した騎士団長さんって彼女の旦那さんだったんでしょ? いくらナッシュが女好きだからって、まだ旦那を亡くしてすぐの未亡人に手を出す訳……」

「解らんぞ? ナッシュだぞ?」

 ガブリエラの言葉にティナが鼻を鳴らした。

「あー、ガブリエラって、ナッシュの事を信じてないんだ?」

「馬鹿が。さっき、サマラからナッシュの話を聞いた直後のお前の顔を鏡で見せてやりたかったが?」

「あ?」

 ティナがガブリエラを睨みつける。

 ガブリエラも手鏡から視線を外し、ティナを睨みつける。

「何だ? 何か言いたい事がありそうだな?」

 一触即発の空気が漂い始めた途端、ミルフィナが手を叩いて仲裁に入る。

「ほら、喧嘩しない。またナッシュに怒られるよ?」

 ぐうの音も出なくなるティナとガブリエラ。

 二人は「ふん」と互いに顔を背ける。

 そうして、しばらく気詰まりな沈黙が続いたあとだった。四人とも寝る体勢に入ったようなので、ミルフィナは燭台しょくだいの明かりを消そうとした。そして、両足をベッドの縁から出した瞬間、サマラが急にくすりと笑った。

 ミルフィナはサマラのベッドの方を振り向く。すると、彼女は仰向けになって天井を見つめながら、なぜか微笑んでいた。

「どうしたの?」

「うん」

 サマラはミルフィナに問われ、照れ臭そうに微笑む。

「何か、ナッシュ抜きで、この四人で一緒になる事って、あんまりなかったなって」

 その言葉にティナがつまらなそうな声をあげた。

「だから、何だって言うのよ?」

 サマラは気にした様子もなく首を横に振る。

「ううん……上手く言えないけど、このまま寝るのがちょっと勿体ないかな……」

 そう言って、彼女は寝返りを打ち、恥ずかしそうに三人に背を向ける。そして、空のままのナッシュのベッドを眺めながら呟く。

「何か、特別な夜かも……」

 ティナ、ガブリエラ、ミルフィナは、ナッシュに恋愛感情を抱いており、互いに牽制し合う仲だった。それゆえに、旅の途中や戦闘以外で、それぞれが共に行動する事は、ほとんどなかった。

「……そりゃ、別に仲良しって訳じゃないし」

 ティナが壁を見つめたまま、ぽつりと言葉を漏らした。

 すると、ミルフィナは得心した様子で「まあ、そうね」と頷き、ガブリエラが鼻を鳴らして笑った。

「この時間が勿体ないとは思わんが、私も寝れそうにないな。昼間の戦いの高ぶりが鎮まらない」

「はっ。じゃあ、朝まで恋の話でもする? 普通の女の子みたいに」

 そのティナの言葉を聞いたミルフィナが笑う。

「駄目よ。ウチたちが恋の話なんかしても、同じ人の話になるもの」

「それもそうだ」とガブリエラ。

 すると、ティナが寝返りを打って三人の方を向いた。その顔には皮肉めいた笑みが浮かんでいた。

「じゃあ、怖い話でもする?」

「はっ、馬鹿か……」

 と、笑い飛ばしたのはガブリエラだった。

「怖いものなんか今更あるのか? 常に死と隣合わせの旅路の途中だというのに」

 挑発的な物言いではあったが、ティナもこれに同意する。

「それもそうね。今日もあの毒竜どもを見たって、でかい蜥蜴とかげが空を飛んでるとしか思わなかったわ。もう色々と慣れちゃった」

 そして、いやに実感の籠った声音で付け足す。

「……本当に怖いものって、もうこの世にないんじゃないかな?」

 彼女たちは勇者パーティとして、様々な死線を潜り抜けてきた。

 今更、恐れるはずのものなど何もない。

 なぜなら彼女たちは、全世界の人々に恐怖をもたらし続ける魔王を倒す者たちなのだから。

 しかし、ミルフィナは違ったようだ。

「……ウチは、怖いもの、あるかも」

 その声は低く暗く、まるで墓場を彷徨う亡霊の囁きに思えた。とても冗談で言っているようには思えない。

 三人は驚いてベッドの縁に座ったまま、うつむくミルフィナの方を向いた。

 ティナが冗談めかした調子で言う。

「ねえ、“星落としの射手”が何を言ってるのよ? 今日だって、百発百中で毒竜を射殺してたクセに。そんなあなたが何を恐れているの?」

 ミルフィナは顔をあげて苦笑し、言葉を続ける。

「……ウチ、実は鴉が苦手なんだ」

「そうなんだ」

 サマラが意外そうに声をあげた。ティナも予想外だったようで目を丸くする。

「全然、気がつかなかった」

「あー、別にどうしても駄目っていう訳じゃないんだけど……ちょっとね、嫌な事を思い出しちゃって」

 ミルフィナが苦笑すると、ガブリエラが首を傾げながら問うた。

「嫌な事……?」

 すると、ミルフィナは少しの間、逡巡しゅんじゅんし、意を決した様子で話し始めた。

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