勇者のいない夜に ~ディオダディ砦の恐怖談義~
谷尾銀
【00】プロローグ
さる北方の王国で行われた戦闘は苛烈を極めた。
攻めいる魔王軍七魔将の“黒竜”ゴズモグ率いる毒竜軍団は国境付近の高原にて、守備側の王国軍と会戦した。
毒竜は三千。
対する王国軍は五万。
翼のある毒竜に対抗すべく弓兵や魔導兵を主力に構成された布陣に隙は見当たらない。
しかし、五万の精強な王国兵は瞬く間に死体の山へと生まれ変わる事となる。毒竜の鱗は並みの武器で掠り傷を負わせる事すら難しく、その
これにはなす術もなく、王国の兵士たちは、次々とその尊い命を散らせるのみであった。
とうぜん、この危険な“腐食の息”に対抗するために、不浄を退ける聖術の使い手たちを軍に帯同させてはいたが、出会い頭の奇襲により敢えなく全滅。これが勝負の明暗を分ける事となった。
毒竜軍団はそのまま付近の林や平原、村や町を焦土に変えながら、王国の重要防御拠点であるディオダディ砦へと迫る。
この砦は荒野に囲まれた丘陵地帯にあり、三万の兵士たちが防衛についていた。しかし、相手は五万の兵団を屠った化け物どもである。そして、漆黒の翼にて、高くそびえる城壁を軽々と飛び越えてくる。
砦には
だが、先の戦いの敗戦により、兵士たちの士気は見るも無惨なものとなっていた。そして、実際にそんな備えが何の足しにもならない事は誰の目から見ても明らかであった。
堅牢な砦の内部を支配するのは色濃い絶望。
しかし、この砦が破られてしまえば、確実に王都まで毒竜たちの侵攻を許してしまう事となる。そうなってしまえば、この国は地獄となる。
もはや、兵士たちはすべてを諦め、砦の内部にある礼拝堂に籠り、この世の
しかし、無慈悲な女神は沈黙を守り、その間に毒竜軍団は、砦の目と鼻の先にまで辿り着いていた。
着々と三千もの死の羽ばたきが無力な人間たちの元へと迫り来る。
誰もが全てを諦め、残酷な運命を受け入れようとした、そのときだった。
砦に迫る毒竜たちの前に立ちはだかる者たちがいた。
勇者ナッシュ・ロウと、その四人の仲間たちである。
魔王クシャナガンを討つべく“女神の選定”によって選ばれし英雄と、その仲間の美少女たちはまさに一騎当千であった。
しかし、三千の毒竜を率いるゴズモグは、鼻を鳴らして笑う。
たったの五人で何ができるというのか。このまま、勇者など腐肉に変えて、地面に全ての臓物をぶちまけてやろう。ゴズモグは自らの勝利を確信して疑わなかった。
だが、すぐにその見立てが間違いであったことに気がつく。
まず“星落としの射手”こと、ミルフィナ・ホークウインドが竜鱗より硬い
更に“全能の魔女”こと、ティナ・オルステリアが事前に仕込んでおいた無数の重量操作魔法陣を発動させ、残った毒竜たちを空から引きずり下ろし大地に縛りつける。
そして、その毒竜たちを狩るのは“血被り姫”こと、ガブリエラ・ナイツである。
彼女は毒竜の爪や牙にも負けぬほどの大剣と斧を二本の腕で軽々と振るい、
みるみる間に数を減らしてゆく毒竜たち。
普通であれば驚異となる腐食の息も、たちまち“清らかなる聖女”ことサマラの聖なる力により浄化されてしまう。
たった四人の少女により狩り尽くされんとする三千もの毒竜。
その冗談のような光景を後方の空から眺めていたゴズモグは、ようやく自分の見立てが甘かった事を悟った。
逃げるべきか。
しかし、撤退したところで、待っているのは破滅である。一度、手痛い敗北を喫した者には、二度と這い上がる事のできない深い奈落が待っている。最悪、死もあり得る。魔王軍は甘くない。
だが、勇者パーティの力は想像を遥かに超えている。どうするべきか……。
そんな迷いが、いつの間にか自らの頭上に集まっていた黒雲の存在に気がつくのを遅れさせた。
唐突にゴズモグの身体を穿ち、全身を駆け巡る聖なる雷の魔法。
彼の六対の翼は硬直し、その巨体は地面へと落下する。
衝撃と地響き。
すぐに長い首をもたげると、砂埃の向こうからやって来る男の姿が目に映る。
整った顔立ち。
左目の下に、縦に並んだ二つの
その端正な口元が、この世の中の誰よりも残酷に歪む。
「……雑魚の癖に、オイタが過ぎるぞ?」
「おっ、お前……」
勇者ナッシュ・ロウ。
その瞳から溢れんばかりの
「やっ……やめろ……やめてください……」
「もう命乞いかよ。つまんねえ」
ナッシュは腰の聖剣を抜いて
“黒竜”ゴズモグの断末魔が響き渡った。
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