第4話
迎えに来てくれた慎兄さんは濃い青色の車に乗っていた。二海兄さんが乗っているコンパクトカーと呼ばれるものより少しだけ大きい。車に詳しくない僕には種類なんてわからないけど、とにかく慎兄さんにぴったりでかっこいい車だなと思った。
そんな車の助手席に僕はいま乗っている。運転している慎兄さんが気になってチラチラ盗み見ていたら「本当に用事なかったの?」と聞かれてビクッと肩が震えてしまった。チラ見していたのがばれたのかと思って、慌てて「だ、大丈夫です」と前を向く。
「金曜日だから、てっきりデートとか入ってるんじゃないかと思ってたんだけど」
「で、デートなんて、そんなのないです」
そう答えたら、慎兄さんがちょっとだけ笑ったような気がした。どんな表情か気になって懲りずにチラチラ見ていると、僕の視線に気づいたのか流し目みたいな感じで僕に視線を向ける。
(か、かっこいい)
運転する姿も、そういう仕草もかっこよすぎて目眩がした。そんなかっこいい慎兄さんの隣に座れるなんて、年末の宝くじが当たるよりすごいことだ。
「てっきり彼女でもいるのかなと思ってたんだけど」
「い、いません!」
思わず大きな声で答えてしまった。これが二海兄さんの車なら賑やかな音楽で目立たないのに、静かな車内だと無駄に大きく聞こえて恥ずかしくなる。
「そっか。何度二海に聞いても教えてくれなくてさ」
「え? 二海兄さんが何て、」
「でも三春くんかわいいから、すぐに恋人なんてできそうだけど」
「か、かわいいって……」
「あ、男にかわいいはナシか」
慌てて首を横に振った。兄さんたちに言われると微妙な気持ちになるけど、慎兄さんに言われるのは悪くない。というより慎兄さんになら何を言われても嬉しくなる。
「店で借りてる駐車場、ちょっと離れてるから先に店の前で下ろすね」
「あ、はい」
そういって車が止まったのは、あのお洒落な美容院の前だった。僕が下りるとかっこいい車が音を立てずに去って行く。すっかり暗くなった中、小さくなっていく車のライトを見送ってから改めてお店を見た。
今日は臨時休業とかでブラインドが下りているから中の様子はわからない。それなのに美容院に来ることになったのは、少しだけ伸びた髪の毛が気になると慎兄さんが言ったからだ。
(僕は全然気にならないけど、やっぱり美容師だからかな)
都会でヘアメイクなんてすごい仕事をしていたくらいだから、ちょっと伸びただけでも気になるのかもしれない。そんなすごい人にタダで切ってもらってもいいんだろうか。
(「俺が気になってるだけだから」って言ってたけど、本当にいいのかな)
それに、この前も割引券より安くしてもらったばかりだ。「ほかのお客さんには内緒だよ?」なんて口に人差し指を当てながら小声で言う慎兄さんがかっこよすぎて、一瞬だけ気が遠くなったのを覚えている。そのせいで遠慮するのを忘れてしまった。
(内緒だよって言った慎兄さん、かっこよかったなぁ)
人差し指を口に当てながらニコッて笑った顔を思い出したら、一気に顔が熱くなった。慌てて手でパタパタ顔を扇いでいたら「お待たせ」とかっこいい声が聞こえてきてドキッとする。振り返るとモデルにしか見えない慎兄さんが立っていて、暗い中でもスポットライトが当たっているみたいに僕には眩しく見えた。
そのせいか前回以上に緊張しながら誰もいないお店の中に入る。
「あの、本当にいいんですか?」
「うん?」
「だって今日はお店休みだし、それにお金も……」
「俺が勝手に気にしてるだけだから気にしないで。それに三春くんは俺につき合わされてるだけだしね?」
「つき合わされてるなんて、そ、そんなこと思ってません」
「あはは。三春くんは相変わらずいい子だなぁ」
頭をポンと撫でられて顔から火が出るかと思った。若干挙動不審になりながら、前回と同じようにマントみたいなものを羽織ってからお洒落な椅子に座る。
(うぅ……静かすぎてますます緊張する)
前回は音楽が流れていたし、ほかのお客さんやお店の人たちの話し声がしていた。でも今日は二人きりだからお店の中はシーンとしている。そのせいで呼吸する音さえも聞こえそうな気がしてますます緊張した。そんな僕の後ろで、慎兄さんがカミソリみたいなもので毛先をシュッシュッと切っている。
心地いい音を聞きながらそうっと鏡越しに慎兄さんを見た。真剣な眼差しはやっぱりかっこいい。長くて器用な指が僕の髪に触っているのが見えるだけで顔が熱くなった。その指がたまに耳や首に触れるだけでドキッとして体が跳ねそうになる。
(落ち着け……落ち着け……)
きっと二人きりというのがよくないんだ。この前も緊張したけど人がいたからかここまでじゃなかった。それなのに今日は二人きりだからか慎兄さんのことを変に意識してしまう。
(そりゃあ好きな人と二人きりなんて緊張するに決まってる。って、僕の気持ち、ばれないようにしないと)
それに変なことも言わないようにしないといけない。これ以上子どもっぽいところを見られるのは恥ずかしいし嫌だった。
「はい、終わり。……うん、これで半月はもつかな」
鏡を持った慎兄さんが「後ろ、すっきりしたよ」と言って合わせ鏡にして見せてくれた。たしかにすっきりしたような気もするけど、元々自分の髪型に無頓着だからかよくわからない。それよりも僕を見ながら微笑んでいる鏡の中の慎兄さんのほうが気になって、自分の髪の毛なんてそっちのけで慎兄さんばかり見ていた。
「じゃ、ちょっと待ってて」
「はい」
マントみたいなものを取ると、床に散らばっている髪の毛をホウキで集め始めた。本当は手伝ったほうがいいんだろうけど、普段ほとんど掃除をしない僕では邪魔になるような気がして声をかけられない。
「やっぱり僕って駄目だな」としょげながらソファで待っていると、「お待たせ」と言って慎兄さんが店の奥から戻って来た。慌てて立ち上がろうとしたタイミングでピロンと着信音が鳴る。
「おっと、ちょっとごめんね」
鳴ったのは慎兄さんのスマホだった。レジのほうに歩いて行きながらズボンの後ろポケットからスマホを取り出している。そのまま画面を見ているということは、届いたメッセージに返信をしているのかもしれない。
(慎兄さんのほうこそ恋人とかいないのかな)
背中までかっこいい慎兄さんを見ながらそう思ったら、違う意味でドキッとした。
慎兄さんはこんなにかっこいいんだから恋人がいてもおかしくない。都会にいたときもモテただろうし、そういえば高校生のときは二海兄さんみたいなファンクラブもあったと聞いている。
(きっと恋人がいないときなんてないんだろうな)
慎兄さんくらいかっこいいなら恋人の一人や二人……って、さすがに二人は駄目か。でもファンならたくさんいそうな気がする。そういう僕だってファンみたいなものだ。
幼稚園生のときは単純に優しくてかっこいい慎兄さんが大好きなだけだった。小学校に入ったくらいから、そこに「特別に好きな人」という気持ちが加わった。それが片思いだと気づいたのは二年生か三年生のときだ。
あれからずっと、僕は慎兄さんのことがずっと好きだ。もちろん恋愛的な意味で好きだと自覚している。それでも告白したいと思ったことは一度もないし。遠くから眺めているだけで満足だった。そういう意味では僕もファンみたいなもので、ファンならこの先ずっと好きでいても許される気がする。
それに慎兄さんはいまでも二海兄さんと仲がいいから、こんなふうにおまけで近づくこともできる。それだけで贅沢だと思わないとバチが当たりそうな気がした。
「ごめんね」
慎兄さんの声にハッとして、どうしてかドキッとした。「ごめんね」って、もしかして……。
「ついでにこのゴミもまとめてくるから、もう少し待っててくれる?」
そう言った慎兄さんの手にはレジの近くに置いてあったゴミ箱があった。きっと僕の髪の毛と一緒にゴミ袋にまとめるんだろう。
「はい、大丈夫です」
一瞬「用事が入ったから」と言われるのかと思った。さっきのメッセージが彼女からのもので、このあと会うことになったから……そう言われるんじゃないかと思ってしまった。
(……僕、なんか変だ)
たったいま「ファンのままで十分だ」と思ったばかりなのに、慎兄さんに恋人がいるかもと思っただけで胸が痛くなる。いまだけじゃない。慎兄さんに初めて髪の毛を切ってもらってからずっと変なんだ。
ご飯を食べるときも寝る前も、いつだって慎兄さんのことばかり考えてしまう。髪の毛を洗うときなんて指の感触まで思い出すくらいで、鏡で自分の髪を見るだけでドキドキした。それどころか耳や肩に触れたときの感触を思い出しては体がウズウズしてしまう。
(こんなことが知られたら、きっと慎兄さんに引かれてしまう)
それどころか嫌われてしまうかもしれない。僕みたいな冴えない奴に、しかも男に十年以上も思われているなんて絶対に気持ち悪がられる。
(せめて僕がちゃんとした大人だったらよかったのに)
僕は何の取り柄もやりたいこともない、実家に居候しているだけのどうしようもない男だ。こんな僕がお洒落でかっこいい慎兄さんを小さいときからずっと好きだなんて、そんなのどう考えても気持ち悪い。
「三春くん、どうかした?」
「え……?」
顔を上げたら、自分のコートと僕のパーカーを腕にかけた慎兄さんがすぐ側に立っていた。
「何だか顔色が悪いよ?」
「あの、」
「このあと一緒に夕飯でも食べようかと思ってたんだけど、やめとく?」
「ええと……」
心配そうな顔をしている慎兄さんが僕の足の側にしゃがみ込んだ。そうしてソファに座ったままの僕の頬を指でするりと撫でる。まさかそんなことをされるなんて思っていなかった僕は、驚きすぎて手を避けるように体を引いてしまった。
すると心配そうな表情をしていた慎兄さんの顔が、すぐさま困惑したような顔に変わる。
「あの、僕、」
「もしかして、俺に触れられるの嫌だった?」
「あ……」
すぐにでも「そんなことありません!」と言いたかった。それなのに「僕の気持ちを知られるわけにはいかない」と思ったせいで言葉が詰まってしまう。一度詰まると何も出てこなくなって、ますますどうしていいかわからなくなった。
「そっか。それならメッセージなんて送ってくれるはずはないか」
今度は寂しそうな顔になった。「そうじゃない」と言いたいのに、やっぱり言葉が出てこない。
メッセージを送れなかったのは何て送ればいいかわからなかったからだ。ああでもない、こうでもないと考えすぎて、気がついたら何日も経ってしまっていた。
一週間が過ぎた頃、「髪を切ってくれてありがとうございます」でよかったんだと気がついた。それなら変じゃないしお礼を言うこともできる。だけど一週間も経ってからお礼を言うのは変だと思って、結局何も送ることができないままになってしまった。
「それじゃ今日も無理して付き合わせちゃったってことか。気がつかなくてごめんね」
かっこいい顔が寂しそうに笑っている。
(……そんな顔しないで)
かっこいい慎兄さんに、そんな悲しそうな顔は似合わない。そんな顔を僕がさせているんだと思ったら、それだけで自分が嫌いになりそうだった。
「家まで送ってあげるよ。車取ってくるからちょっと待ってて」
「違うんです!」
パーカーを手渡してくれた慎兄さんの左手を慌てて掴んだ。やっぱりちゃんと言わないとまた後悔する。片思いがばれてしまうかもしれないけど、それよりも慎兄さんを傷つけたままじゃ駄目だという気持ちのほうが勝った。
「違うんです! メッセージは、何て送ったらいいかわからなかっただけなんです。毎日何て送ろうか考えたけど難しくて、そしたら一週間経ってて、余計に何を送っていいかわからなくなっただけで!」
「三春くん?」と少し驚いた慎兄さんに、それでも僕は言葉を続けた。
「それに! 慎兄さんに触られたくないとか、そんなこと絶対にないです! 今日だって切ってもらってすごく嬉しかったし、この前はシャンプーとかマッサージとかまでしてもらって、すごくすっごく! 嬉しかったです!」
だからそんな悲しそうな顔をしないでほしい。そう思いながら必死に口を動かした。
僕の様子に驚いたような顔をしていた慎兄さんは「そっか」と言ってニコッと微笑んでくれた。それにホッとしつつ、とんでもないことを言ってしまったと今更ながら後悔する。恥ずかしいやら怖いやら、頭も心も一気にぐちゃっと潰れたようになった。慌てて掴んでいた手を離そうとしたものの、逆に引き留めるように握られてしまった。
「よかった。もしかして嫌われたんじゃないかと思って不安だったんだ」
「き、嫌うなんて、そんなこと絶対にないですっ」
「あはは、そっか。それならよかった」
よかったなんて、それこそ僕のセリフだ。僕が慎兄さんを嫌っているなんて誤解されたままだったら、きっと今夜から違った意味で僕は眠れなくなっていただろう。
「じつはちょっとだけ期待してたんだ」
僕の右手を掴んだまま慎兄さんがそんなことを言い出した。
「三春くんに好きだって言われたのは幼稚園生のときだったし、もう十年以上も前だ。それでもやっぱり期待してた。そんな昔の言葉にすがるなんて自分でもどうかしてると思うけどね」
「あの……?」
「それもこれも何も教えようとしない二海のせいなんだけど」
「二海兄さんが、どうかしたんですか?」
僕の質問に「何でもないよ」と微笑んだ慎兄さんに顔がカッと熱くなる。思わず視線を逸らせると「もう一度聞くけど」と声がした。
「三春くん、恋人はいないんだよね?」
チラッと顔を見てからこくりと頷く。
「もしかして好きな人はいる?」
まるで「俺以外に好きな人はいる?」と言っているように聞こえて慌てて「そんな人、いません!」と答えた。僕は昔からずっと慎兄さんが好きだ。その気持ちは嘘じゃないと言いたくて、つい言葉を続けてしまった。
「僕はずっと慎兄さんが好きだったし、いまだって慎兄さんしか好きじゃないです! ……って、あの、」
自分が余計なことを言ったことに気がついた。しかもずっと好きだったなんて、絶対に気持ち悪がられる。急いで言い繕わなければとわかっているのに、頭がグルグルして言い訳すら思い浮かばない。
「そっか。あのときもだけど、やっぱりいまも嬉しいな」
「……え?」
いま「嬉しい」って聞こえた気がする。聞き間違いかと思って慎兄さんを見つめた。
「もしかしてそうかなと期待はしてたんだけど、それでも三春くんの口から聞きたかった。それでちょっと意地悪したというか……ははっ、そっか、俺しか好きじゃないのか」
「それは……っ」
「あれ? もしかして気を遣って言ってくれただけ?」
「違います! 僕は慎兄さんしかずっと好きじゃないです! って、ええと、これはその、」
どうしよう。話せば話すほど余計なことを言ってしまう。どうしていいのかわからなくなって俯いた僕に、慎兄さんが「やっぱりかわいいなぁ」なんて言いながら笑う。
「こんなにかわいいから、てっきりもう誰かのお手つきになったかと思っていたんだけど……いや、二海たちが目を光らせてるから、そんなことはあり得ないか」
「え……?」
「何でもないよ」
顔を上げた僕に慎兄さんがニコッと微笑みかけた。それを正面から見てしまった僕が「ひえぇ」と目を瞑ると、するっと頬を撫でられる。
(な、なに? え? どういうこと?)
驚いて目を開くと慎兄さんがじっと僕を見ていた。あまりの目力に俯くことも目を瞑ることもできない。まるで見つめ合っているような状況に段々と顔が熱くなる。思わず変な声が出そうになり、慌てて唇をキュッと噛んだ。すると「やっぱり三春くんはかわいい」と言って、頬をスリスリ撫でていた慎兄さんの手が右の頬を包み込むように動きを止める。
「すごくかわいい」
とんでもなくいい声でそんなことを言うから耳まで熱くなってきた。いま口を開いたら変な声が出そうな気がしてますます唇を強く噛み締める。
そんな僕に「かわいい」と笑った慎兄さんの手が少しだけ動いた。手のひらを頬に当てたまま親指で鼻の頭を撫でられる。その指がゆっくり動いて、今度は噛み締めている唇を撫で始めた。触られた瞬間、首のあたりがぞわっとしてびっくりする。
「あの、慎、兄さん、」
「どうしたんですか」と聞きたかったのに、また唇を撫でられて言葉が続かない。しゃべりかけた唇は少しだけ開いていて、そんな下唇を慎兄さんの親指が撫でた。そのとき爪の先が前歯にコツンと当たって、今度は首だけじゃなく背中までぞわっとする。
「俺に触られるのは嫌じゃない?」
「いや、じゃ、ない、です」
答えている間も親指が唇を撫でるから、うまくしゃべることができない。それでもちゃんと返事をしたくて必死に唇を動かした。
「じゃあ、触られるのは好き?」
「ええ、と、」
一瞬、何て答えればいいのか迷った。触られるのは嫌じゃない。髪を切ってもらったときも、こうして触られるのも嫌だなんて思わない。それどころかもっと触ってほしいとさえ思っている。
(でも、そんなこと言ったらきっと気持ち悪がられる)
だからといって嘘は言いたくなかった。何て返事をすればいいかわからなくて、口をほんの少し開けたまま視線をウロウロさせる。
「ね、好き?」
「好き」という言葉に顔がカァァァと熱くなった。触られるのが好きかと聞かれているだけなのに、まるで慎兄さん自身を好きか尋ねられている気がして体中がそわそわする。
僕は緊張で唇が震えるのを感じながら「す」と唇を突き出した。そうしたらまた親指で唇を撫でられて首筋がゾクゾクする。それでも僕は口を閉じなかった。最後までちゃんと言葉にしたくて「き」と唇を横に広げる。すると爪の先がまたコツンと歯に当たって目が回りそうになった。
「じゃあ、俺のことは好き?」
「え……?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。慌てて視線を向けると微笑んでいる慎兄さんと目が合う。その瞬間、体の中を電気みたいなものが走り抜けたような気がした。
慎兄さんの顔はいつもどおりかっこいい。でも、それだけじゃない気がする。うまく言えないけど、いつもよりグッと色気が増しているように見えた。初めて見る慎兄さんの雰囲気に戸惑いながらも「こういう顔も好きだな」と胸がきゅんとなる。
(そうだ、僕はずっと慎兄さんが好きなんだ)
でも、素直にそう答えていいのかわからない。幼稚園生のときからずっと好きだったなんて気持ち悪がられたりしないだろうか。
(それに僕はこんな田舎者だし、全然大人になってないし)
そんな僕に好きだと言われたら迷惑じゃないだろうか。そう思いながらも慎兄さんが好きだという気持ちがどんどん膨れ上がっていく。
「ね、好き?」
もう一度尋ねられた瞬間、好きだという気持ちがパン! と弾けた気がした。体中から好きという気持ちが勢いよく飛び出す。その中でも一番強い気持ちがお腹の奥から喉を駆け上がった。
「す、好きですっ」
気がついたらそう答えていた。言った途端に心臓がドクンドクンとうるさくなる。これ以上恥ずかしい顔を見られたくなくて俯いた僕の耳に「俺も好きだよ」という慎兄さんの声が聞こえた気がした。
(ぇ……?)
さすがにいまのは聞き間違いに違いない。頭がグルグルしているから都合がいい空耳が聞こえたんだ。
それでもほんの少し期待して視線を上げた。するとキラキラした笑顔の慎兄さんが僕を見ていた。その顔を見ただけで、ますます心臓がドクンドクンとうるさくなる。
(か、かっこよすぎて気絶しそう)
もしかしたら、すでに気絶しているのかもしれない。だから都合がいい空耳が聞こえたのかもしれない。
「夕飯だけど、俺の部屋で食べようか」
そう言った慎兄さんが、手を当てているのとは反対側の頬にチュッとキスをした。一瞬何をされたのかわからなかった僕は、キスだと気づいた途端に茹でダコのように全身が真っ赤になるのがわかった。
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