ブラック
星影雪吹
第1話
読者の皆さんは、ブラックサンタを知っているだろうか。ブラックサンタとは、ドイツの伝承『クネヒト・ループレヒト』、黒ずくめで悪い子を懲らしめるサンタクロースの事だ。地域によって異なるが、悪い子を誘拐したり、灰や棒などプレゼントと呼べないようなものを配る。
この話の主人公もブラックサンタと呼ばれる男だ。しかし、彼は殺し屋だ。毎年クリスマスのときのみ殺しを行う、正体不明の殺し屋。
これは、ある聖夜に起きた、黒く紅い涙の物語。
部屋の真ん中で光輝くクリスマスツリー。フローリングに滴る血液。その二つが、この広い室内で水と油のように溶けることなく、それぞれ違う空気を出している。
つけっぱなしのテレビから聞こえる談笑。両親の姿を見て泣きじゃくる子供の嗚咽。その二つが、暖かくも凍てつく空間の中で、不協和音を奏でている。
コツンコツン。
俺はわざと足音を立てながら、鳴き声をあげている子供に近づく。俺は子供の額にピストルを突きつけ、引き金を引いた。
「わりぃな、坊や。目撃者は皆殺しにしないといけないんだ。」
俺は家を出ると、路肩に止めた車に乗り込み即座に発車させた。今夜はクリスマス。人々にとって家族や恋人と過ごす、年に一度の祭。例年通り、夜の闇がなくなっている。
ブラックサンタ。それが俺の呼び名だ。クリスマス限定の殺し屋。いつもは、ごく普通の会社員として人波に紛れている。そのため、クリスマスのみの仕事にしている。
今日も依頼がたくさん入っている。ターゲットは有名な政治家や、警察の長官、財閥一家など、どれもが金持ちのボンボン。なぜならば、俺はそういう依頼しか受けつけないからだ。幸せなくせに他人を陥れる奴らを排除するため、俺は年に一度この仕事をしている。
そんなことをしているうちに、ターゲットの家についたようだ。俺は愛用のマシンガンを手に取り、屋敷に足を踏み入れた。
現在時刻、午前二時。
やっと全ての依頼を片付けることができた。今年は、いつもより多かったし。
「ねぇ、お兄さん。」
車に乗り込もうとすると、ふいに足元から声をかけられた。声の主は、コンクリートの壁にもたれかかつている痩せた少女だった。
「お兄さんもしかして、ブラックサンタ?」
驚いた。まさか、一人の少女に見破られるとは思ってなかった。いや、落ち着け。確かに、俺は今返り血を浴びているし、腰に拳銃がぶら下がっている。どこからどう見ても、殺し屋だ。
「ああ、そうだ。」
「やっぱり!」
彼女は何故か嬉しそうだ。ふつう、殺人鬼に出くわしたら怖がると思うが…
「あのさ、殺人を依頼したいんだけどいいかな?」
なるほど。だから喜んでいたのか。
「まあ、いいけど」
普段の俺なら絶対に断っていただろう。しかし、今の俺は何だか機嫌がよかった。
「で? 誰を殺したいんだ?」
「僕」
彼女は自分に指を差した。
「……自殺の手伝いをする気はない。」
上がっていたテンションが、飛行機が落下するようにゼロに近づいていく。
「ちょ、待ってよ!なんで。なんで?」
「元々俺は、お前のような貧乏人は殺さないことにしている。ターゲットになるのは、世間的に地位の高い奴らだ。」
「それなら、僕もターゲットになれるよ! こう見えて、元社長令嬢なんだから。」
その後、彼女は今まで自分の身に起こったことを簡潔に説明した。彼女はある製薬会社の社長の娘だった。数年前、その製薬会社の社長ご夫妻が暗殺されたことがニュースで報じられていた。まさしく、殺したのは俺だ。製薬会社は大手企業に買収され、彼女は追い出されたらしい。
「僕の両親を殺したのは、ブラックサンタさんでしょ? だから、僕も殺してほしくて。」
「そうか。それなら殺すが、いいのか?」
「何が?」
「やり残したこととか、なにか未練とか。」
「そんなのないよ。どうせ、出来やしないし。」
俺は、彼女の額に拳銃を当てる。
「なら、殺るぞ。」
彼女は目をつぶり、引き金が引かれるのを今か今かとワクワクして待っている。
すると、俺の頭にとある疑問が浮かんだ。
本当に彼女は死んでいいのか?
彼女の両親を殺し、彼女を絶望に落としたのは俺だ。だから、俺はその責任を取るべきなのじゃないのか。
やめろ。違う。そんなことはない。彼女は死ぬことを望んでいる。だから、殺すのが正解じゃないか。
「ねえ、まだ?」
引き金を引かなければ。これ以上待たせる訳にはいかない。これは依頼なのだ。遂行しなければ……。
「無理だ。」
えっ、と彼女が目を見開く。
「お前はまだ、死んでいい人間じゃない。」
俺は、彼女の目を真っ直ぐに見つめる。
「生きろ。」
彼女はまだ目を開いたままだ。しばらく見つめていると、諦めたようにふっと顔を緩めた。
「わかったよ。死ぬのは諦める。その代わり、私を生きたいって思えさせてよ。」
彼女は口を尖らせていう。
「ああ。もちろん。」
俺は笑って頷く。
彼女が一瞬、昔の自分に見えたのは気のせいじゃないだろう。
ブラック 星影雪吹 @ho-shi-yu-ki
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