おまけの20の裏 観客のいないプレリュード

「私はやっぱり治療ですかね!? 結界と迷いましたけど、聖女的には治療がいいと思うのですが、どうですか? アキト様!」


「うん、いいんじゃない」


 力の女神を名乗りださなくてよかった。

 そもそも、聖女だったという意識がかろうじて残っていただけでも、褒めてやるべきだ。


「私はやっぱり鍛冶だな。これくらいしか取り柄もねえし」


「いや、ノーラはかわいいし、優しいし、子ども好きだし、育てるのも上手だし、取り柄しかないよ」


「う、うるせえな! いいんだよ、鍛冶の女神で!」


 まあ、それが一番しっくりくるけど、育児の女神とかでも違和感ないんだけどなあ。

 ドワーフとしてはやっぱり、他の名よりも鍛冶の神を名乗るのが一番ということか。


「うう、ノーラさんはいいですね。私なんて戦いしか能がないので物騒な女神として語り継がれそうです」


「異世界は特に戦う力が必要だから、いろんな種族から信仰されるんじゃない?」


「そうでしょうか……? いっそ、殺戮の女神とかにするべきでは……」


「物騒だからやめたほうがいいと思う……」


 しばらく悩んでいたけど、フィオは結局戦闘の女神で落ち着いたようだ。

 戦争の言い間違いとかじゃないだろうな?


「わ、私が女神なんて恐れ多いのですが……それも、自分で何を象徴するか決めるだなんて……」


 わかる。小市民なのに、なにかを司れと言われても、何も出てこないよね。

 いっそ、矮小の男神とかにしようと思ったし。


「ルチアさんなら自然とか魔法とか、イメージできそうなものあると思うんですけどね?」


「私なんかがそんなふうに名乗ってご迷惑ではないでしょうか?」


「ルチアならどんな女神になっても、真面目に職務をまっとうできるだろうから大丈夫だよ」


「は、はい……」


「色欲の女神じゃ」


「むっつりの女神ですね」


 さっきまでルチアの味方だったはずのアリシアが、なぜかシルビアと一緒にルチアをいじめている。

 この子、女神になってもほんと意味わかんない……。


「ルピナスは、お家の女神とかです……?」


「それだとかわいすぎやしねえか? 建造の女神とかにしたらどうだ?」


「それにするです!」


 まだ俺たちの世界にいた頃、一部ではルピナスをそう呼ぶ声もあったからな。

 ルピナスにぴったりな異名ともいえるだろう。


「ルピナスの魔法もすごいからなあ」


「えっへんです。アキトさん、頭なでてもいいですよ?」


「はいはい」


 最近わかってきた。頭をなでる時間が短すぎると物足りなさそうにされる。しかし、長すぎると残りの六人が順番待ちの列を作る。

 たから、この程度で切り上げるのが最適なのだ。

 ほら、ルピナス一人をなでるだけで終わった。


「むぅ、出遅れたか。まあよい、時間はいくらでもあるからのう。さて……妾はどうするべきか」


「シルビアは荒れた土地を魔法で森にしたりできるから、そういう感じの女神を名乗れば?」


「う~む、さすがにソラ殿を差し置いて森の女神を名乗るのはのう……」


「私なら気にしていませんが」


「妾が気にする」


 たしかに、森のイメージの一つは俺たちの故郷の禁域の森だもんなあ。

 あそこはソラの森だから、森の女神を名乗りにくいって気持はよく分かる。

 ソラの森だよ。断じて森の王は俺じゃないから。


「それなら、豊穣とかはどうですか?」


「う~む、妾には似合わんのではないか?」


「そんなことありませんよ。シルビアさんが名乗るなら誰も文句は言わないと思います」


 ルチアの提案に恥ずかしそうではあるが、シルビアはその名を名乗ることにするようだ。

 これからは、森を出現させるあの魔法がさらにすごいことになりそうだな。


「それで、ソラ殿はどうするんじゃ? さっきから、考えておらんようじゃが」


「ええ、私は考える必要はありません」


 相変わらず小さな身体のソラが俺に抱きついてきた。

 なんなら、犬のときより小さいからな。今ではすんなりと受け止められる。

 そして、そのまま俺に頭をなでるように催促して口を開く。

 というか、抜け目ないな。ルピナスだけでなく、ちゃんと自分をなでさせている。


「旦那様が決めてください」


「ええ!?」


「私の名前も旦那様が決めてくれたのですから、私がなんの女神になるかも決めてほしいのです」


 またそういう俺の苦手な分野を……。

 ああでも一つ思いついていることがある。

 それのために森に縛られ、自らを犠牲にしたというのに、誰にもその功績を知られなかった。

 そんなの俺は納得していない。

 だから、君にはこの名前がふさわしいと思うんだ。


「秩序の女神ソラ」


 その言葉にソラは少しだけ驚いていたが、また俺に甘えるように顔をすりつけてくるのだった。


「う~、私もアキト様につけてもらえばよかったです」


「これが正妻の貫禄……」


    ◇


「これが神をも滅ぼす武器! 伝説の剣なのですね!」


 最初に動いたのは、一見すると線の細い非力な少女だった。

 彼女はその見た目とは正反対ともいえる行動力で、ドワーフの少年から剣をひったくると、走り去ろうとしてしまう。


「これがあれば神も殺せるのか! よしっ、今すぐに神へ挑むとしよう!」


 それに続いたのは獅子の獣人の男性であり、彼もまたドワーフの少年から大剣を奪うようにして走り出す。


「待って! 待ってよ! 神は殺せないし、なんでそもそも神に挑もうとしてるのさ!」


 なんとか、二人が遥か彼方に行く前に、ドワーフの少年は彼らを止めることに成功した。

 意味がわからない。自分たちは世界の脅威である魔王を打倒するための集まりだったはずだ。


 それがどうして、神殺しなんて偉業への挑戦になっているのか。

 そもそも、自分が信仰する鍛冶の女神様に反旗を翻るなんて本気でやめてほしい。

 暴走する人間と獣人を見て、ドワーフの少年は種族の差による思考の違いに挫けそうだった。


「一応言っておきますが、私は彼らのような愉快な考えは持ち合わせてはいませんので、一緒にしないでくださいね?」


 エルフの青年は、勢いだけで生きている人間と獣人に呆れながら、魔法の杖を手にした。


「これは……完璧な魔力伝導率ですね。ドワーフの作った杖はこうも凄まじいものなのですか」


「あ、それは、エルフの魔法の知識と研究資料があったからこそです。僕たちだけではとてもそこまで魔力に精通していないので」


「私たちの知識が役に立てたのであればなによりです。過ちの王の罪ともいえる研究成果が、こうして世界の救済に役立つのであれば、先祖たちの無念も少しは晴らせるでしょう」


 それで犠牲者が帰ってくるわけではない。死に価値を見出すのは、生者の傲慢かもしれない。

 だが、エルフの青年は、それでも犠牲者たちの死には意味があったと思いたかった。


「それも、ここで魔王を倒せなかったら全て台なしね。せいぜい歴史に名を残す大活躍をしてあげようじゃない」


 竜の特徴を持つ少女が手甲を身につけ決意を表明する。

 竜人とも呼ばれる姿になれるのは、彼女が古竜と呼ばれる竜種の中でも、特に強者である証明にほかならない。


 最後にドワーフの少年は、ハンマーを手にした。

 普段鍛冶に使っている物ではない。魔王を倒す武器にしては無骨だが、これでいい。

 結局自分にはこれを振るうのが一番性に合っているのだから。


 願わくば、これを武器とするなんて似合わないことはこれで終わりにしたい。

 魔王を倒し、世界が平和になってもまだ武器作りかと呆れられながら、ハンマーを一日中叩き続けたい。

 そんな日のために、少年は仲間とともに魔王へと挑むのだった。


「治療の女神アリシア様! 私に魔王に傷つけられた者たちを癒やす力を与えてください!」


「戦闘の女神フィオ様! 俺に魔王を倒す力をくれ!」


「魔法の女神ルチア様。私たちの行いを見守っていてください」


「豊穣の女神シルビア様。魔王に害された世界に再び実りを」


「鍛冶の女神ノーラ様。僕たちの……いいえ、僕の武器で必ず世界を救ってみせます」


 それは種族の垣根をこえて共に打倒魔王を志した、後に英雄と呼ばれる者たちが、反撃に転じる前夜の出来事だった。

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