おまけの20 神々の昼下がり

「本当に手出ししちゃいけないんですか?」


「そうですね……交流するようになったとはいえ、神と無関係の問題に手出しするわけにはいかないんです」


「でも、このままだと他の種族たちが……」


「基準が決められています。たしかに他の種族すべてを壊滅にするようであれば、世界の危機として私たちも介入できます。ですが、今のところあくまでも種族間の争いです。神がどちらかに肩入れするのは不公平なことなんです……」


 先輩の言うことも十分わかる。

 わかるんだけど……地上の種族たちが苦しみ続けるのは、見ていて辛いものだ。


 でも、それは先輩も同じ。

 俺に説明してくれながらも、自分で納得するために言い聞かせているようだった。


「神様って辛いですね……」


「それでも、襲われている種族たちだって弱くありません。きっと、彼らが自分たちだけで切り抜けられると信じています……」


 それは、明らかに一方に肩入れするような発言だった。

 先輩も耐えているんだな……


「旦那様、お望みでしたら私が神の座を返上してでも片づけてきますが」


「え、え……や、やめてくれると助かるのですが……」


 妻の提案に先輩がうろたえる。

 もう何年も連れ添ってきた妻は出会ったころと決して変わらず、俺のためだけに行動してくれる。

 なので、やると言ったら本気でやるのだ。この子は。


「ありがとうソラ。でも、大丈夫。俺も地上の子たちを信じてみるから」


 先輩はほっと胸をなでおろした。

 ソラ強いからな……先輩が力づくで止めようにも無理だろうし。


「しかし、淫魔の女王がここまでの強さになるとはのう……少々侮っておったか」


「ほら! ほら! 私なんかより全然厄介じゃないですか! 誰ですか!? アリシアのほうがよっぽど淫魔だって、馬鹿にしてたのは!?」


「でも、アリシアさんも、その言葉を盾に秋人さんの寝室に直行したじゃないですか……」


「うっ! そ、それとこれとは関係が……ごめんなさい」


 シルビアは素直に淫魔の女王に感心している。

 そして、アリシアはルピナスに今日もノルマのように言い負かされて謝っていた。


「いい気分じゃねえけどな……やっぱり、自分たちの元の種族をひいき目に見ちまう」


「そう、ですね……その点では、私たちはまだまだ女神失格なのでしょうね……」


「まったく……正面から相手すれば勝てるはずなのに、淫魔に骨抜きにされた挙句に力まで奪われるなんて、それでも私の子孫たちなんですかね」


 ノーラとルチアはそれぞれドワーフとエルフを心配し、フィオは獣人の絡め手への弱さを嘆いている。

 まあ、それだけ一枚も二枚も上手だったってことだ。この淫魔の女王が。

 神界から見ていた俺たちでさえ、最初は気がつかないほど巧みな暗躍だったのだから、地上の子たちが対処に遅れたのも無理はない。


 今、地上は世界中を巻き込んだ戦いへと発展していた。

 とあるクイーンサキュバスが魔王に就任したことが発端だ。

 知ってのとおり魔王といっても、あくまでも一つの国の王様にすぎない。

 他の種族を襲って世界を征服するなんていうのは、物語の中だけの話だ。

 ――そのはずだった。


 だけど、その淫魔は魔王になってから、誰にも気づかれないように他の種族たちを魅了していった。

 それも自分に仕えるしもべにするなんて、わかりやすい命令はしていない。

 誰にも怪しまれないタイミングで、夜に淫魔に会うこと。それだけの命令だ。

 それだけで十分だった。

 それから、淫魔の女王は手当たり次第に、他種族の強者から精気を吸収し続けた。


 徐々に弱体化していく強者たち。

 地上の者たちがそれに気がついたのは、もう手遅れともいえる状況になってからだった。

 力を吸い続け強大な存在となった魔王は、世界の支配を宣言する。


 こうして、今もなお続く魔王とそれ以外の種族による戦争へと発展した。


「淫魔も神である俺たちが守るべき対象……か」


 いまだに人間のときの考えで行動してしまう。

 地上を荒らす悪人にしか見えない淫魔でさえ、俺たちにとっては等しく愛するべき子なのだ。

 ……でもさあ、子供同士の喧嘩が悪化したら、大人が止めるべきじゃないのか?


「信じてください。地上の子たちは強い子たちですから……」


 俺たちに神としての役割、技術、思想を教えてくれた先輩女神様。

 彼女は辛そうにしながらも、魔王に脅かされる種族たちのことを信じ続けていた。


    ◇


「本当……だったんだ」


「う、疑っていたんですか……?」


 先輩がショックを受けたような顔をするが、そういうわけじゃないです。

 ただ、心配だったんです。


 魔王に対抗すべく、各種族は手を組み抗い続けた。

 後に淫魔戦争と呼ばれるその事件は、ついに均衡が崩れる。

 俺はずっと、力が増え続ける淫魔たちが各種族を滅ぼすことになると思っていた。

 その寸前でようやく、神の介入が許され淫魔を罰し、残された種族たちを守ることになると思っていた。


 でも、地上の子たちはたしかに強かった。

 ある年に各地で同時に、英雄と呼ばれる者たちが現れたのだ。


「よし! そうだ! お前らの力は神すら倒す武器を作れるんだ!」


「がんばってください……もうエルフは弱い種族なんかじゃありません。魔力の扱いに長けた知恵者なのですから……」


「そうです。淫魔のくだらない策なんか正面から蹴散らしてください。その純粋な力こそがあなたたちの生き方の象徴です」


「まったく……ひやひやさせる。自分で戦った方がどれだけ楽かわからんのう」


「おかしいですね? いつから、人並外れた力自慢が聖女って呼ばれるようになったんですか? 私のときは、もっと別だったんですけど……」


 ドワーフに神器と呼ばれる武器を作る英雄が現れた。

 エルフに過ちの王をも上回る魔法の使い手と称される英雄が現れた。

 獣人に戦争王と呼ばれるほどの戦闘狂の英雄が現れた。

 古竜に七つの属性を自在に操る、精霊竜と語り継がれる英雄が現れた。

 人間に聖女の再臨と呼ばれ、やけにテンションの高い怪力無双の英雄が現れた。


 彼ら彼女らは、一堂に会してついに魔王への反撃に打って出る。

 その結果、五人の英雄の力によって見事に魔王は倒された。


「ふう……シルビアの言うとおり、見ているほうが疲れた……」


 結果を見れば、互いの被害もかなりのものだが、再起不能になった種族は一つもない。

 もしも俺たちが介入していたらどうなっていただろう?

 魔王は簡単に倒されていただろう。各種族から英雄が誕生することはなかっただろう。


 そして……敵視された淫魔たちが、過剰な戦力たちに狩られて絶滅したかもしれない。

 冷たい言い方をすれば、互いに痛み分けのような被害甚大な状況だからこそ、戦後に敗者をさらに追い詰める余裕もないといえる。


「本当なら、もっと互いの被害がないようにしてあげたいんだけどな……」


 でも、それだと神に依存した世界になってしまう。

 本当に地上の子たちを思うのなら、俺たちは不用意に介入しすぎるわけにはいかないのだ……

 それなのに、俺はいつまでも心が弱いな。


「その気持ちを恥じることはありません。それは旦那様の素敵なところの一つです」


 ソラが俺の頬を舐めてくれた。

 何年たっても、この子は俺が落ち込んでいたら、いの一番に慰めてくれる。

 そして、狼だったときのくせか、ちょっと恥ずかしい慰め方をしてくれる……


「ちなみに、私は旦那様の素敵なところを百は言えます」


「甘いですねソラさん。私はアキト様の素敵なところ千は言えます!」


「じゃあルピナスは一万言えます」


「妾は一億言える」


 ……慰めてくれてるんだよね? なんか、張り合ってるだけじゃない?

 どうしよう、みんなから一億の誉め言葉もらうことになったら……

 女神になって悠久を生きる身となったからといって、それはあまりにももったいない時間の使い方なのでは?


「馬鹿なこと言ってねえで寝室行くぞ、いい加減わかっただろ? 男なんて寝室で甘やかしてやればいちころなんだよ」


 まってノーラ。そんなに手を引っ張らないで……


「では、久しぶりに神の誕生を地上に知らせましょうか」


 ルチア。気が早すぎる。


「ちょっと私体内を操作して発情期になっておきますね。ソラ様も一緒にどうですか?」


「望むところです」


 望むな。あれ……誰も止める人がいない。

 先輩? 目を合わせようとすると先輩は俺たちから目をそらした。


 この日、地上は魔王との戦いが終結した。

 それとほぼ同時に神界では新たな神々が誕生し、そのうちの何柱かは英雄たちの種族を加護する存在だったことから、神界でも地上の戦いの終結を祝福してくれていると、大いに盛り上がることとなった。

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