おまけの17 孝行娘の一幕

「女神が訪れるとはな。まさか、アキトになにかあったか?」


「悪いけどただの暇つぶしよ。秋人のことはあんたたちのほうが詳しいんじゃない?」


 竜の王直々に城の中へと案内される。

 もう女神でもないのだから、そんなに丁重な扱いはいらないのにね。


「さすがはグラティアス様! 子供とは思えないほどの力ですわ!」


「うむ! そうじゃろう!」


「グラティアス様! 今度は風竜の力を使ってみてください!」


「風は妾が一番得意な属性じゃぞ! 父様が昔よく使ってたからの!」


 なんかちっこい竜の少女が、大人たちにちやほやされて気をよくしている。

 多分あれがシルビアの娘ね。顔立ちは似ているし、名前も赤ちゃんのときに聞いたものと同じだから。


 それにしても……なんか、お調子者っぽいわねあの子。調子に乗って失敗しそうなタイプだわ。

 よくよく考えると、シルビアもそれが原因でソラにしばらくいじめられてたし、きっとシルビアに似ちゃったのね。


「イーシュではないか。珍しいのう。なにかあったのか?」


 アルドルもそうだけど、顔を見た途端になにかあったか聞かれる。

 まあ、それだけ私が外の世界のことを忘れて、ぐーたらと教会に引きこもっていたってことね。


「……きっと、あんたに似ちゃったのね。あの子」


「なんじゃと!? いや、妾に似たのは喜ばしいことだが、その言い方はどう考えても憐れんでおるじゃろ貴様!」


 どうかしら? それはそれでかわいいからいいのかもしれない。

 それに、シルビアに似てゆくゆくは美人になるだろうし、強さも歴代一の古竜になりそうね。

 半神半竜だから、本気でウルラガさえも超える強さになるんじゃないかしら。


「母様、母様。その人だ~れ?」


 あら、なんだか随分と子供らしい喋り方ね。

 そう思って私と目が合っていた少女は、はっとなにかに気づいたように咳払いをする。


「こほん。その人は誰じゃ?」


 ああ、そういうこと。

 この子シルビアに憧れていて口調も真似しているのね。仲が良さそうでなによりだわ。


「こやつは女神じゃ」


「元よ。今はただの無職の亜人だから」


「ほう、妾はグラティアスじゃ! 竜の女王の母様と、世界を救った神の父様の娘じゃから、将来は竜の神になるはずじゃ! すごいじゃろ?」


 血統を考えるとそうなるでしょうね。

 それに神力もしっかりと受け継いでいるし、魔力もなかなか面白いことになっている。


「ええ、すごいわね。それにあなた四属性の魔力を使えるのね」


「おお、さすがは女神! 妾の最強の力を一目で見抜くとは、ただものではないな!」


 グラティアスの体内には風と火と土と水の魔力が存在する。

 奇しくも秋人に懐いていた精霊たちと同じ属性だ。

 ……まさか、あいつ自分の娘だからって精霊に頼んで力を授かったりしてないわよね?


「グラティアス。イーシュはいいが、他の初対面の者にはそのような尊大な態度はいかんぞ?」


「ええ、でも母様みたいにかっこいい竜になりたいもん」


 ていうか私ならいいの?

 まあいいか。今は無職の亜人だし、尊敬されるようになるのは死んだあとにしましょう。


「しかし……尊大な態度、ねえ?」


 母親として娘に注意するシルビアに思わず笑いそうになる。


「な、なんじゃ? 妾が娘に注意することがそんなにおかしかったか?」


「いえ、経験者らしい、良いアドバイスだったと思うわよ?」


「経験者?」


 グラティアスは不思議そうに私たちを見ていた。

 安心なさい。さすがに娘の前で過去の恥を語ったりはしないから。

 かつて調子に乗って尊大な態度でソラに喧嘩を売って、散々な目にあった経験を活かせてよかったわね?


「ぎ、ギアよ! 客人が帰るそうじゃ! 見送りをしたほうがよいのではないか?」


「え~? せっかくですから、シルビア様の森での話、聞きたいんですけど~?」


「……やめてやれギア。イーシュも、あまり子の前で親をからかうものではないぞ」


 悪ノリをしたギアを止めたのはアルドルだった。

 こいつも、本当に落ち着いたものね。なんだか枯れたんじゃないかと心配になるわ。

 さて、この国でもなかなか楽しめたし、次は妖精の村でも探してみようかしら。


    ◇


「探すのに苦労するかと思ったけど……」


 妖精たちの村は、その場所を知る者以外入れないように秘匿されている。

 だから神力を失った私は、地道に魔力を行使して探すつもりだった。


「いつのまに、こんなに開放的になったのかしら?」


 だけど、その村はまったく隠されてなんかいない。

 というか、看板があったり、道が舗装されていたりと、外からの来訪者を歓迎しているようだった。


「お客さんです」


「知らない人です」


「亜人さんです?」


 村に足を踏み入れると、妖精たちが群がるように私の周りを飛んでいた。

 小さいけれど顔の近くで喧々としゃべられるのでわりとやかましい。


「ルピナスって妖精に会いにきたのよ」


「ルピナス様です?」


「妖精女王様ならちょうど村に帰ってきたです」


「男神様は一緒じゃなかったです」


「リリアン様も一緒だったです」


 一の質問に対してたくさんの情報が返ってくる。

 これを便利と思うのか、うるさいと思うのかは人によるところね。

 私は便利だから嫌いじゃないけど。


「そう、それじゃあ女王様に会わせてくれる?」


「こっちです!」


「ご案内するです!」


「亜人さんは悪い人じゃないから平気です」


 ああよかった。一応悪人かどうかは判断しているみたいね。

 誰彼かまわずに案内するような子たちなら、村を秘匿するように忠告するところだったわ。


「ここが女王様のおうちです」


「案内ありがとう。それじゃあ、ちょっと会ってくるわ」


 案内されたのは、村の中にある一番大きな家。

 別にルピナスが権力を誇示して無駄に豪華な家を作ったとかじゃない。

 単にサイズの違いだ。妖精たちは小さいから家も小さい。ルピナスは唯一人間サイズの妖精だから、家も相応に大きくなければいけない。


「まあ、あがらせてもらう分には、こっちのほうが助かるけどね」


「いらっしゃいです。女神様」


「久しぶりねルピナス。それともう女神じゃないわよ」


「お母さん。どちらさまです?」


 そっか、そういえば赤ちゃんのときもそうだったわね。

 知らない人間の訪問を不思議そうにするのは、人間の少女と同じ大きさの妖精。

 他の妖精たちと違って、ルピナスとこの子だけが大きいから親子だと一目でわかる。


「この人は女神様ですよ、リリアン」


「そうだったですね。リリアンはリリアンです。初めましてです女神様」


 もう、女神じゃないんだけど……まあいっか。


「他の親子もそうだったけど、やっぱりあんたたちも仲が良さそうね」


「当然です。この子はルピナスと秋人さんの大事な子です」


「リリアン、お父さんとお母さん大好きです」


 思えば、最初に秋人の嫁になった四人で、一番まともなのはこの子だったかもしれない。

 だからこそ、他の親子たちと違って、まっとうな母と娘という関係みたいね。

 娘をからかったりしないし、娘に営みを知られたりしないし、娘に過去の恥を隠す必要もないもの。


「でも、人の悪意とかはちゃんと教えなきゃだめよ。あんたと秋人とは無関係でしょうけど、いずれこの子が外に出た時にいい人ばかりと出会えるわけじゃないんだから」


 なんか説教臭かったわね。人の生き方にどうこう言える立場はもう終わったのに、一種の職業病かしら。


「はい。ちゃんとお話ししてるです」


「そう? それならよかったわ。あんたと秋人と暮らしていると、怒るところすら見ずに育ちそうだからね」


 人畜無害同士の夫婦だから、そういった負の感情を知らない温室育ちになりそうね。


「でも、リリアン。この前お母さんがお父さんを怒ってるところ見たですよ?」


「あら、そうなの?」


「り、リリアン!?」


 なんだ、ちゃんと夫婦として色々してるのね。


「お母さん怒るとすごくこわいです。働きすぎたお父さんが動けないようにおうちを作って閉じ込めたです」


「あ、あれは……秋人さんが無理をしすぎるからです!」


 ……ルピナスは昔からやるときはやる子だったみたいだしね。

 まあ、この家庭も幸せそうでよかったわ。


 ふと、思ったんだけどこの子たちって全員が女神か半神よね?

 ということは、私がいつか女神に復帰したときは、同僚ってことになるのかしら?

 ……偉そうなこと言っておきながら、亜人としてごろごろとしていましたとか知られると恥ずかしいわね。


 しかたない。今後は休暇だからといって、引きこもってばかりいるのはやめようかしら。

 私は子供たちに見栄を張るために、ほんの少しだけ生き方を改めることを決意した。

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