おまけの16 青い星の子供たち
「暇ね……」
神をやめることになった。
それは罪に対する罰であり、功績に対する報酬であった。
この世界のために、異世界人を騙した罰はとうてい許されるものではない。私はそう主張した。
でも、それは世界崩壊を防ぐためであり、そのためなら人間一人の犠牲なんでもない。騙された男はそう主張した。
騙した側が刑罰を求め、騙された側が減刑を望む。
そんなおかしな平行線の主張だったが、姉様たちは苦笑しながら落としどころを考えてくれた。
それが私の亜人化だ。
神の力を失うことは罰となる。神の責務から解放されたことは褒美となる。
こうして私は、この体で死を迎えて再び神になるまでの長い間、非常に長い長い休暇をもらったのだ。
「でも、暇なのよねえ……」
私って、こんなに仕事以外の生き方知らない女だったかしら?
人間ですらない長寿の亜人の体。次に神として働くまでの数百年間、私はどうやって過ごすべきなのか。
「あら、イーシュ様。もう起きてたのね」
「リティア」
「……暇そうね。いや、嫌味とかじゃなくて、本当に」
この子とも随分と長い付き合いになる。
神でもなくなった私を敬って世話してくれる聖女。先代の聖女以上との付き合いになる彼女には、さすがになんでもお見通しみたいだ。
「そう、暇なのよ。仕事以外に何をすればいいのかわからないの」
「それは重症ね。そうねえ……あいつの子供でも見てきたら?」
「あいつって……」
「アリシアよ。あなたまだ赤ちゃんのときにしか会ってないでしょ?」
先代の聖女アリシアが子供を産んだ。
そのときに顔を見に行ったきりだけど、わりと最近のことじゃなかったかしら?
「会ったばかりじゃなかったっけ?」
「はあ……これだから、神様の時間の感覚は……会ったのは何年も前でしょ? もうとっくに歩けるし言葉も喋ってるわよ」
そっか、そんな前のことだったのね。
案外私はこの体での生を悠々自適に送っているみたい。
「でも、秋人たちは向こうの世界にいるんじゃないの?」
「ちょっと前に里帰りしにきたわよ。なんでも男神との子に会いたいとか言われたみたいで、アリシアだけじゃなくてみんな国や仲間の場所に短期間だけ戻ってきてるわ」
「秋人は誰についていったの?」
「アキトは……男神見習いとして、こっちの女神様たちにしごかれてるわ……」
なんだか、秋人も色々と大変そうね。
それはそうと、そんなに成長したというのならもう一度会ってみようかしら。
せっかくだから、半神の子も神の子も全員に。
◇
「というわけできたわよ」
「ええ、お久しぶりです女神様。つまり、私とアキト様の愛の結晶を見たいんですね? どうぞ、存分に見てください」
子供を産んで育てているのに、ちっとも落ち着かないわねこの子。
だけど、なんだかそれがかつての女神と聖女のときのようで懐かしい。
「は、はじめまして。パパ……アキトとアリシアの子のアリアです」
「ええ、はじめまして。といってもあなたが赤ちゃんのときに一度だけ会ったけどね」
意外ね。なんだかしっかりした子じゃない。
幼いうえにこれの子供ってことも相まって、さぞかし元気で世話が大変な子になるかと思っていたわ。
「あ、あの……女神様はリティアさんに神託を授けたんですよね?」
「難しいこと知ってるわね。たしかに昔はそんなこともしたけど、今の私は神の座から降ろされたからただの居候よ」
「ヒモですね」
「子供の前だからって遠慮しないわよ!」
失礼なことを言うアリシアの頬を引っ張る。
ヒモとはなんだヒモとは。これでも教会の仕事の手伝いくらいしてるわよ!
なんか気を遣われて途中で仕事奪われるから、ほとんど貢献はしてないけど……
「ああ……ママが失礼しました。ごめんなさい」
「いいわよ。しかし、あなたはアリシアよりしっかりしてるわね。アキトのおかげかしら?」
「えっと……ママもこう見えてたまにはちゃんとしてるんですよ?」
たまに……ね。娘にフォローされてるわよアリシア。少しは落ち着いてくれないかしら。
まあいいわ。もう女神でも聖女でもなくなったんだから、私がこの子に苦労させられることもなくなったし。
「本当に頭のいい子ね……なんだか、アリシアよりもリティアに似てるわ」
「本当ですか!? リティアさんみたいでしたか!? 私も聖女としてやっていけそうですか!?」
あ……この子アリシアの娘だわ。
興奮したときにまくし立てる癖がすごく似ている。
まあ、そもそも顔立ちがどう見てもアリシアそっくりだものね。
「もしかして、あなた聖女になりたいの?」
「ええっと……ママやリティアさんみたいにたくさんの人を助けたいんです」
その言葉を聞いたアリシアはにこにこと笑いながら娘の頭をなでていた。
「ね、いい子でしょう? 私とアキト様の宝です」
……そっか、この子も母親になったのね。
本当に、時の流れというのは早いものね。
◇
アリシアとアリアと別れて私は次の場所を目指していた。
私にはもう一人縁のある知り合いがいるからね。
神と聖女という関係ではなく、神と神という関係となった旧友が。
「珍しいですね。あなたが訪れるなんてこの子が産まれたとき以来でしたか」
「私にとってはついこの前のことだったつもりなのよ。久しぶりねソラ」
私が知っている狼の姿ではなく、獣人の少女の姿をした友人に出迎えられる。
その後ろには瓜二つの小さな獣人が大人しく私たちを見ていた。
「クウ。挨拶なさい」
「はい。アキトお父様とソラお母様の娘のクウです。いつもお父様とお母様がお世話になっています」
……アリアもだけど、この子も随分と賢くて大人びているわね。
まあ、この子はソラにそっくりだから、そこまで驚きはしないけど。
「こちらこそ、あなたのお父様とお母様には本当にお世話になったわ……」
だって、世界を救ってもらったんだから。
「しかし……」
「なんですか?」
こんな立派な娘がいるというのに、母親であるこいつは全然変わってないわね。
娘がいるというか、子供を産む年齢に見えないわよ。
「あんた小っちゃいわねえ……」
「ほう……」
あ、やばい。つい本音が……怒らせたかしら?
「別にどう思われようが関係ありません。旦那様はこの小さな体の私のことを存分に愛してくださるのですから」
惚気られた……なによ、その勝ち誇ったような顔は。
というか、その言い方だと秋人が変態みたいに思われるから、やめてあげなさい。
「お父様とお母様はいつも仲良しですから、昨日も発情期になったお母様が……」
「待ってください! クウ、あなた昨日起きていたんですか!?」
あら、珍しい。
ソラもこんなに焦ることがあるのね。というか、子供の近くでなにしてんのよあんたたち……
「素敵でした」
「うう……あなたにはまだ早いので忘れなさい」
きっとこの子は将来大物になるわね……
そうでなくても、男神と女神から生まれた純粋な女神なんだから、きっといずれは高位の神として君臨するはずよね。
そうなると、いつかは私の同僚になるってことかしら。
「クウ、きっといずれはあなたと私は女神として仕事仲間になるはずよ。そのときはよろしくね」
「はい、ぜひよろしくお願いいたします」
落ち込む母狼を尻目に私は、将来の仲間への挨拶をすませて禁域の森を後にした。
なんか、面白くなってきたわね……
せっかくだから、残りの子たちにも会ってみようかしら。
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