おまけの15 それは完全を意味する数字

 初めて行ったときは、とても恐ろしい場所でした。

 二度目に行ったときは、もう一度会えることに期待しました。

 三度目以降は、先代が迷惑かけてないかお仕事として伺いました。


 もうとっくに怖い場所ではなくなった。

 そう思っていたのですが……まるで初めて訪れたときのように、びくびくと森を進むことになるなんて……


「な、なんでしょうか……」


 禁域の森に呼び出されました。

 神狼様にです。それも、感情が読み取れないような顔と声でした。

 下手に怒っているときより怖いです。

 もしかして、気がつかないうちに私はなにかしてしまったんでしょうか。


「わからんが、行かなきゃ後々大変なことになりそうだったからなあ……」


「わ、私は神狼様を怒らせるようなことに心当たりなんて……」


 ドワーフの女王のノーラさん。エルフの女王の座を断り、異世界へと行ったルチアさん。そして、私も一応獣人の女王。

 自分で言うのもなんですが、いずれも皆かなり偉い立場のはずです。

 でも、さすがに女神様の言葉には逆らうことはできません。


「……ルチア。お前心当たりがないと言おうとして途中でやめたよな? なんかあったのか?」


「い、いえ……」


「ルチアさん。神狼様が何を考えているのか知るためにも、いまは情報が必要なんです」


 私たちがあの方を怒らせた原因を知っているのであれば、あらかじめ確認しておきたいです。

 そして、誠心誠意謝罪をしてなんとか許してもらいましょう。

 きっと、神狼様が本気で怒っていたとしても、お兄ちゃんが止めてくれるはずです……大丈夫ですよね?


「あの……この前、アキトさんの世界に行ったときに……その、アキトさんを押し倒して口づけをしました。ごめんなさい!」


 ……あ、そっかあ。そういうことですか。

 そりゃあ神狼様も怒りますよね。


「で、でも……それならお叱りを受けるのは私だけのはずです。なぜ、ノーラさんとフィオさんまで……」


 その言葉に私たちは顔を背けました。

 ああ、やっぱり、ノーラさんも心当たりあるんですね。


「いや、違う。あれはあいつの世界で挨拶って聞いた。触れただけだしやましいことはしてない……」


「したんですね? ノーラさんも」


「しました……」


 こうなるとお二人とも私を見てきました。

 つまり、あの醜態が原因ということですよね……


「お前はなにしたんだフィオ」


「どうせ神狼様に怒られるなら、ここで言って楽になりましょう」


「いえ、私のは習性なので……」


 お二人の追求するような目は、ごまかされないと言っているようでした……


「発情期がきたので……お兄ちゃんを押し倒して吸いました……」


 気まずい空気が流れる中、私たちは神狼様の待つ森の奥へと到着するのでした……


    ◇


 そこで待っていたのは神狼様は当然として、アリシアさんとシルビアさんとルピナスさん。

 お兄ちゃんがいません……まさか、凄惨な罰を与えるためにお兄ちゃんに知らせてないのでしょうか……


 いつも明るいアリシアさんやルピナスさんまで真剣な表情をしています。

 これはもう確実にお叱りを受けることになりそうですね……


「よくきてくれましたね」


 かつての狼の姿ではなくなりましたが、相変わらず恐ろしい圧力です。

 見た目だけでしたら、私たち獣人のようなのに……それも成人前の小さな女の子にしか見えないのに……


「すみません……できるだけ穏便にすませてください」


 気がつけば私は頭を下げていました。

 それは、隣にいるノーラさんとルチアさんも同じようで、とにかく神狼様への赦しを請うので必死だったみたいです。


「……? なにがですか?」


「えっと……私はアキト様と口づけしました。申し訳ございません」


「知っています。旦那様はその日のうちに私たちに謝ってくれましたから」


「別に謝る必要はないのだがのう……」


 あ、ずるい。

 ルチアさんが先に謝って許されています。


「えっと……アキトとキスした。すみません。挨拶のつもりだったんだ……です」


「むう……嘘はよくないです。先生さん、アキトさんのこと好きだからしたですよね?」


「……はい。アキトのこと好きでがまんできなくなりました。ごめんなさい」


「それも聞きましたよ。まあ、ノーラさんならいつかはそうなるだろうと思っていましたし」


 ああ、みんな許されている。

 でも、私の場合みんなとは違います。

 あんなふうに本能のままに襲いかかった私は、そう簡単に許してもらえないでしょう……


「えっと……ごめんなさい。発情期で我慢できなくなりお兄ちゃんを襲いました」


「それはしかたありません」


 意外です。なんだか食い気味に神狼様が許してくれました。

 まるで自分に言い聞かせているような……

 いえ、考えすぎですね。きっと。


「それは……神狼様は文句言えんしのう……」


「ところでフィオさん。襲ったとはどこまでですか?」


「えっと……しがみついて何度もキスを……」


 我ながらみっともない話です。

 本能に負けて、お兄ちゃんをあんなふうに襲ってしまうなんて……


「なら、ソラさんよりマシなのでセーフです」


 ? ルピナスさんの発言はどういう意味でしょうか?

 もしかして、神狼様も発情期のせいでお兄ちゃんを?


「こほんっ……とにかく、今日あなたたち三人を呼んだのはそれに関係していますが、私たちは責める気はありません」


 私たちはほっと胸をなでおろしました。

 お兄ちゃんの奥さんたちである四人の呼び出し、それもお兄ちゃん抜きでの話し合い。

 そんなもの、お兄ちゃんに手を出すなと怒られる以外考えられませんでしたから。

 ……あれ、であれば今日は一体なんのために呼びだされてのでしょうか。


「あなたたちが旦那様に好意を持っていることはよくわかりました。なので、あなたたちも旦那様のものになりなさい」


 はい?

 まったくもって予想もしていなかった言葉に、私は固まってしまいました。

 それはノーラさんとルチアさんも同じようで、誰一人として神狼様の言葉に反応ができていません。


「五番、六番、七番目です」


 まってくださいルピナスさん。

 話を進めないでください。まだ神狼様の言葉を理解する時間が足りていません。


「まあ、混乱する気持ちはわかるが悪い話ではあるまい。主様は妾たち四人を娶ったことにさえ罪悪感を抱いておる様じゃが、こちらの世界ではオス一人にメスが複数なんて当然じゃからな。アルドルを見習うべきじゃ」


「なので私たちの目にかなった者たちは、私たちが仲間として引き入れます。私が責任者として管理します」


「ソラ様は一番目ですからね」


 えっと……

 たしかに私もいつか神狼様たちのように、お兄ちゃんのお嫁さんになんてことを考えたこともありますけど……

 というか、毎日考えてますけど。


「アキトのやつの気持ちはどうなるんだ」


「私たちをなめないでください。旦那様があなたたちに、特別な感情を持っていることくらいわかります。自覚があるかどうかは別ですが」


 それって、私のことも?

 お兄ちゃんが私のことを女として見てくれている!?

 つまり、発情期になったときに襲ってもいいってこと?


「はい! よろしくお願いします神狼様!」


「お、おい! そんな簡単に……」


 簡単じゃありません。

 お兄ちゃんが異世界に帰ってしまってから、毎日待ち続けました。

 もう待ちません。私は待つだけの女じゃありません。

 もう……子供じゃないんですよ? アキトさん。


「ルチアさ~ん? 前に教えましたよね? さあ、その指輪を作った人こそがあなたの想い人で運命の人ですよ~。自分の心に素直になってはいかがですか~?」


「わ、私は……」


 なんか、アリシアさんがルチアさんに悪魔のささやきみたいなことしてる……

 あの人本当に元聖女なんでしょうか。


「このままだと、アキト様がエルフの国の誰かにとられちゃいますよ?」


「嫌です! 私のほうがずっとアキトさんのことを愛しています!」


「じゃあ、ルチアさんもアキト様のお嫁さんですね」


 でも、これでよかったのかもしれません。

 私とルチアさんとノーラさんは、アキトさんが帰還してから仲良くなりました。

 きっとそれは、互いの立場が似ているから。

 大好きな人といつか一緒にいたいと願い続ける仲間だったからです。

 だから、私だけじゃなくて三人でアキトさんのものになれるなら、それが一番いいはずです。


「うそだろ。そんな簡単に勝手に決めちまうのか……」


「簡単じゃないです。みんなずっと言い出せなかっただけで、今やっと素直になっただけなんです」


「そうか……私が意固地になってるだけなのかもしれないな」


「ええ、なので今こそ素直になるときですよ。ノーラさん!」


 聖女って口が巧みで人を惑わすことができる人って意味でしたっけ?

 そういえば、現聖女のリティアさんも洗脳の能力者でしたね……


「ドワーフが度胸がない女だと思われてもいいんですか!?」


「そんなわけあるか!」


「なら、本心を言ってください!」


「ああ、もう! わかったよ! 私だってアキトのことが好きだ!」


「じゃあ、ノーラさんもアキト様のお嫁さんですね」


 なんか……神狼様とは別の意味で怖くなってきました。

 これからこの人とも仲良くやっていけるんでしょうか? まあ、大丈夫ですよね? 基本的にはいい人ですし……


    ◇


「それにしても、ずいぶんと急だったね?」


 今日からしばらく異世界で暮らす予定だったけど、朝一番でアルドルが俺を連れ去った。

 シルビアがよろしく頼むと言っていたから、シルビアたちにはすでに周知済みだったようだ。


「うむ。それはすまん」


「いや、迷惑じゃないからいいよ」


 アルドルが治める国。竜たちが住まう大国ルダル。

 なぜか俺一人だけ遊びに行くことになったその国だけど、着いた瞬間に知らない古竜たちに出迎えられた。


「お帰りなさいませ、アルドル様。お久しぶりです、アキト様」


「ああ」


「ギアさん、久しぶり」


 古竜たちの代表として一歩前に出て、ギアさんが俺に挨拶をする。

 すると、後ろにいた古竜たちは、見事に統率されているように頭を下げた。


 そのままアルドルの部屋に通されると、ギアさんは古竜たちを引き連れて去っていった。

 新しく古竜へと至った国民たちなのかな?


「アルドル。さっきの人たちは?」


「ああ、俺の妻たちだ」


「ええ!?」


「な、なんだ? やはり王にしては数が少ないか?」


 ああそうか。こっちの世界では一夫多妻制だもんなあ……

 男が少ないだけじゃなくて、アルドルは王様にもなったわけだし、あのくらいの奥さんがいてもおかしくないのか。

 すごいなあ……思わずアルドルさんと呼びそうになる。


「俺は四人だけで精一杯だよ……」


「は? なにを言っている」


 俺の言葉にアルドルは呆れたように返した。

 いやいや、こっちの世界の常識をとやかく言うつもりはないけど、俺の世界では四人も奥さんがいるとか普通じゃないからね?


「今日、シルビアたちが行動を別にしているのは、お前の五人目から七人目の妻を迎えるからだと聞いているぞ」


「俺が聞いてない!!」


 なにそれ! 本当になにも聞いてないぞ!


「そ、そうか、まあ落ち着……くのは無理だな。だが、悪い話ではあるまい」


 なにが? 知らない奥さんが増えることが?


「さっきのギアを見ただろう。あいつは俺の妻たちのまとめ役として、実によく働いてくれている。そんなメスが頂点にいる以上はお前も俺もメスのことで問題は起こさないはずだ」


 そういえば、さっきはギアさんだけがアルドルの奥さんの代表として挨拶してたな……


「え? 俺にとってのギアさんみたいな人って誰? シルビア?」


 一番大人っぽいし、そういうことになるのか?


「なにを言っている、神狼に決まっているだろう。よかったな。あれが代表である以上は、メスどもは争う気すら起こらんだろうさ」


 ソラめ……帰ったらお仕置きだ。

 そう思っていたのだが、帰ったらルチアさんと、先生…ノーラさんと、フィオちゃんが、俺のお嫁さんになったことで、うやむやになってしまった。

 もう絶対これ以上は増やさないぞ……

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