おまけの14 名前は多分クウ
ここは禁域の森、俺の第二の帰る場所ともいえる。
俺が元の世界に戻った後も、定期的に訪問してはかつての家で寝泊まりもしている。
……やきもち妬きすぎたソラが帰る実家でもあるけど。
「シャノさんも、この森で暮らすようになったらしいね」
「どう考えても女王にはむいていませんでしたからね。その代わりにこの森の住人の適正が異様に高かったですし」
久しぶりの実家でもあるし、機嫌がいいのか鼻を鳴らしてソラが歩く。
俺はその首輪についている鎖をしっかりと握り、ソラの後ろをついていった。
本当に機嫌がいいな。尻尾が左右にぶんぶんと動いている。
……もしかして、こっちに住みたいのかな。ちょっとだけ、ソラの尻尾の動きを止めたくなった。
「ひゃんっ……!」
俺には気を許してくれているためか、ソラはまったくの無防備かつ警戒なんかしていない状態で、俺に尻尾をわしづかみにされた。
そのため、彼女には珍しく見た目相応のかわいらしい声で驚いていた。
「あ、ごめん……つい」
なにをしているんだ俺は。
ここはソラが長年住んでいた場所なんだから、いつもの散歩以上に機嫌が良くなるのは当然じゃないか。
「……エッチ」
「い、いや! うちの周りを散歩するときより機嫌が良さそうだったから、ついやってしまっただけで……その、ごめんなさい」
ソラにだけはエッチとか言われたくない。
発情期のときに俺を押し倒してきたくせに……
「だって、ここは旦那様と出会った場所じゃないですか。久しぶりの散歩だから嬉しくなったんです」
「ソラ……」
だというのに、俺は一人でふてくされたように何をしているんだか……
「ごめんな」
「いいんですよ。私はあなたのものですから」
ソラと抱き合っていると、さっきつかんでいた尻尾はやっぱり嬉しそうに動いていた。
「……尻尾、尻尾さえあれば私にも! シルビアさん! どうやったら、尻尾は生えるんですか!?」
「え、そんなこと言われても……諦めたほうがいいと思うぞ?」
「これだから、尻尾がある方は! 持たざる者の気持ちがわかってないんです!」
「ええ……妾が悪いのか……?」
アリシアがシルビアに無茶なことを言ったあげくに、言いがかりのような絡み方をしていた。
その隣でルピナスが、おしりのあたりを触って存在しない尻尾にがっかりしている。
「ルピナス、羽には自信があるです!」
「うん、ルピナスの羽綺麗だもんね」
「羽も尻尾もない私はどうすればいいのでしょうか!」
「翼と尾がある妾、最強ではないか?」
各々落ち着いてくれ。
このままじゃ、収拾がつかなくなるぞ。
「まったく……私たちはそれぞれ旦那様のものなのですから、そのようにうろたえてどうするのです。もっと、自信をもちなさい」
ああ、よかった。ソラがみんなにそれっぽいことを言ったら、みんなは納得したらしく落ち着いてくれた。
最近のソラは、俺と自分のこと以外にも興味をもってくれているので、実に頼りになるなあ。
「着いた。なんだか久しぶりだなあ」
見慣れた家は、この世界を去ったときのままだ。
懐かしくも感じるもう一つの我が家の扉を開けようとすると、ソラが俺をかばうように前に出た。
「中にいる者。出てきなさい」
誰かがいる?
もしかして、ルチアさんあたりが、こちらが留守の間に掃除でもしてくれているんだろうか。
でも、だとしたらソラがここまで警戒しないだろうしなあ……
「す、すみません……そんなに怒らないでください」
敵意はないとばかりに、中から出てきたのは獣人の女の子だ。
ソラと同じく狼か、あるいは犬の獣人なのだろう。かわいらしい耳と尻尾がついている。
なんなら色もよく似ているし、顔立ちも似ていてとてもかわいい。
なんだろう。なんかめちゃくちゃかわいいなこの子。
「……旦那様」
「なに?」
「フィオは許しました。ですが、あの獣人は知りません。なんですか? 私の尻尾だけじゃ不満なんですか? やっぱり、狼の姿じゃないせいで毛皮が足りませんか? 足りない毛は他の尻尾を増やすことで満足するということですか?」
待て待て待て、なんか俺が浮気したみたいになってる。
「いや、俺も知らない子だし、俺にはソラの尻尾があればそれでいいし、俺はソラのことを愛してるから、一旦落ち着こう?」
「わふっ……」
ご機嫌斜めになってきたソラを抱きしめて落ち着かせる。
この子、狼のときより嫉妬深くなってる。
まあ、それだけ本音でぶつかってくれるってことだし、必ずしも悪いことじゃないけどな。
「ソラ殿、少し前に妾たちに言ったこと覚えておるのじゃろうか……」
「ものすごく、うろたえていましたね」
「自信もなさそうだったです」
それを聞いたソラは恥ずかしくなったのか、耳を赤く染めながら俺の胸の中に顔を埋めた。
よしよし、恥ずかしかったな。落ち着くまでそうして周りのことは忘れような。
すまない名も知らぬ獣人の少女。君のことは一旦後回しにさせてくれ。
恐らく客人である少女には悪いが、しばらくソラをなで続ける。
少女は、そんな俺たちの態度に気を悪くした様子もなく、俺とソラのことを眺めているようだった。
「やっぱり、仲が良いですね」
そう呟く少女の顔は、俺たちに親愛の感情を浮かべているようだった。
◇
「待たせてごめんね」
「それで、あなたは何者ですか?」
ソラはまだ目の前の少女を警戒しているようだ。
珍しいこともあるものだ。女神になって以来、ソラがこんな風に危険だと判断した相手なんていたっけ?
「この子、そんなに強いの?」
女の子相手にぶしつけではあるが、ついまじまじとその姿を観察してしまう。
そこでようやく気がついた。
「あれ……? 神力がある」
かつてのカーマルのときと同じだ。
極力隠すようにしているみたいだけど、よく目を凝らすと少女の周囲には薄い神力が見えた。
「きみ、もしかして新しい女神様?」
俺たちがこの世界を去った後に、新たな女神様が生まれたか、あるいは俺とソラのように獣人の少女が女神になったのかもしれない。
「い、いえ……はい。私は……あなたたちがダートルを倒した後に産まれた女神です」
やっぱりそうか。
それは喜ばしいことだ。なんせ、神が不足していて崩壊寸前だった世界に新しい神が誕生したんだから。
きっと、この世界も少しずつ繁栄の道を歩み始めたってことに他ならない。
「そっか、この世界をよろしくね」
しまった。なんかつい頭をなでてしまった。
見た目は小さな女の子だけど、神である以上年齢は見た目と一致するわけじゃないのに。
でも、あの戦いのあとに産まれたって言ってたし、むしろこの子はまだ年齢は一桁未満なのか?
「くぅん……」
……なんか、ソラみたいな鳴き声だな。
犬系の獣人とか女神って、みんな気持ちよくなるとこんな感じなのかな?
しまった。
見知らぬ子をかわいがりすぎたせいか、ソラが難しい顔をして近づいてきた。
また、自分のほうをかわいがれって、この子を押しのける気なのかもしれない。
しかし……ソラは、俺と同じようにこの子の頭をなではじめた。
なんだかんだ言って、自分を同じような種族の子だし、ソラも気に入ったのかもしれない。
「……事情は聞きません。でも、あなたならきっと大丈夫。がんばりなさい」
……? どういうことだろう?
この子なにかの事情があってここにきたのか? もしかして、ソラの知り合いだった?
「旦那様。抱きしめてあげてください。あ、私も一緒にお願いします」
なんだか変な頼みだな。
自分だけじゃなくて、この子も一緒に抱きしめろだなんて。
というか、この子はそれでいいのか? 見ず知らずの男に抱きしめられるって、不気味じゃない?
「あ、あの……ご迷惑でなければ、お願いします……」
そう? それじゃあ、失礼して。
そうして、俺とソラは獣人の少女をしばらくの間、抱きしめ続けた。
女の子は嬉しそうに尻尾をせわしなく動かしていたので、きっと満足してくれたのだろう。
「ありがとうございました。もう大丈夫です」
「そう? よくわからないけど、無理しないでね?」
「はい、お父様とお母様も、どうかお元気で……あ」
お父様? お母様?
ここにいるのは、俺とソラとアリシアとシルビアとルピナスだけ。
つまり、男は俺だけで、お父様と呼ばれたのは俺ってことになる。
それでこの子は獣人なわけで、お母さまと呼ばれたのはソラってことに……
「ど、どういうことですか!? アキト様とソラ様が子供を作ったということですか!? それも、こんなに大きな子をですか!?」
「い、いや知らない! 心当たりも……あるけど……そんなにすぐには、多分、違うよね? ソラ」
「まだ、産んでません」
「まだってどういうことじゃ! 心当たりあるのではないのか!?」
いや、違う。違くないけど違う。
だって、こんな大きな子が産まれるのはおかしいし、計算が合わない。
「君からもちょっと説明して……あれ? どこに」
さっきまでたしかにそこにいたはずの獣人の少女は、いつの間にか姿が消えていた。
夢でも見たんじゃないかと思えるほど、不思議な出来事だ。
「でも、娘ができるならあんな子だったらいいなあ」
「がんばります。あの子みたいないい子になるよう育てましょう」
乗り気なソラの発言に、またアリシアとシルビアが騒ぎ出すのだった。
「そんなにアキトさんの子が欲しいのに、なんでアキトさんに頼まないです?」
「ルピナス……それ、みんなには言わないようにね」
「? わかったです」
◇
「うう……我ながら情けありません。たかだか百年。お父様とお母様のもとを離れて生活していただけだというのに、あんなにもお父様とお母様にお会いしたくなるなんて……やはり、さっさと禁域の森の王になってしまいましょう。あの森の次の王には私こそがふさわしいのですから」
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