おまけの13 犬科の本能の解放

 わりと心配していたんだが、どうにも心配しすぎていたらしい。

 みんなのこの世界への順応がすごい。そして、この世界の異世界への受け入れが早すぎる。

 まあ、最初の接触が実物の女神様からの交渉だったので、疑う余地もなかったのだろう。


 そんなわけで、シルビアは翼や尾をそのままに、普通に空を飛んで外出している。

 さすがに、大きな竜の姿にはならないが、十分すぎるほどに目立つ。

 ルピナスは、そのあたりの行動を自重してくれているみたいだけど、背中に大きく綺麗な羽が生えているため、ただでさえかわいい容姿も手伝い、これまた目立つ。

 アリシアは、唯一目立たない見た目ではあるはずだったが、持ち前の明るく元気な姿と、美しい容姿のため、どこにいてもとても目立っていた。


 だが、今の問題はソラだ。

 この子もとても美しい容姿に加え、狼の耳と尻尾が生えているため、誰がどう見ても異世界からきた存在であり、やはりとても目立つ存在だ。

 しかし、そんなこととは無関係に彼女が目立つ理由がある。

 それが俺が手に持っている首輪と鎖だ。


 ただでさえ美少女なソラに、冴えない男が首輪と鎖をつけて所有物のごとく散歩をする。

 世界中の人たちから反感を買ってもおかしくないと思う。

 ネットの掲示板では、俺のアンチスレがものすごく立つのも仕方ないと思っている。

 実害はないし、それは構わない。


「ご主人様……」


 ほらきた。

 今日は両親も、アリシアも、シルビアも、ルピナスも、みんな出かけてしまっている。

 俺とソラの二人きりだ。


 だから、一日中俺に甘えてくるか、あるいは遠くまで散歩をねだられると思っていた。

 まあいいか、今さら目立とうが関係ないし、ソラの望みなら首輪と鎖くらいなんでもないさ。


「散歩? それとも尻尾にブラシをかけようか?」


 ソラに近づくと、ソラは近づいた分だけ俺から距離をとる。


「い、いえ……今日は必要ありません」


 ……え、俺なんか嫌われるようなことしたかな。

 いや、見る限りではソラの機嫌は悪くないし、俺への不快感とかは感じていない。

 ならば体調不良か? それはそれで問題だ。


「大丈夫? 具合が悪いの?」


「大丈夫です! ですが、今日は別々に行動しましょう!」


 うん、平気。

 そりゃあ、ソラだっていつだって俺に付きっきりでは疲れるだろう。

 お互いに一人の時間が必要なときだってあるさ。

 だから、俺は大丈夫。それに、ソラも大丈夫。大丈夫、嫌われたわけじゃない。


 ……アルドルに相談したい。

 ああくそっ、あいつスマホもってないもんな。

 いや、そもそも向こうの世界にスマホの電波は届かなかった。

 いかん、どうも混乱しているみたいだ。


「そ、そうか。それじゃあ、なにかあったら呼んでね」


「申し訳ありません……」


 ソラは、そう言うと自分の部屋に帰っていった。

 ……どうしよう。誰かに相談したいのに、今は誰もいない。


    ◇


 ぼけっとしながらテレビを見る。内容は頭に入ってこない。

 スマホが震えたのでアルドルかと思って見てみると、アプリのどうでもいい通知だった。

 だから、アルドルはスマホ持ってないし、向こうじゃ使えないんだってば……


「だめだな……いつのまにが、一人でいるのが嫌いになってたみたいだ」


 ソラに会いたい。

 ……悪いソラ。やっぱりせめてお前と一緒の部屋にいたい。

 邪魔しないから、部屋に入れてもらえないかお願いしに行こう。


 リビングから、二階へと移動する。俺の部屋の隣がソラの部屋だ。

 扉をノックをしてみる。反応がない。

 もう一度ノックをしてみる……やはり、反応がない。


 寝ちゃったのかな? 具合が悪そうだったし、その可能性が高いな。

 なら、ソラを起こさないように、音を立てないように様子を見よう。


「……ソラ?」


 そ~っと扉を開けてソラの名前を小声で呼ぶ。

 俺はそこで固まった。


「んっ……ご主人様」


 結論から言うとソラは起きていた。

 そして、おそらく具合も悪くない。

 ならば、ソラは俺の声に気づかないで何をしていたのか。


 ……わからん。

 ベッドの上で匂いを嗅ぐことに熱中しているソラ。ベッドの匂いじゃない。あれは……俺の服?

 ソラは、周りのことがわからなくなるほど、俺の服の匂いを嗅ぐことに没頭しているらしい。


「えっと……ソラ?」


 明らかに尋常な様子ではないので、再度声をかけてみる。


「ご主人様……」


 俺の存在を確認したというのに、まるでうわごとのようにソラが呟く。

 それよりも目だ。俺に向けてこんな目を向けたことなんて、今まで一度だってなかった。

 美しいながらも恐ろしくも見える、興奮に満ちたそんな瞳。捕食者としての目だ。

 俺は、そんなソラの目から視線を外すことができなかった。


「……ご主人様が悪いんですよ?」


 馬乗りになったソラに押さえつけられる。

 すごい力でびくともしない。まったく抵抗できる気がしない。


「発情期の獣人に近づくことが、どれだけ軽率か……教えてあげます」


 ……ああ、そうか。発情期ね。

 だから、あんなに興奮していたのか、だから、こんなに獲物を狩るような目で見つめられているのか。

 それは……俺が悪いな。


    ◇


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」


「いや、もういいってば。俺もソラの事情を知らずに悪かった」


 いいんだ。

 どちらかが嫌がっているのなら問題だったけど、幸い俺たちは相思相愛なわけだし。

 うん、問題ない。これ以上は考えないようにしよう。でも、責任はちゃんととろう。


「ただいま戻りました~!」


 玄関からアリシアの楽しそうな声が聞こえる。

 もうちょっと早く帰ってきてくれていたら、ソラの悩みを聞いてもらえたのになあ。

 いや、もうちょっと早くだとまずい。もっともっと早くか。


「アキト様~、ソラ様~。今日はおいしそうなお菓子をもらったんですよ~」


 ほら、と俺たちにケーキの箱を見せてくれるアリシア。

 相変わらず彼女がいるだけで、空気が変わるのは助かる。

 特に、今みたいな気まずい空気を変えてくれるのは本当に助かる。


「ありがとう、アリシア」


 色々なお礼としてアリシアの頭をなでようと手を伸ばすと、袖が引っ張られて止められた。


「えと……ソラ?」


 止めたのは、もちろんソラだった。

 ソラは俺に抱きついて、アリシアをなでようとしていた俺の手を自分の頭に置いた。

 甘えん坊でやきもち妬きの彼女だが、アリシアたちは特例で頭をなでることを許すはずなのに、今日は俺を独り占めしようとしているようだった。


「なにかあったんですか?」


「い、いやあ……そんなことは」


「旦那様、今は私にかまってください」


 アリシアと話をするだけで、ソラが自分のほうを向くようにと俺の顔に触れる。


「だ、旦那様!? そ、ソラ様! 本当に、なにがあったんですか~!?」


 言えない……

 うろたえるアリシアにどう説明したものか、そして、そろそろ帰ってくるであろうシルビアとルピナスにもどう説明すべきか。

 俺は、腕の中で頭をこすりつけるかわいい少女の頭をなでながら、頭を悩ませ続けるのだった。

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