おまけの12 満月だけが知っている

「秋人くんって、エルフに慕われていたよね?」


「慕われているというか……あれは狂信に近いなにかだと思います」


「あはは……君も苦労しているねえ」


「けっこう楽しいですよ? 最近では前よりマシになってますし」


 今日は一条さんに呼ばれて、見るからに立派な高層ビルの一室へと通された。

 異世界での色々な出来事よりも、このビルに入るときのほうが緊張し、我ながら小市民だなあと実感する。


 一条さんは日本に帰還してから国の偉い人たちの頼みで、互いの世界に行き来する人や物の審査をする仕事についたらしい。

 そんな日々忙しい一条さんがわざわざ職場に俺を呼んだってことは、その件で相談があるってことだ。


「それで、今日はどうしたんですか?」


「ああ、ごめんごめん。つい話が脱線しちゃったね」


 咳払いをして、一条さんは意識を切り替えたように話を切り出した。


「実はね。そろそろ向こうの世界の人を、こっちに招いてみないかって話になっているんだ」


「そうなんですか? ずいぶんと早かったですね」


 互いの世界の品物はすでに何度か世界を渡っている。

 だけど、生き物はさすがにまだ早いし、互いの世界の生き物が別世界に渡るのは、だいぶ先のことになるだろうと思っていた。


「最初はやっぱり、向こうの世界の人間ですよね? ツェルールの人ですか?」


 ソラたちがいるとはいえ、初めはよく知った種族である人間が妥当かと思いそう尋ねるが、一条さんは首を横に振って否定した。


「僕も最初はそう考えていたんだけどね。でも、せっかく別世界の客人を招くのであれば、人間と異なる種族にすべきだという意見が多かったんだ」


「それでエルフを?」


「うん。比較的人間に近いから、彼女たちであればこちらの世界にも順応しやすいと思ってね」


 なるほど、たしかにいきなりラミアとかハーピーを呼んだら、その生態による苦労とかありそうだしな。


「……というのは多分建前で、なんだかやけにエルフという種族の人気が高くてねえ……さすが、こちらの世界で様々な物語に登場しているだけあるよ」


 わりと興味本位からの理由だったらしい……

 それでいいのかこっちの世界の偉い人達よ。


「それなら、向こうの世界のエルフたちに聞いてみましょうか? こっちの世界に興味があって、しばらくこっちで暮らしてもいいエルフがいないか」


「ありがとう! そうしてくれると助かるよ」


 一条さんは俺の言葉に本当に嬉しそうに笑った。

 きっと今の仕事で偉い人達に色々とお願いされて、大変な立場なんだろうな。

 それでも初めて会ったときの姿とは違って、なんだか今は疲れていながらも楽しそうだ。今後も無理せずにがんばってほしい。


    ◇


「というわけで、相談にきたんだ」


「あ、それじゃあルチアを持っていってください」


「ちょっと!?」


 エルフの国だと俺のお願いに二つ返事で了承されそうなので、まずはエルフの村に相談することにした。

 すると、ミーナさんがほぼノータイムでルチアさんを差し出そうとしてくる。

 いや、さすがに本人が望んでいないのに、連れていくようなことはしないからね?


「ルチアさん嫌がってるじゃん。というか、さすがに村長を連れていっちゃだめでしょ」


「平気ですよ。ルチアはいつもお兄さんと一緒にいたいって言ってますし、いつでもお兄さんの世界に行けるように、私が村長を務めることにしましたから」


「ミーナ!」


 ルチアさんが顔を真っ赤にしてミーナさんに怒鳴る。

 ほら、適当なことばかり言ってるから、ルチアさんが怒っちゃったじゃないか。


「ルチア。あなたがうじうじしてるうちに神狼様たちは、どんどんお兄さんと距離を詰めているんですよ? さっさとお兄さんに娶られないと、おいていかれますよ?」


「うう……だって、こんな六百歳以上も年上の女なんて……」


「神狼様は一万歳くらい年上です」


 まあ、ソラはすごい年齢らしいけど別にそこは気にしてない。

 あの子基本的にお馬鹿なわんこだし、年上の威厳とかそんなものはどこにもないし。


「ということで、ルチアをよろしくお願いします。お兄さん」


「えっ、本人の許可は……」


「ふ、不束者ですがよろしくお願いします!」


「う、うん。よろしくね」


 いつも冷静なルチアさんにしては珍しく、非常に混乱した様子でお願いされた。

 だってほら、それ異世界にいく挨拶じゃなくて、結婚するみたいな挨拶じゃん。


「助かったよ。ありがとうミーナさん。ルチアさん」


「もう戻ってこなくていいですよ~」


 いやいや、あくまでもお試し期間ってやつだから、長くても一月で帰ってくるよ?

 ミーナさんがひらひらと手を振って見送ってくれる中、俺たちは元の世界へと向かった。


「……ちぇ~私も好きだったのに……いいですよ~。これからは、お兄さんの世界からいっぱい男の人がきますから、お兄さんよりいい人と出会いますから。エルフの寿命は長いから、きっといつの日か……」


    ◇


 ルチアさんが俺の世界にきてから、一条さん主体で世界中がエルフを歓迎した。

 本物のエルフだと大騒ぎされている。すごい人気だ。

 たしかにルチアさんは美人だし性格もいいし、こっちの世界の人から慕われるのも当然だろう。


「ルチア様~! こっちを向いてくださ~い!」


「ルチアお姉様~!」


 まるで世界的に人気なスターのように、こちらの世界のボディガードに囲まれながら人々に手を振るルチアさん。

 それにしてもさすがはルチアさんだ。ニコニコと笑いながら人々に手を振る姿は実に堂々としている。


 俺たちのことは騒ぎ立てないようにしてくれていたけど、ルチアさんは初の異世界からの客人ということで、とにかく盛大にもてなされているんだろうな。


「私、本物のエルフに会えて嬉しいです!」


「ありがとうございます。でも、私なんてただのエルフですから……」


「まさか本物のエルフに会えるなんて、映画の世界に迷い込んだみたいだよ」


「いえいえ、私程度のエルフなんて向こうにいくらでもいますよ」


 パーティ会場のような場所で、一条さん含めた審査局の人たちが選別した人たちがルチアさんを囲む。

 海外の人たちも含めて、みんながルチアさんに好意的なようだ。

 しかし……あの人も、あっちの人も、俺映画とかで見たことあるんだけど……


 ともあれ、これでルチアさんが、こちらの世界の友人たちを作ってくれるならなによりだ。

 随分と楽しそうに歓談しているみたいだし、きっといつかは俺抜きでも一人でこっちに遊びに来る日もくるかもしれない。

 …………ん? なんか変な感じだ。なんかもやもやする。


「す、すみません! ちょっと外に……」


「それなら僕が案内しようか? それとも、男性が苦手ならジェシカも君とまだまだ話したいみたいだけど」


「あ、ありがとうございます。ですが、今回はアキトさんに案内してもらうことにしますね」


 さすがにまだ慣れてない人たちだけでは不安か。

 ということで、俺はルチアさんを連れて庭園のような場所に出た。

 きらびやかな会場とは打って変わって、こちらは月と星の光に照らされた静かな夜の闇に彩られていた。


 ……なんか落ち着くな。余計な明かりもない夜の景色は禁域の森みたいだ。


「すみません。無理言って連れ出してしまって……」


「いやいや、俺でできることであればなんでも言ってね」


「ありがとうございます。はあ……疲れました……」


 疲れた。ルチアさんがそう言ったことに驚いた。

 てっきり気兼ねなく楽しんでいたのかと思ったが、どうもルチアさんには無理をさせてしまっていたみたいだ。


「えっと、ごめんね?」


「なにがですか?」


「なんかルチアさんを無理させてしまっていたみたいで、もっとしっかりこっちにきても大丈夫なエルフを選ぶべきだった」


 なんとなく、ミーナさんの提案をそのまま聞き入れて、ルチアさんを無理やり連れてきてしまった気がする。

 彼女の負担になったことに気がつき、今さらながらに罪悪感が芽生える。

 そんなふうに反省していた俺の手に、ふとルチアさんの手がつながれた。


「こちらの世界の人間たちが、私を歓迎してくれているのはわかっています。ですが、ちょっと無理はしていました。ですから、しばらくこうしてアキトさんの手を握らせてもらえませんか?」


「そんなことでいいの?」


「そんなことのために、私はこの世界にきたんです」


 ……なんだか、その言葉は少し勘違いしそうだ。

 気がつけば俺の心にわいていたもやもやした感情は消えてなくなっていた。

 ……あれ、もしかして俺ってルチアさんのことも?


「こちらの世界はいいところです。見たことない景色、見たことない技術や道具。きっとあの森よりも快適な場所なんでしょう」


「でも、肌に合わないかな?」


「ええ、すみませんが私には自然の中での生活が性に合っているようです。でも……あなたのお傍なら、どんな場所でもきっと素敵になると思います」


 ……ああ、だめだ。

 ソラたちに謝ろう。どうやら俺は、ルチアさんに見惚れていたらしい。

 きらびやかな建造物の中ではなく、月光の下で笑う彼女の姿はこちらの世界で造られた何よりも美しかった。

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