おまけの11 その手はゴッドハンド

「お兄ちゃん来てくれたんですね!」


 別に俺がなにかしたわけではないが、立派になったもんだなあと思わず感動すらしてしまう。

 獣人たちの国プリズイコスで女王となった妹は、すっかりと大人の女性といえる見た目に成長していた。

 ただし、あれから何年も経ったわけではなく、見た目だけは誰もが振り向くような美女だが、中身はあのころから大して変わっていない。

 つまり、俺にふつうに甘えてきたころのフィオちゃんのままなのだ。


「許可します」


「ありがとうございます!」


 わずかに間をおいて、フィオちゃんは俺に抱きついてきた。

 昔はかろうじて俺のほうが背は高かったが、今はフィオちゃんは長身の美女になっている。

 そのため、抱きしめられると俺の頭のほうが彼女の胸元に抱きしめられるのだ。

 息ができないほど力を込めて抱きしめているわけではないが、全方位からフィオちゃんの匂いがするのがどうにも落ち着かない。


「それじゃあ、お願いします!」


 頭を差し出してくる。

 俺は彼女の望みのままに頭をなでてやると、ソラのように気持ちよさそうに無言でそれを堪能してくれた。

 こういうところを見ると、昔のような俺に懐いてくれているだけの少女のままなんだと思える。


「え、えっと……大丈夫でしょうか?」


「……まあいいでしょう。許可します」


「フェリスさんも久しぶり。フィオちゃんは女王様としてちゃんとやれてる?」


 おずおずと近づいてきたのは、耳のない狐の獣人フェリスさん。

 彼女は女王が代替わりしてからも、プリズイコスのために女王を補佐して働き続けている。


「フィオ様は素晴らしい女王です。歴代最も強く、民たちからは慕われており、そしてなによりも戦馬鹿じゃない! シャノ様のときよりぜんぜん楽です」


「そ、そっか……今まで苦労していたんだね」


 シャノさんが女王を務めるときも、何度かこの国に遊びにきたことはあったけど、フェリスさんはいつも疲れ果てた表情だった。

 今のフェリスさんを見る限りでは、フィオちゃんの評価も偽りのない本心からのものなんだろうな。


「あ、あの……お願いします」


「はいはい」


 そして俺はフェリスさんの頭をなでる。

 すでに傷は感知しているとはいえ、千切れた耳の付け根にはなるべく触れないように気をつけながらだ。

 ソラもアリシアもフィオちゃんもフェリスさんも、みんな髪の流れ方が違う。

 だから、指に絡まないようにちゃんと一人一人別のなでかたをする必要がある。


「女神様、私たちもいいですか?」


「そうですね。許可します」


 さっきから何をしているんだうちの妻は。


「ソラ? それなんなの?」


「それとは?」


「なにを許可しているの?」


「旦那様に頭をなでられてもよいか、判断しているだけですが?」


 どおりでフィオちゃんやフェリスさんが、ソラの言葉を聞いてから俺にお願いしにくるはずだ。

 獣人たちの頭をなでるときって、そういうシステムになってたのか。


「あ、あの~……男神様。私たちもいいでしょうか~?」


「ああ、はいはい」


 でも別に嫌じゃないので、俺は羊の獣人の頭をなでる。

 む……これはなかなか癖のある毛並みでなでがいがあるな。


「あ、ありがとうございました~!」


 羊の女性はひとしきり俺になでられると満足したのか、足早に立ち去っていった。

 遠くで様子を伺っていた熊の獣人とその感想を言い合っている。


「やばいよね!?」


「すごい上手だった! やっぱり神様ってすごい!」


 まあ……満足してくれているよなので何も言うまい。

 しかし、俺のなでる技術もいつのまにか神レベルにまで昇華したのだろうか。

 それは喜ぶべきことであり、誇るべきことなのかもしれないが……


「多いね」


 俺の前に並ぶ長蛇の列を見ると、思わずそんな感想が口をついてしまう。


「す、すみません! やはりご負担だったでしょうか!?」


 フェリスさんが慌てて列を解散させようとするが、俺はそんなフェリスさんを引き留めた。


「別にいいよ。俺は俺で楽しんでいるし」


 昔のソラと違って全身がすばらしいなで心地というわけじゃないが、獣人たちの頭をなでるときは、一緒に耳もなでさせてくれる。

 その触り心地が獣人ごとに異なっているし、どの耳もとても気持ちいいのだ。

 だから、この長蛇の列もさばききるつもりだし、俺への負担なんてなにもない。


「許可します」


「許可します」


「……だめです。帰ってください」


「ええ!?」


 さっきから気になっていたんだ。

 ソラはほとんどの獣人たちを許可している。嫉妬深かったソラも結婚したことで落ち着いたのだと、彼女の成長が素直に嬉しい。

 だが、その一方でたまに許可されずに帰らされる者たちがいるようだ。

 彼女は一体どんな基準で選んでいるのだろうか……


 遠くにいるソラと列に並ぼうとする獣人たちを、じっと見てみる。

 狸の獣人。許可された。

 猿の獣人。許可された。

 犬の獣人。許可されなかった。

 猫の獣人。許可された。

 鼠の獣人。許可された。

 狼の獣人。許可されなかった。


 ああわかった。俺への危険がないかとか、そういうのが判断基準ってわけじゃないやこれ。

 というか、ソラの成長を喜んださっきの気持ちを返してほしい。

 ……いや、たしかに成長はしてるけどね? 今までなら誰が相手でも許可なんてしなかったと思うし。


「こら、ソラ! 私情を挟まずにちゃんと判断しなさい!」


「し、しかし! 犬や狼なら私でいいじゃないですか!?」


 やはり、犬や狼が相手だと一気に嫉妬深くなるようだ。

 ソラが断った犬系の獣人たちを呼び戻してなでであげると、ソラは我慢しつつも尻尾をそわそわと揺れ動かしていた。

 しかたがない奥さんだ。と思いながらも、俺はかわいい嫉妬をするソラを夜通しなで続けることでようやく機嫌を直してもらうのだった。


    ◇


125 :名無しのケモナー

獣王国ってどんな感じ?

そっちに行った人たちの意見聞きたい


126 :名無しのケモナー

めちゃくちゃ獣臭くて心地よい


127 :名無しのケモナー

動物園の匂いがする


128 :名無しのケモナー

獣臭


129 :名無しのケモナー

臭い話ばっかじゃねえか


130 :名無しのケモナー

匂いフェチにはおすすめ


131 :名無しのケモナー

でも本当に匂いはけっこうなものだから気をつけた方がいいぞ


132 :名無しのケモナー

匂いよりもほぼ全員喧嘩好きだから怖い


133 :名無しのケモナー

町の中で血まみれで喧嘩してる人たちがいたと思ったら喧嘩の後に笑って一緒に酒飲んでた

文化が違いすぎて怖い…


134 :名無しのケモナー

例によって人間の男は歓迎してくれるぞ


135 :名無しのケモナー

プリズイコスこの前行ってきたよ良い国だった


136 :名無しのケモナー

人間の男がくるとなんかものすごい期待した目で頭をなでさせてくれるので俺に惚れたのかと思ってしまった

だけどしばらくなでた後にガッカリして去ってしまうのはなんなんだ…


137 :名無しのケモナー

それ……男神様がどんな獣人も満足できるほど気持ちいいなでかたを全国民に披露したって逸話のせいだと思う


138 :名無しのケモナー

だから人間の男へのハードルがやたらと高いのかあそこ


139 :名無しのケモナー

プリズイコスで嫁さん探すならまずは動物が気持ちよくなるなでかたをマスターすべき


140 :名無しのケモナー

夫婦じゃなくて主従になりそう…

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