おまけの10 なんの変哲もない師匠と弟子

「こうして異世界を歩けるようになったのは、新鮮だな」


「むぅ~~!」


 アリシアが頬を膨らませながら、胸をポカポカと叩いてくる。

 恨めしそうに、これ見よがしに、背負っているのはかつての大きなリュックだ。

 俺、あんなものに入って移動していたんだよな……


「気持ちはわかりますが、そんな窮屈な状態で旦那様を運ぶのはやめなさい。アリシア」


「でも、ソラ様だって狼の姿に戻れないから、秋人さんを運べなくて不満そうじゃないですか!」


「だから、気持ちはわかるとは言ったのです。私たちの自己満足よりも、旦那様の気持ちが最優先ですよ?」


 ソラがいい子!

 喋れるようになったソラは、アリシアの暴走を簡単に鎮めてくれる。

 やっぱり、神様なだけあるなあ……聖女も女神には逆らえないんだ。


(私のときは、全然言うこと聞かなかったわよ。そいつ)


 イーシュ様の声が聞こえたような気がするが、気のせいだろう。

 今のイーシュ様は神託はできないし、リティアのところにいるはずだからな。

 アリシアへの恨みが怨念となり、俺に伝わってきたんだろうか……


「主様と同じ大きさになったルピナスなら、背に乗ってもらい飛ぶこともできるのではないか?」


「試してみたですが、背中にある羽がびびびびって、アキトさんの顔を叩いたのでやめたです……」


 あの時はゆっくりと浮かんだ後に、顔が往復ビンタされたのでびっくりした。

 あの羽、見た目以上に頑丈なんだね。


「よ、よう……久しぶりじゃねえか」


 国の入り口についたと思ったら、まさか先生が直々に出迎えてくれた。


「お久しぶりです。せんせ……女王様」


「はあっ!? なんだその呼び方は、今までと同じにしろ、この馬鹿弟子」


 怒られた。

 これでも、俺の世界と異世界との交流なので、女王様に馴れ馴れしい口を利かないようにと考えてのことだったのだが……


「お前は、まだまだ私の弟子なんだからな!? 私が許すまでは、面倒を見てやるから覚悟しておけ!」


「は、はいっ! ありがとうございます!」


 たしかに、鍛冶をやってる場合じゃなくなってしまったからな。

 俺もだが、先生もドワーフの国ドルーレの女王様になってしまい、あの頃のように師弟として何かを作る暇がなくなった。

 そんな俺でも、先生はまだ弟子として扱ってくれていることが嬉しい。


「ソラ様、ソラ様。あれ、どう見えます?」


「旦那様にすり寄る女の一人です。でも、ノーラですし許容しましょう」


「そうですね……アリシアアイも、秋人さんへの好感度が100を超えていると言っています」


「アイなのに、見えるんじゃなくて言うんですか?」


 なんか、ソラとアリシアがこそこそ喋っている。

 好感度って……師弟愛的なものだろ、それ。


「うるせえぞアリシア! これはその……あれだ……」


「どれです?」


「うるせえ! 好きで悪いか!!」


 ほら、先生が困ってる。


「師弟愛的なものですよね?」


「あっ、うう……そうだな」


 あまり無礼なことをしてはいけない。

 親しい仲ではあるが、相手は一国の王様なんだぞ。


    ◇


「さて、よくきてくれたなお前ら」


「先生の頼みなら、当然ですよ」


「そ、そうか……」


 アリシアとソラが先生をじろじろと観察している。

 多分、君たちが思っていることは間違っていると思うぞ。


「それでだな。お前、私たちの国を優先して、向こうの世界の品を流してくれているだろ?」


 互いの世界で、人の行き来こそまだ俺たちしかできていないが、品物の交易のようなことはすでに少しずつ始めている。

 別に先生の国を優先というか、俺が知ってる国のほうが取引もしやすいというだけだ。

 決して、先生を贔屓したりはしていない。先生なら品の価値がわかるから、一番色々な品を取引したり、一番たくさんの品を渡したりしているのは、私情ははさんでいない。


「なにか、品物に不備でもありましたか?」


「いや、あれはこっちの世界にはない精巧で良い品だよ。だけどな、うちの国のやつらが……いや、もしかしたら他の国のやつらもか。あれじゃあ、満足しないと思うぞ」


 なんと……うちの世界の品は不評だというのか。


「な、なにが気に入らなかったんでしょうか?」


「ああ、悪い。物自体は良い物ばかりだ。私たちの世界にない発想だったり、技術力は大したもんだよ」


「じゃあなにが……」


「うちの国の馬鹿どもは、男の手製の品を期待していたらしい。フィオやアルドルに聞いたら、あいつらの国でも同じみたいだな。期待していたものじゃなかったってさ」


 ああ、そうなっちゃうのか。

 いまだに、この世界の男性の数は少ないままだもんな。

 男が作ったというだけでブランド品扱いになってしまうんだ。


 それに、今回の品は機械による大量生産が可能なものばかりだし、手作り感は全然ないなあ。

 なるほど、次からはそういう種類の品も選ぶべきか。ためになる、さすが先生だ。


「それでだな……その、どうだ? 久しぶりに気分転換というか、私となにか作ってみないか」


「いいんですか? 先生も女王様としての仕事が忙しいんじゃ」


「私だってドワーフだ。たまにはなにか造らねえと腕が鈍っちまう、弟子なんだから付き合え!」


「別にいいですよ。俺も楽しいんで」


 なんか、途中からまくし立てるような勢いになったが、それほど仕事ばかりで鍛冶をする時間がなかったのか。

 かくいう俺も、最近めっきり物作りができてなかったからな。

 なんだか、あの森での暮らしを思い出して楽しくなってくる。


「それじゃあ、やりましょう! なに造りますか?」


「そうだな……え~っと、ほら、あれだよ。お前も腕が鈍ってるかもしれないからな。最初に教えた指輪を造ってみようじゃねえか」


「えっ、いいんですか? 先生ならもっと難しいものも」


「弟子のためだ! 文句あんのか!?」


「いえ、ありがとうございます。それじゃあ、先生が納得するような指輪、造ってみせますよ」


 俺だってあれから成長したのだ。

 四人の精霊は今はいないから一人で造ることになるが、神力というずるもできるし、きっといい物ができあがるだろう。

 そうしたら、誰に渡そうか。

 ソラたちには、しっかりとした物を渡したいし、場所もちゃんと選びたい。

 となると、やっぱり日ごろの感謝も込めて先生への贈り物とすべきだな。


「できあがったら先生にプレゼントしますね」


「そ、そうか……まあ、弟子からの贈り物だからな。大切に保管してやるよ」


 作業に取り掛かった俺たちの後ろでソラとアリシアは、また仲良くこそこそと話をしていた。


「ソラ様、ソラ様……あれ、やっぱりそういうことですよね?」


「まあ、いいでしょう。どうせこれからあと何人か旦那様の妻は増えるはずですし、その一人目がノーラだったというだけです」


 違うからな。というか、妻が増える予定って……俺ってそんなに浮気性な人間に見えるんだろうか……

 俺は、家に帰ったらソラとアリシアにお仕置きと愛情表現を兼ねて、何時間かなで回すことを心に決めるのだった。

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